大切な貴方へ10の言葉
04:そばにいて



 二段ベッドの上の階のヘッドスタンドが消えた。
 本を閉じる音がして、布団を引き上げる身じろぎの音。小学生の頃から使っていて、最近では窮屈になったベッドが少しだけ軋む。
 上には三咲、下には二葉。小学校中学年頃まで上部分を巡った喧嘩が絶えなかったが、二葉が一度激しい寝返りの末にベッドから転がり落ちて以来、眺めの良い上部分は三咲のものだ。第一、 二葉が上に寝ると寝相が酷いせいか軋みが激しく煩い。
「三咲―」
 天井に向かって声をかけると、
「なに」
 面倒くさそうな返事がある。
「俺さぁあ……、……、……」
「眠いんだけど」
「俺さぁ、お前にもうちょっと優しい気持ちをもってもらいたい」
「おやすみー」
「うそうそ。もうそんなん諦めてるって」
「だーかーらー、なんなんだよ」
 ゴンっと、薄い天板が蹴られた。
 冷静なようで、案外短気なところは長兄に似ている。
「進路希望調査、書いた?」
「書いたよ。M美大。特待生枠狙えば、授業料も少し安くなるし」
「お前、そういうの、俺に少しは相談しろよなっ」
 下から天板を蹴り上げる。
 上から枕が振ってきた。三咲はベッド下への攻撃用に枕を三つほど並べている。
「するつもりだったよ。二葉が決めたら」
 上段が軋んだと思ったら、ひょこりと三咲が顔を出した。下段を覗き込む表情を、カーテン越しの月明かりが照らし出している。
「料理、興味があるならやってみたらいいじゃん」
 しれっとした表情だ。いつも通りの、愛想のない表情。
 二葉は目を見開く。
 春海の手伝いをするようになって、ほんの少しだけ料理が面白いと思うようになっていた。手伝いの成果を自慢するように、「この芋、俺がむいたんだぜ!」くらいは言ったかもしれないが、進路希望調査に書き込むほどの情熱を見せたことはないはずだ。ぼんやりと遥か彼方、朧気に覚えている夜の夢のようなイメージで、料理をする自分を思い描きだしたのはつい最近のことだ。
 誰にも言ったことのない感情を見抜くとは、さすが双子と言うことなのか。
「褒められてただろ、ハルに。二葉は味付けが上手だーとか。お前、滅多に褒められることないから、のぼせるだろうなぁと思ってた」
「うるせぇ」
 図星だった。つい口調が尖るが、三咲は憎たらしい反論をしてこなかった。
「M美大の近くに、調理師学校があるんだ。資料取り寄せといたから、もうじき届く」
「はぁ?」
「桐沢先生は自分の家に下宿しろって言うけど、あの辺の家賃なら二人で折半すればバイトでまかなえると思う」
「ちょ、三咲」
「一応、受験には学科試験もあるんだから、勉強はしとけよな」
 にやっと笑うと、三咲は二葉の視界から引っ込んだ。
 いつも考えるよりも先に行動してしまう二葉が、一旦考え出すとなかなか行動に移せないことを三咲は知っている。
 いつも二葉がずんずん先を歩き、迷子になった二葉が立ち止まった時には三咲がすっと前に出てリードを始めるのだ。
「……そういうことも、少しはっ、俺に相談しろっつーの!」
 下から枕を投げ上げると、ケラケラと笑い声が聞こえてきた。
 この狭い二人部屋からも、子供っぽい二段ベッドからも早く卒業したいと思っていた。性格も趣味も好きなものも正反対の相方から、早く離れたいと思っていた。
「母さんのこともあったから、俺達はもう少し傍にいた方がいいような気がしたんだ」
 不意に、真面目に、棘もなく落とされた言葉の通り、もう少し傍にいたいと思った。
 もっともっと大人になってから失うと思っていた、母親と言う大きな大きな存在。それを失ってしまった喪失感は、自分達が一人前になる速度を少し遅らせたような気がする。だから、半人前同士が寄り添って生きていく時間がもう少し必要なんだ、きっと。
「二葉がコックになったら、俺が売れない芸術家になっても食べることには困らないし」
 また枕が降ってくる。
「ばーか。その前に俺、卒業しないとヤバイから、今度のテストよろしくー」
「知るか」
「面倒みろよ! お前の絵が売れなかったら俺が食わせてやるから!」
「偉そうに!」
「今度のテスト、替え玉しようよー、三咲ちゃーん」
「馬鹿、同じ日程でテスト受けるのに、俺がお前の代わりにテスト受けたら俺のテストが壊滅する!」
「三咲の成績なら今更三、四教科赤点だって余裕で卒業できるだろー」
「絶対嫌だ! お前、今、七割くらい本気で言ってるだろ」
「ううん、八割くらいはマジ」
「いーやーだー」
「薄情者!」
 二葉がもう一度落とされた枕を投げ返した時、壁が殴られるドコっという鈍い音と共に隣室からうるさいと怒声が聞こえてきた。
 久々の枕投げはぴたりと止まり、ややあってから三咲は二葉に相談する。
「カズ兄にいつ、どうやって、言う?」
「それは……、お前が決めて……」




2010/8/2更新
双子のやり取り。双子萌えセンサーを搭載していないんですが、性格正反対の彼らを書くのは楽しいです。

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