ありがとうのお題
05:信じてるよ



 若者の感覚から言えば、栄月館の建物が放つ雰囲気は若干敷居が高く感じられるだろう。
 料理民宿と謳うほどの高級感はないが、ドミトリーや素泊まり宿と言うほど気軽でもない。未成年グループの宿泊もあるにはあるが、栄月館の客層はやや年配寄りか家族連れとなる。
 それでも時折は、若者の弾けるような笑い声が響くこともある。ゼミ旅行と偽って、大月家の四兄弟を眺めに来る女子大生も後を絶たない。
「リカさん、その水着、ちょーセクシーっすね! 高校生には刺激が強いよー」
「でしょー? 今年の夏は攻めの体勢ですから!」
「大学四年生、怖ぇー」
「二葉くん二葉くん、こっちはどうよ?」
「あー、南国っぽい。俺、そういうの好きー。ナオコさん、健康的だからそういうの似合う」
「ほんと? 今年、日焼けしすぎたーって思ってんだけど。しかも体重減らないの! まだ健康的って言っちゃえる?」
「えー? それくらい大丈夫だよ。むしろ、ちょうどよくて美味しそーう゛っ」
 栄月館の駐車場。年季の入ったワゴン車の前で俄に始まった水着ファッションショーは、絶妙で甘ったるい合いの手で盛り上がる。
 マリンスポーツの教室があることも、若者が栄月館を選ぶ一つの理由だ。今日はシュノーケリングの道具を車に詰め込んでいる。
 大きなクーラーボックスに腰掛けて、惜しげなく肌を晒すだけの自信を持って輝く女子大生を独り占めしていた二葉は、背後から背中を蹴られた衝撃に転がり落ちる。
「いってぇな!」
「べらべらべらべら喋くってねぇで、さっさと荷物積み込んどけ、役立たず」
 勿論、二葉が睨みあげた先にいるのは長男坊で、諸々の荷物を抱えたまま仁王立ちしている。
「だめだめ、一臣さん。二葉くんを叱らないで」
「そうそう。私達が盛り上がっちゃっただけだから。二葉くん、悪くないの」
 しゃがみこんで転んだ二葉の手をとる、その角度は一臣の視線には大変挑発的に見えるが、豊満な胸に腕を預ける二葉のよろめき具合も愚かな挑発に見える。
「いーや、悪いの。フゥ、お前には一応バイト代を払うんだから、仕事はきちっとしろ」
「へーい」
「上司に対してその口の効き方はなんだ」
 ポロシャツの襟元を掴んで女子大生から引き離せば、
「パワハラだ! ねぇ、お姉さんたち、こういうのをパワハラって言うんだよね! 訴えられる?」
 法学部在籍の聡明なる女性達に助けを求めるが、聡明であるが故に年下の可愛らしさよりは年上の逞しさに魅力を感じる彼女らのこと。
「こういうのはねぇ、どっちかって言うと兄弟喧嘩って言うんだよね」
「一臣さん、見てくださいよー。今年の水着!」
「あー、去年の水着がどんなだったか忘れたけど、みーんな可愛い可愛い」
 車の中に鶏を追い込むような仕草をしてみれば、なんだかんだでキャッキャキャッキャと笑いながら入っていく。キャンパス内では滅多に見せないのであろう幼さを放出するようなはしゃぎ方は、どちらかと言えば父性を刺激するが。
「ちぇー」
 口唇を尖らせながらも重いクーラーボックスを荷台に積み込んだ二葉も助手席に乗り込んだ。
 一臣が運転席に乗り込もうとした時、栄月館から春海が小走りに駆けてきた。
 今日の夜から入っていた助っ人が人手が足りたから不要になったとの伝言を伝える。
「無理言ってたのにごめんなさいって」
「了解。じゃあ焦って帰ってこなくてもいいな。夜もゆっくりできる」
 意味深に付け足した最後の一言の裏づけをするように、春海の栗色の髪をちょいと弄る。
 春海の目元が赤くなるより前に、ワゴン後部の窓が開き、
「春海さーん、今日のお昼のパスタ、めっちゃくっちゃ美味しかったですよ〜」
「晩ご飯も楽しみにしてますね!」
「でねっ、夜に飲み会するんだけど、おつまみって作ってもらえますか?」
「デザートも!」
 黄色い声と華やかな笑顔がのぞく。
「はい。お任せください。どんなのがいいかな? お昼がイタリアンだったから、和風なのにしましょうか?」
 それに応える笑顔は柔らかで、個性的な大月兄弟の毛色とはまた違った目の保養を彼女達も楽しんでいるらしかった。
「春海さんも一緒に飲もうよー」
「そうそう、同じ部屋にいてそうやって微笑んでくれてるだけで、頑張れそうな気がする」
「当館はそのようなサービスは行っておりません」
「一臣さん、ケチー」
「一臣さん呼んだらすぐ説教始めるもの。その露出はなんだーとか。女子に夢みすぎー」
「アホ、女子に夢見る時代は当の昔に終わったわ。女の怖さに怯えて生きてるんだよ、俺は」
「怖くないのにー」
「二葉君はいい夢みよーねー」
「見まーす」
 そんな会話を半分聞いて、一臣は春海に行ってくると告げ、ぐしゃりと髪の毛をかき乱すとやや乱暴な運転で車を出した。
 水着美人を前に二葉のように蕩けないのは、お互いに信じられる。
 グラマーもスレンダーも、従兄弟には敵わない。
 バックミラーに映る春海にだけちらりと笑みを投げかける長兄の横で、二葉はペロリと舌を出す。
 ごちそうさま。




2011/6/19
民宿的描写が少ないよねーと反省している。

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