高校二年生の夏を過ぎてから、大月家長男の素行が酷い。
生傷をつくって帰宅することも多く、むすりと黙り込んで夕飯をかきこんだかと思えば、深夜になってそっと家を忍び出ることもある。
そんなこの頃の態度があったので、修学旅行当日の朝、
「先生の言うことをよく聞くのよ」
母親がそんな一言を“いってらっしゃい。楽しんでおいで”の前に付け加えるのも無理はない。
「うるせぇ」
靴紐を結びなおしながらの返事に可愛げはない。
「うるさいじゃないでしょ! 旅先でまで周りに迷惑かけないのよ!」
「ほっとけ、ババア」
二泊三日の旅にしては身軽そうなスポーツバッグ一つ持って、一臣は育ちすぎた体を起こし、母親に剣呑な視線を投げた。
親にまで喧嘩を売るとは、随分な安売りだ。
応戦するかに見えた朝子は、ふぅっと自分を落ち着かせるように息を吸い込んで、真っ直ぐに出かけようとする息子を見上げた。
「気をつけて、行ってらっしゃいね」
さっき怒鳴った言葉とは温度が違う、労わりを持った言葉を真正面から与えれれば、それ以上悪態をつくことができないらしい。
安っぽい貫禄ばかりが増していくと周囲から溜息をつかれることもあるが、誰もが一臣の行動力と正義感に期待する。
母親が真っ直ぐに向けた愛情を斬って捨てることはできず、ただ拗ねたような表情を隠す様子が微笑ましかった。安っぽいと評される貫禄の底に、本物が眠っていることを何人もの大人が見抜いて見守っている。
「あー、カズ兄、もう行くの?」
「いってらっしゃーい!」
「おみやげー!」
「あー、もう送らなくていい! ……、いってきます」
朝ごはんの途中だった弟達が玄関へと走り出ようとするのにくるりと背を向け走り出すと、もう二度と振り返らなかった。
「いってらっしゃーい!」
見送る家族の声にも立ち止まらず、実にあっさりと出発した。
「あの子って、自分が出かけていくのは全然、気にしないのよね」
たとえ振り返られなくても振り続けた手を下げながら、朝子が可笑しそうに笑っている。
「確かに。僕が出張に出る時なんかは、必ず玄関まで見送りに来るね」
それは幼い頃から変わらない、長男の癖のようなものだった。
気をつけてと優しい言葉をくれるわけでもない。ただ仏頂面を玄関までのぞかせて、いってらっしゃいと呟くような見送りの言葉をかけてくれる。
父親である元幸が泊りがけの出張が多かったせいなのか、漁師の祖父が海で殉職した衝撃もあるのか、一臣は家族の一員が外泊することに対して少し敏感だ。それは高校生になって堂々と立ち振る舞うようになった今でも変わらない。
無事で帰って来いなどと約束を求めることもなければ、早く帰って来いとの催促もない。ただ自分の気が済むまで見送るのが、彼の中の儀式のようなものなのかもしれない。
祖父母や近隣住民の何人かを見送った体験が、彼の中で“死”と言う概念を形成し、それを畏れているのかもしれにない。抗えないその時がいつ来ても、悔いのないようにと。毎朝、最期の挨拶のつもりで見送っているのかもしれない。
逆に自分が出かける時には無頓着で、むしろ見送られるのを嫌う。
「あれくらいの弱さがある方が、可愛げがあるじゃないか」
「そうね。……確かに、かわいい」
暫し巣を空ける我が子の旅が楽しいものであればいい。そして無事に帰っておいで。
玄関で靴をはいていると、背後にのそりと近付く気配がする。
振り返れば、相変わらずの仏頂面で見送ろうとする長男がいた。
ふと漂う静けさに、彼女の不在を思い知る。
「……大丈夫かよ」
忌引きに十日加えた休みの後、最初の出社日だった。
こちらの目も見ずに問う一臣には迷惑をかけっぱなしで、本来かけるべき負担以上のものを強いてしまった。迷惑なんてものではなく、それはおそらく、父親としての罪とも言えるものだろう。
「大丈夫だよ」
謝罪されることを望みはしないだろうから、いつものように笑って応える。
自分などよりもずっと強い心と体を持った子が、父親である自分の中に安定や揺ぎ無さを見出して尊敬してくれていることを知っているから、心を込めて大丈夫だと答える。
その言葉をしっかりと受け止めるように一臣が顔を上げ、視線を合わせてくる。
「……気をつけて、イッテ、ラッシャイ」
そして外国の言葉でも口にするようなぎこちなさで発せられた見送りの挨拶。
「いってきます」
行ってくるよ。そして、必ず帰ってくる。
次に君を悲しませるのは、もうずっとずっと先の話でありたいから。
2011/8/6
日常の中での見送るという儀式について考えてみた。
相変わらずお題をぶっちぎってる気がしないでもない。