ありがとうのお題
09: 出会えたこと、その全てに



 大月夫妻は毎年、結婚記念日には夫婦そろって外出する。
 たまにはお洒落してディナーを。
 それが夫婦円満の秘訣なのか、いつもガミガミとうるさい母はこの記念日の前後一週間程度は上機嫌で過ごしている。この日のために、父がへそくりをしているのを知っている。
 一臣を生んで十年後に授かった双子の子育てに追い立てられながら、女の子が欲しいと頑張った末に生まれた末弟が乳離れするまでの数年間はさすがに中断されていた一大イベントが、四恩の幼稚園入園を機に復活した。
「俺が見てるから、行ってきたら?」
 父親にそう進言してみたら、穏やかな父親は保護者の責任を一臣に少しだけ分けてくれた。
 そして母に数年ぶりによそ行きのワンピースをプレゼントして、フレンチレストランの予約を取った。
 一臣が寝ぼけ眼で朝食をとっている間、母は珍しく薄化粧などをして、いつも簡単に束ねて終わりの髪の毛を丁寧に結い上げた。
「晩飯食いに行くんじゃなかったのかよ。若作りして」
「若作りは余計! お世辞の一つでも言ってみなさい。今日は朝からデートなの」
「フルコース?」
「ばっか! ちょっと、留め具が〜」
 背中を向けてくる母親の、滅多にしないネックレスの小さな小さな留め具をしてやると、ありがとうとにっこり笑う。
「母さん、今日は別の人みたいだー」
「かわいいー」
 双子の賛辞にご満悦の別嬪さんを本日エスコートする父親も、爽やかな麻のジャケットを纏って四恩の汚れた口元を拭ってやっている。
「晩ご飯、冷蔵庫に入れてあるからチンして食べてね。ご飯もセットしてあるし、洗濯物は軒下に干してるから帰って来たら忘れずに取り込むのよ?」
「わかってるよ」
「あと、忘れずに四恩を迎えに行ってね?」
「へぇへぇ」
「忘れないでよ! この前、あんたに迎えに行くの頼んだのにすっぽかしたでしょ!」
「居残りさせられたんだよ。担任が悪いんだよ」
「宿題しなかったからじゃない」
「テンション高ぇなー。親父、さっさと連れて行けよ」
 どうにも落ち着かない。見慣れぬ格好の母親と父親を見るのも気恥ずかしい。
 追い払うような仕草にまた小言を始めるかと思ったが、苦笑した父のエスコートを素直に受けて立ち上がった。
 ひらりとワンピースの裾をひらめかせ、では、と優雅にお辞儀をする。
「愛を深めてまいります」



 そんな事情があるので、放課後にラーメンを啜りに行こうぜと言うお誘いも、片手間の部活動もお断りして下校する。
 家から一臣の通う公立高校までの間に、双子の通う小学校と四恩の幼稚園が順番に存在していて、送り迎えはこれまでもしたことがあるが、何せ遊びたい盛りの高校生は時間厳守が難しい。欲望に負けてすっぽかすことも多々あるので、あてにされていない。
 だが、両親が留守にしている今日は自分が弟達を保護しなければならない。それくらいの責任感は持ち合わせている。
 小学校のグランドで放課後のサッカーに興じていた双子を回収し、隣接する幼稚園に顔を出す。
「こらっ、シィくん!」
 カラフルな園庭で、弟と先生が追いかけっこしている。
 双子もしょっちゅう、隣の幼稚園から「もう、シィくん!」と言う言葉を聞くと報告していたが、まさに。
 ガキ大将の片鱗を見せて駆け回る末弟を捕まえようと双子が加わるが、ジャングルジムの中に入り込んでちょろちょろと動き、追っ手を交わしている。
「あら、カズくん。いらっしゃい。お迎えに来てくれたのね」
 賑やかになった庭におっとりとした園長先生が顔を出す。
「四恩くん、小さい頃のあなたにそっくり」
 言われるだろうと思っていたことをそのまま言われ、返す言葉もない。一臣がこの幼稚園に通っていた頃、担任はこの園長先生だった。しょっちゅう叱り飛ばされていたのを覚えている。
 少なくとも一臣は十年間を一人っ子として過ごしている。面倒見の良さが身についたのはここ数年のことで、それまでは唯我独尊のマイペースを貫いていた。兄弟の中でも四恩が特に自分に似ているのは、一臣の中の一人っ子気質の片鱗と四恩の末っ子の性質に共通するところがあるからかもしれない。
「きっと、いい子になるわね。今が踏ん張りどころね」
「……すみません」
 土煙舞う園庭で、四恩はケラケラと実に楽しそうな声をあげながら、転んでは起き上がりを繰り返す。その運動神経は将来有望できそうだが、調子に乗りやすい。追いかける先生達の膝が笑い出したようなので、
「四恩!」
 一喝すると、ぴたりと四恩が静止した。ついでに双子も。更なるついでに園内から一拍置いて泣き声が響いてきた。
「あ、……すみません」
 園長先生に頭を下げれば、
「大丈夫よ。すっかりお兄ちゃんが板についたのね」
 駆け寄ってくる弟達は、園長先生寄りに整列して一臣をじっと見上げてくる。これ以上怒らないかな? と伺うように。
「帰るぞ」
 あまりに怯えたような眼差しを向けられるので、フォローだと思って両手を差し伸べた。
 双子が飛びついて左右の手を塞ぐから、駆けっこを終えたばかりの四恩が泣きべそをかき始めた。
「めんどくせーなー」
 二葉にカバンを持たせ、しゃがみこんでやる。
「兄ちゃん、お荷物軽いよ。からっぽ?」
「ばっか、ちゃんと入ってる。財布と携帯とDSが」
「高校生になったら教科書とノートいらないの?」
「いらないヤツもいるんだよ。四恩、さっさと乗れ。って、馬鹿! おんぶだよ! 肩車なんかして家まで帰れるか! 重てぇ!」
「やーだ。高い高いがいーい!」
「落ちるなよ! 髪の毛も引っ張るな!」
 両手で双子を捕まえて、肩にはまだどうにか乗せられる末弟を乗せ立ち上がると、いいなぁと四恩の友達が歓声を上げるのが四恩には誇らしいのか、足をばたつかせて喜んでいる。
「あら、四恩くん、いいわねぇ。お兄ちゃんの肩車なんて」
「うん! えんちょー先生、さようなら」
「はい、四恩くん、また明日。お兄ちゃん達の言うことをちゃんと聞いてね」
「はーい」
「二葉くんと三咲くんも、お兄ちゃんのお手伝いしてあげてね」
「はーい」
「でもカズ兄、すぐ怒るー」
「だーまーれー」
 仲がいいのか悪いのか。賑やかな四兄弟は仲良く下校していった。


 じわりと汗ばむような気候になってきた海沿いの歩道を、まるで子どもツリーのような状態で家に向かって歩いている。
 肩に乗せた四恩は重いが、こういうことができるのもあとわずかな時間だ。
 触れ合っている場所が熱い。
 両手を塞ぐ双子も手を離さないので、そのまま狭い歩幅に合わせて歩いている。
「母さん、かわいかったね」
「キレイって言うんだよ」
「父さんと美味しいモノ食べて帰ってくるんだよね?」
「何時くらい? 四時? 五時?」
「明日の朝くらいなんじゃね?」
「えー」
「仲良くしに行ったんだよ。もしかしたらようやく妹ができるかも」
「ほんと?」
「うっそー」
 嘘をつくなと小さな手が頭を叩く。
 重たいし、歩きづらい。
「夏休み、早くこないかなー」
「カズ兄、ハル、くる?」
「来るよ」
「いつー?」
「いつも夏休み入ってすぐに来るだろ」
「ハル、早く来ないかなー」
 人と繋がって生きることは、歩調を鈍らせることばかりだ。
 それを実感する度に、この地に縛る糸が増えてる。
 これまで当然のように在ると思っていたものを、ふとした瞬間に大切なんだと気付いて、それが積み重なって、自分の将来の像を結ぶ。
 弟達を三人連れて、揺るがずに歩いていけるだけの力強さは手に入れたつもりでいる。
 強く強く、何ものからでも大切なものを守れるようになりたい。
 もうすぐ美菜浜を訪れる、儚げな印象がいつまでも拭えない従兄弟を守るためにはどうしたらいいだろう。
 それには、幼いころから胸に秘めている警察官と言う職業よりも、もっと他の形でもいいような気がしている。法に下に大切な人を守るのではなく、もっと自由に、何かを切り開くような仕事をしてみたいとも思う。例えば、伝統ある宿屋の若旦那とか。
 野望ばかりが膨らんで、早く独りの足で立ちたいと願いながら窮屈な学生服に身を包んでいる。
「ねー、今日は何の日だったの?」
「けっこんきねんびだよ、フゥ」
「父さんと母さんが結婚した日」
「ふぅん」
「二人が結婚しなきゃ、お前らは生まれてこなかったんだからな。すげぇ日だ。ある意味俺らのプレ誕生日だ」
「でも二人だけでお出かけ……」
「いいんだよ。野暮はしなくて。今日は、俺らは俺らで、兄弟愛とやらをあっためりゃいいんだよ」
「あっためたら美味しくなる?」
「……なるんじゃね?」
 潮風に髪の毛を乱されながら、思いは募る。
 鬱陶しいほどのぬくもりが持て余すほどに愛しいと、最近ようやく思えるようになった。
「兄ちゃん、ジャーンプ!」
「俺も〜!」
 両脇から期待を込めて見上げられ、しっかり握った両の手を持ち上げる。それに合わせてぴょんと地面を蹴った双子の体がぶら下がる。それが楽しくて仕方ないのか、何度も強請られ、頭上では四恩がいいないいなと暴れ始める。
 うるせぇうるせぇ。めんどうくせぇ。
 早く春海が来てくれないと、とてもじゃないが面倒見切れない。
 夏休みまでのカウントダウンを始めたい。
 思っていると、突然、両腕にカクンと妙な感覚。俯けば肩を外した双子がぎゃーと泣き叫びだしたところだった。





2011/4/2
子どもにまみれる高校生を書くのは楽しかったです。
血液型の性格分析は信じてないけど、兄弟カテゴリの性格診断は「だよねー」と思ってしまいます。

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