サッカーシリーズで30のお題
02:秘め事


 痛い。

 痛い。

 いたい。

 いたいいたいいたい!!!!!!!!!!!!!!!!

 これだから、寒い日は苦手。
 雪の日は苦手。

「……っ」
 食い縛った歯を解けば、情けない呻きが溢れてきた。
 慌てて飲みこんだ声は、誰の耳にも届いていないはずだ。
 いたいいたいいたいいたい。
 視界を白く濁らせる雪を見ると、ますます痛みが増すようで一度俯いた。
 誰かが倒れたおかげで時計の止まっているピッチ。
 ぷっつり切れた集中力も痛覚を刺激しているようで、泣きたくなった。
 スタンドでは初の天皇杯タイトルを求める声が大きくなっている。

 痛い。
 足が、痛い。

 集まっていた選手がそれぞれのポジションに戻り始める。
 戻らなくちゃいけない。
 長い針が何本も突き刺さったような左膝に力を入れた。
 動く。
 大丈夫。
 痛いけど、動くんだから上等だ。

 雪の国立の時間は再び動き始める。
 俺の足も、動く。
 中学の頃に事故で負った怪我は普段は全く問題ないくせに、雪が降るほど冷え込んだ日には疼いて苛立たせる。
 お年よりの神経痛みたいなものだと思うけれど、誰かに相談したことはないからわからない。
 あの薫さんでさえ知らないこと。
 本格的な寒波に襲われる前にJリーグの日程は終了するし、年末に行われる天皇杯に弱い神戸は早々に敗退するのが常になっている。
 あとはシーズンオフで、明ければ温かい土地に移動してのキャンプ。
 この症状だって年に一度か二度しか現われないから、誰かが気が付くこともない。

 だけど、今年は違った。
 初の天皇杯決勝進出。
 獲らなければいけない。
 勝ち上がってきたトーナメントの頂上に輝きたい。
 そんな時に余計な痛み。
 左足に体重をかける度、針を打ち込まれるような痛み。
 笑いたくなるような痛み。
 中央で富永さんがボールをカットした。
 素早い上りを見せながら、俺を見た。
 駆け上がるのを待っている。
 俺がサイドを駆け上がるのを待っている。
 走り出す。
 ボールを蹴る音。
 頭上を越えていくボールが見えた。
 追いつけ、と言う意味を込めた悲鳴が聞える。
 その悲鳴を歓声に変えるのが俺に期待される仕事だってことはわかってる。
 ゴールネットを揺らすためにこの世界に入ったんだ。

 わかってるから、

「……っ、だまってろ!」

 一度は役立たずになった左足。
 だけどここまでやってきた。
 ここまできたんだから、今更駄々なんか捏ねるなよ。
 黙って俺の力になってりゃいいんだ。
 俺と生きてくために、骨くっつけて肉くっつけて動くようになったんだから。
 だから、黙って動けばいいんだ。
 俺がいくらでも活かしてやるから。
 再生した意味を、俺が見せ付けつづけてやるんだから。

 追いついたボール。
 キープしようとした俺の視界に、手を挙げながらスペースに走りこんでくるタカの姿が飛び込んでくる。

「英介!」

 俺がセンタリング下手なの知ってるくせに。
 せっかくライン際でボールに追いついてチャンスを作るのに、そこからのセンタリングがノーコンなのは勿体ないだろと失礼なことを言ったのは、タカだった。
 お前のドリブルは確かに早いけど、いっつもドリブルで持ち込むんじゃ芸がねぇ、とかなんとか。
 んなこと言うなら、入れてみろよ。
 お前のパスは確かに凄いけど、時々外すだろ。
 だけど俺はそれでも追いかけてフィニッシュまで持っていくんだ。
 その努力を、お前も味わえ馬鹿野郎。

 痛む左足を軸にして、できる限り狙いを定めて蹴り上げた。
 極太の針をぐっさり差し込まれるような痛み。
 顔が歪む。
 キーパーとディフェンスの間を狙ったつもりのセンタリングは、キーパーに向かっていった。
 真正面に飛んでくるボールにキーパーは余裕でキャッチしようと手を伸ばした。
 手が伸びきる前に、タカの体がキーパーの姿を遮った。
 頭から突っ込んでいくようなプレー。
 切り込み隊長の昴さんや俺なら泥臭いプレーで有名だけど、タカがあんな風に突っ込んでいくのは珍しくてびっくりする。
 大きなフラッグが振られる。
 聞き慣れたゴール後の歓声。
 ゴールに突っ込んでいたタカは、ゆっくりと起き上がる。
 獲物を仕留めた虎の悠々とした態度と同じだ。
 起き上がって俺を探した。
 その口が動く。
「ノーコン」
 抱き付いてくるチームメイトを引き摺りながら俺のところまでやってきて、拳を突き出してきた。
「足も早くてコントロール抜群なんて、パーフェクトすぎて可愛げがないだろ」
 俺も拳を突き出し、ぶつけ合う。
 拳はそのまま俺の左胸を軽く打つ。
 何か言い足そうな目を向けてくる。
 ちょっとだけ、タカにならばれるかもしれないと思ったし、ばれてみてもいいかもなんてことを考えた。
 だからばれたのかもしれない。
 タカは何も言わずに、俺のリアクションを待つ。
 必要な言葉は短い。
「いけるよ」
 頷いたタカは、背中に乗っかっている昴さんを振り落とした。
「だけど寒いから、負けても勝っても終わったら温めろよ」
 その背中に飛び乗って、言ってみた。
 勿論、勝つつもりだけど。
「祝勝会どうやって抜けるか考えとけよ」
 そのままタカはハーフラインを超えて、再スタートに備える。
 もう足は痛くなかった。
 痛みに集中していた意識が前を向いた。
 もう平気。
 手加減なしのキラーパスに追い縋らなければ。
 そうして、示してやるんだ。
 お前の突進なんて甘い甘い。
 攻撃的サッカーの最前線ですべきプレーは、こういうサッカーだって教えてやる。

 雪の国立。

 霞む視界。

 だけどゴールだけは鮮明に、俺には映った。



 祝勝会退場の言い訳は考えずにもすんでしまった。
「姫はじめだろ。頑張っておいで」
 監督にそんな温かいお言葉をいただいたからだ。


2003/3/15
ちょっと黒い英介。
ブラックになるとサカるらしい(いいな、この設定)
書いてて天皇杯って言ったら姫はじめになるんだなぁと……
そして「雪の国立」というフレーズが好きです(笑)
赤鹿の王子のせいですな。

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