サッカーシリーズで30のお題
04:遊園地



「あ、キレイ」
 夕方のニュースの終わり。
 アナウンサーはハーバーランドの観覧車のライトアップを紹介した。
 画面には賑やかな色のネオンに彩られた観覧車。
 夜空と夜の海をバックに綺麗に浮かび上がっている。
「あれ、俺、乗りましたよ。お袋とばあちゃんと」
「はぁ? 淋しい奴だなぁ」
「こっちに越してきて、余裕が出来てから連れてったんですよ。お袋もばあちゃんも神戸初めてだったから、神戸って言ったら海かなぁって」
「親孝行だな」
 若手の微笑ましいエピソードを秘めたハーバーランドの観覧車。
 モザイクガーデンに小さな小さな遊園地がある。
 観覧車とメリーゴーランドと、ジェットと言っていいものか悩むコースター。
 ぐるぐる回転するブランコがある程度の小さな小さな遊び場だ。
「俺も乗ったなぁ。クリスマスに三十分待ちして昔の彼女と」
 それぞれに思い出があるらしい。
 そしてそれは、
「俺、乗ったことない」
 そんな一言から始まった。

「どうぞ」
 ゴンドラのドアを開けた係員は促す。
 その視線が不躾にならない程度だが、注がれる。
 本物かただのそっくりさんかを見極めようとする視線の前で、英介は無邪気にゴンドラの中を見回す。
 高山が乗り込むと、狭いなと笑った。
 係員の青年はどう判断したのだろう。
 友達に言うのだろうか。
 高山浩二と江口英介が二人で観覧車に乗りに来た、と。
 自分達の前では表情を崩すことなく、青年はゴンドラを閉めた。
 彼の姿も徐々に小さくなっていった。

「なんか、揺れる……」
 ゆっくりと上昇していくゴンドラ。
 遠くなっていく地上を見下ろしながら、英介が小さな声で呟いた。
 今日は横風が強い。
 確かにゴンドラは揺れている。
「怖い?」
「このくらいなら平気」
 強がっているわけではなさそうだ。
 窓の外を見つめている英介の声は弾んでいる。
「綺麗だね」
 日が落ち、街のネオンが灯る。
 ハーバーランド周辺の街路樹に巻かれたネオンが黄金に輝いている。
 ポートタワーが仄かに赤い光を帯びて浮かび上がり、ホテルの灯りも綺麗に見える。
 眼下の海には、客船のが出航していくところだった。
 その甲板もネオンで飾られている。
「イルミネーションってさ、冬の方が綺麗に見えるよな」
「そういや冬って感じだな」
「ルミナリエも冬だもんな。でも寒いときにイルミネーション見るとちょっと寒いの忘れる気がする」
 ゴンドラの中は風が遮られているとは言えやはり寒い。
 手を擦り合わせて息を吹きかけた。

 自分達が乗っている観覧車自体もライトアップされていて、視界でネオンがキラキラと色を変えていく。
 神戸の夜景を楽しむ沈黙を、英介が破る。
「タカさ、神戸好き?」
「好き、かな。そんなこと思う暇なかったけど」
 街を見る暇なんかなかった。

 ただチームを見て、神戸に来た。
 神戸に来たというよりは、神戸レインボーチャーサーに来たという感じで過ごした入団当初。
 余裕が出てきて改めてみたこの街を、今は好きだと思う。
 お洒落な街だというイメージそのままの街で、背伸びしなければ自分は浮いているんじゃないかと思ったりする。
 でも路地に入れば、意外にも猥雑な面が隠れていたりするのも発見した。
 ほんの少しずつではあるけれど、サッカー以外の神戸を見てきた。
 あの震災の傷痕を、被災から随分経って越してきた自分たちはなかなか感じることはないけれど、でも確かにその傷は人々の心にあって。
 例えばこの街をホームとするサッカーチームに所属する者として、その被害を目にする時。
 一年目、二年目、五年、十年と時が重なるあの日付を迎える時。
 この街を襲った悲しみを感じる。
 普段目にするこの美しい街並みの復興は、優しさの結晶なのだと思える。
 自分達は、そんな人たちの希望にならなきゃと、白く染まったスタジアムを見るたびに思える。
 誇れるホームタウンだと、今は思えるようになった。

「俺、最初の頃すっげぇいやだったんだよね」
「神戸が?」
「うーん。神戸がって言うか、家を出るのが。家族と離れるのすげぇ辛くてさ、引越しの日とかマジで嫌だった」
 夜景を見ながら英介は言う。
「だから、タカがいてくれて良かった。じゃなかったら淋しくて死んでる」
 屈託のない告白。

 もしも、と高山は思った。
 もしも、神戸に入団した時の同期が自分ではなく他の奴であれば、どうなっていただろう。
 英介はそいつに懐いて、信頼を寄せ、コンビを組んで、

 そして。

 そして、そいつと恋に落ちただろうか。

 乗ったことにないという観覧車に、そいつを誘っただろうか。
 別に気持ちを疑うわけではなく、そういうこともありえたのだろうかと思ってしまった。

「寒い?」
「うん。隙間風がけっこう」
 英介が応え終わらないうちに、高山が腰を浮かせる。
 狭いゴンドラの中で高山の長身が移動する。
「なに?」
 高山が隣に座ると、肩から腕が密着する。
 さすがに少し狭いが、英介は嫌がる様子はない。
 触れ合った部分が暖かいからかもしれない。
 観覧車はゆっくりと天辺に向かう。
「俺が、入団先決めるときに神戸以外のところに行くって言ってたら、お前も来た?」
「ついてったよ。ぶっちゃけ、俺、神戸よりもタカ目当てで入団したもん」
 装わない即答に、高山も暫し絶句する。
 思ったことを素直に口にできる英介は、時々とんでもなく恥ずかしいことをさらりと口にしてしまう。
 羞恥心のスイッチが入るタイミングが人と違うんだと、先輩達にはからかわれている。
 英介の言葉は時に高山を絶句させ、照れさせて、喜ばせる。

 ゴンドラの外では風が唸りをあげて吹いている。
 ゆっくりと天辺にさしかかるゴンドラの中で、高山が身を捩る。
 窮屈な口付けを交わした口唇は少し冷えていた。
「観覧車でキスなんて、定番だね」
 英介が喉を鳴らして笑った。
「いっつも型破りだから、たまにはいいだろ」
 コツンと額をぶつける。
 この距離が好き。
 お互いの目だけを見て、熱が伝わってくる。
 もう一度。
 目だけで強請ったのがすぐに伝わって、冷たい温度のキスをする。
「定番のデートコースもいいかもね。また、どっか行こ?」
 桜の季節も夏休みも紅葉の季節も、自分達はシーズン真っ盛りでゆっくりできるのは冬くらいだ。
 雪とイルミネーションの季節だけ。
 でも、ホームタウンはそれが似合う街で、寒さも二人でいれば平気だから。
 とりあえず今は、キスがあたたかな温度をもつように触れていて。

 ゴンドラが地上に降り立つ。
 小さな箱を出て、英介は伸びをして高山を振り返った。
「腹減ったー。寒いし、なんかあったかいもん食べて帰ろう」

 数日後、新聞の隅っこに掲載された記事は、神戸レインボーチャーサーの凸凹コンビの熱愛ぶりを報じていた。


2003/11/27
冬の話。ハーバーランド好きだ。神戸って感じがする。
ちなみにこの観覧車には、私は三回乗りました。一度目は相棒と女友達と三人で。二回目は女友達三人で。三回目は母と祖母と三人で……………………………………( ̄□ ̄)
タカの語る神戸の印象は私の印象です。クリスマスとか、冬が似合うし街もすっごく綺麗になる。岡山、神戸以外の場所で冬を過ごしたことはないですが(苦笑)
タカとえっちゃんは、ラブラブデートです。いっつも寮とかなんで、たまには外へゴー。
せっかく4年過ごした神戸をホームタウンにしてるんだから、いろいろ神戸をデートさせてやりたいです。杉山の体験談たっぷりに。

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