サッカーシリーズで30のお題
05:雨


 やば……。 明日オフじゃん。

 ホームゲーム後に雑誌インタビューを受け、インタビュアーと一緒に食事をした。
 タクシーから寮の明かりが見えるようになって、車窓に映る英介の表情が僅かに顰められた。
 車のボディを叩く雨音が大きくなっている。
 タクシーの運転手は気をきかせて、玄関ぎりぎりまで車をつけてくれた。
 タクシーを見送った英介は、寮に入る前に大降りになった闇夜を見つめた。
 久々の大雨だった。
 車内で聞いたラジオは、大雨洪水警報が出されたと言っていた。
 明日がオフでよかった。
 サッカーはちょっとやそっとの雨では中止にならない。
 プレーするのも大変だが、寒い中カッパも着ないで声援を送ってくれるサポーターが気の毒だ。
 だけど、明日がオフだから困ることもある。
 呼吸が白く色をもって流れて消えた。
 雨のうえに冷え込む。
 こんな夜は一人では眠れない。

 英介は、雨の日が嫌いではない。
 サッカーをするのに影響はあるけれど、雨の夜は子供の頃から熟睡できた。
 雨音は子守唄。
 大粒の雨は外界から家をシャットアウトするようで、守られているような包まれているような安心感があると思っていた。
 誰も眠りを妨げない夜が好きだった。

 だけど、彼はそうじゃない。
 親友でチームメイトで恋人の、高山は。
 聞いたことはないけれど、たぶん、そう。
 雨の日のゲームなんて最悪だ。
 スリッピ―なピッチも見えにくい視界も苦手だから、雨の日のゲームはプレーが荒い。
 サッカーがなくても、雨の日が嫌いだと気が付いたのは恋人関係になってから。
 雨の日の彼はひどく淋しがり屋で心配性になる。
 ちょっとコンビニに行って来ると言うだけでも、ついて行くと言って聞かない。
 帰りが遅くなるとひどく心配する。
 まるで、雨が二人を引き裂くのを心配しているかのように。

「ただいま」
 だから、直行したのは自分の部屋ではなく高山の部屋だった。
 開いた雑誌。
 点けっぱなしのDVD。
 高山は携帯電話を片手にベッドに横になっていて、突然開いたドアに驚いて起き上がった。
 驚いた顔はすぐにほっとしたような顔になった。
 それに英介も安心する。
「おかえり」
 声に招かれて英介はベッドに上がる。
 高山の体を跨いで抱きつくと、いつもよりもずっと強い力で抱き締められる。
 普段、喜怒哀楽の表現がわかりにくい恋人の精一杯の感情表現。
 淋しがったり甘えたがったり我がまま言ったりするのはほとんど自分の方だから、たまに高山の方から甘えてくると嬉しくなる。
 言葉なんて期待しないから、もっと態度で求めて欲しいと思うけど、口に出せないでいる。
「早かったな」
「いっぱい喋って早めに終わらした」
 お前のことが心配だったから。
「タカだったら一日かかる取材だったけどね」
「さすが看板息子だ」
 笑うと振動が伝わってくる。
 雨音はますますそのボリュームを大きくする。
「なんかさ」
「ん?」
「こんな雨だと、世界で二人きりみたいな気になる」
 誰もこの部屋に入ることができないような錯覚。
「……誘ってる?」
 英介はほのぼのした空気を感じているのに、高山はそうではないらしい。
「そう聞える?」
「そうとしか聞えない」
 背中を抱いていた腕が、セーターの下にもぐりこんでくる。
 仕方ないなと英介は自ら高山の頬を包み、キスをした。

 絶え間ない雨音の子守唄と、セックス後の疲労に包まれた英介はまどろみの中にいる。
 頬にかかる髪の毛を払う高山の手に、気持ちよさそうに体を寄せてきた。
「たか」
 意識はまだ夢の中にはもぐっていないらしい。
 子供のような声に呼ばれた。
「雨、キライだよね」
 ふわふわした口調ではあるが、何を言っているのか自覚はしているらしい。
「土砂降りの、夜、キライだよね」
 頬に触れた手に自分の手を重ねる。
 伝わる熱を上げたのは自分だ。
「うん」
 耳につく雨音は止む気配を見せない。
「お袋が家を出たのが、こんな日だった」
 頬を撫で、触れるだけの口付けをはさみながら高山は語りだす。
「仲違いしての離婚じゃなかったから、俺も納得してたんだけど」
 母親が最後の荷物を持って、バイバイと言って部屋を出て行く。
「お袋を見送ってテレビをつけたら警報が出てた。タクシーで帰るのは知ってた。どこに行くのかも知ってたんだけど」
 傘立てにあった水色の雨傘を持って、出て行った。
「だけど、なんか心配だったんだ。事故に遭わないかとか、ちゃんと帰れるのかとか」
 眠れなかった夜。
 その夜中耳を離れなかった雨音。
 もう家族ではなくなった人の歩む、自分の知り得ない人生を思うと胸がざわついた。
 どこまで心配してもいいのだろうかとか、そんなことを思った夜。
 降り注ぐ雫は、自分から何かを遮断する。 

「だから、不安になる」
 告白の間に英介の瞳は起きて、高山をしっかりと見上げてくる。
「お前が帰って来なかったらどうしようって」
 だから土砂降りの夜は苦手。
 本当は離れたくない。
「なんで、わかったんだろ」
 表情にも態度にも出した覚えはないのに。
 英介はクスクスと笑った。
「タカの考えてること当てるの、俺上手いと思うよ」
 タカ自身よりもね。
 頬を包む手は優しい。
 本当は、ある雨の夜に気が付いたのだけど。
 まだ高山と体を重ねることに慣れていなかった頃、こんな雨の日になんとなくそういう雰囲気になった。
 慣れない英介の体が逃げをうつのを高山はいつもなら優しく宥めてくれたのに、その日に限っては苛立ったように引き寄せられて、英介は少しだけ怖い思いをした。
 そういうことが数回あって、高山浩二が雨が嫌いだという説は確信に変わった。
「こんなんじゃ、外に出たくても出れない」
 こんなのと言うのは、いつもよりも激しかった情事の名残を残す体のことだろうか。
 それとも自棄になったように激しく降り続く雨だろうか。
「タカと一緒のベッドにいるしかないじゃん」
 囁く声に艶が生まれる。
 慰めるように頭を撫でてゆっくり引き寄せる。

 絶え間ない雨に負けないキスをして。

 雨音が与える安心感よりももっと優しく包んで。

 不安になんかさせないで。


2003/5/18
雨が嫌いな高山さんのはなし。
杉山は雨の日はよぉく眠れます。部屋にこもっている時には、雨が振っていてくれる方が安心する。土曜の夜からザーザーぶりの雨で、日曜の朝からしとしと雨が一日続くのが好き。土曜の夜雨で、日曜の朝にはからっと晴天とかあんまり好きじゃない。特に夏とか。出かける予定がある日は勿論晴天を望みますが(ワガママ)

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