サッカーシリーズで30のお題
08:境界


「だから、お前が守りに入ったらみんなも守りに入るわけ。そうなったら、前線にパスが来ないだろ」
「守りに入ったんじゃねぇよ。カウンターを狙おうとしてたんだ」
「狙っててもできてねぇだろ。できねぇことゲーム中にしてんなよ。流れを考えろっつーの」
「ガンガン攻めてりゃどうにかなるもんでもねぇだろ。前線で待ってりゃボールが来ると思ってんのかよ。お前こそゲームの流れを考えろ」
「考えてるよ! 考えてるから前線で張ってんだよ!」
「それが考えてねぇってことだろ。一人だけ攻めたってチャンスにはなんねぇだろ! 今は勝つことが大切なんだよ」
「点とらねぇと勝てねぇ!」
「いいかげんにしろ!」
 アウェイスタジアムの神戸レインボーチャーサー側ロッカールームから、激しい怒声が聞えてくる。
 おそらくは外にいるスタッフやマスコミにも届いているだろう。

 ファーストステージ終盤を迎えて、神戸RCは絶不調だった。
 僅差で勝てない試合が続き、さすがの神戸イレブンにも焦りの色が現われ始めた。
 先ほどまで行われていた試合も逆転を許しての黒星となった。
 終了後のロッカールーム。
 汗だくのユニホームのまま怒鳴りあっているのは、英介と高山の二人だった。
 まさに一触即発の空気に、若手達は硬直してしまっている。
 何せこの二人は普段は恋人同士として甘い雰囲気を醸し、ピッチでも絶妙なコンビネーションを見せてきたのだから。
 まさに相性ドンピシャリ。
 運命の相手同士といった感じだったのに。

「追いついてねぇのにチーム全体が守りに入ってどうするんだよ。そんなんでどうやって勝つつもりか言ってみろ!」
「お前は一人でサッカーしてるつもりかよ!」
「お前こそ一人でやってるじゃねぇか。終わり頃にユーキが出したパス、なんでてめぇで打ちに行かなかったんだよ。攻めの姿勢忘れてるからあぁなるんだろ! 自分のこと棚にあげてんじゃねぇぞ!」
「お前っ、いいかげんにしろよ!」
 最初に高山の手が伸び、英介の襟元を掴んだ。
 間髪をおかず、英介の手も高山の襟元を掴んだ。
「いーかげんにするのは、お前らだ」
 誰か止めてくれというチームメイトの心の願いが通じたのか、仲裁に入ったのはチームドクターの矢良薫だった。
 ピリピリと張り詰めた糸をだらりと緩ませる呑気な声をかけ、スコアブックを二人の顔の間に滑り込ませ、パコパコと鼻面を叩いた。
「うわ!」
「いて!」
 怯んで取っ組み合いは解かれた。
「アホタレ。熱くなるのはいいけどな、頭の芯は冷やしとかないと守っても攻めても勝てん。いいから、シャワー浴びて来い。撤収が遅れる。スタッフの方々への迷惑になるだろ」
 もう一度パコンパコンと顔面を叩いて距離をとらせると、シャワールームへと蹴り出す。
 タオルも一緒に放り投げ、薫はニッコリと笑って見せた。
「手間かけるんじゃないの」
 渋々二人はシャワールームに向かった。
「世話が焼けるなぁ」



  一触即発は間逃れたものの、バスに乗り込んだ二人は目を合わさない。
「……怖っ」
「あんな二人初めて見るよ」
「喧嘩してんのに、なんで隣同士で座るんだろ」
 コソコソと肘を突付きあう若手の斜め前の席。
 あれだけの言い合いをしておきながら、二人が腰を降ろしたのはいつものポジション隣同士。
 こういう時こそ先輩が気を利かせて離して座らせるべきではないか、と思う。
「ほっときゃいいんだよ」
 そんな若手達に、こっそりと昴が声をかけてきた。
「あんなのしょっちゅうだぜ? どっちも負けず嫌いだからな。前は手が出てた」
「えぇっ、マジっすか?」
「マジマジ。先に手ぇ出したのはタカの方だったかな。平手だったのを、英介が拳で返したんだ。最初に見た時は慌てて俺らも止めたけどな。殴る蹴るの、そりゃ容赦のねぇマジ喧嘩。でも、すぐに元通りになる」
 心配するだけ無駄だぞと言うものの、盗み見る彼らの姿はいつもの気安い空気は全くなくて不安になる。
「タカさんって、英介さんに怒鳴るんだ……」
「だよな、俺もそれびびった。あの人にだけは甘いのかと思ってた」
「あの迫力に負けないえっちゃんもすげぇよ」
 痴話喧嘩なら時々見るが、あんな真剣な怒鳴りあいは初めてだ。
 一瞬、二人の普段の関係なんか忘れてしまった。
 ただのサッカー少年の顔だった。
 恋も愛も知らない。
 サッカーしか知らない。
 勝利しか欲しくない。
 そんな、ガキみたいな顔をして怒鳴りあってたから。
 試合後の疲労を回復することよりも二人の中心選手の喧嘩を気にしてしまっている若手達とは反対に、ベテラン勢はいつものようにリラックスしている。
 今日のゲームで二人は確かに噛み合っていなかった。
 二人だけではなく、チーム全体が別々の方向を向いてプレーしていた。
 そういうこともあるさ、とロッカールームで監督は言った。
 もうちょっと焦らなくてもいいのかな〜、と若手の方が心配してしまう。
 難しいなプロって。
 そんな溜息をこっそり心の中でつく。
 なんだか疲労も倍増だよ。

 不意に昴が自分の席を立ち、英介と高山の席を覗き込む。
 ニシシと不穏な笑みを浮かべ、携帯電話を二人に向けた。
 カシャリという機械音。
 心底楽しそうな顔をした昴は、お疲れ顔の後輩達に自分の携帯電話を差し出して見せる。
 昴の携帯電話の画面には、撮れたてホヤホヤの画像がある。
 車内撮影だから見えにくいけれど、しっかりと組み合わさった指が見えた。
 自然と寄りかかって支えあう体の間で、守りと攻めと反対方向を指した指はぎゅっと絡められていた。
「な? 心配するだけ無駄なんだよ。サッカーで意見が食い違ったなら、がっちりかみ合うまでサッカーするしかねぇの。それまでは暫し休戦。その間は、こいつ等はラブラブなバカップルなわけよ」
 あぁ、もう、その通りでございます。
 神戸RCのカラーに染まりきれていない少年達は、やけっぱちに笑うしかない。
 ほんと、心配するだけ無駄だった。

「ねぇ、富永さん、スバルも大きくなったねぇ」
「あぁ、まったくだ」
「スバルも言うようになったじゃねぇか。昔はロッカールームでギャンギャン喚いてたくせにな」
「だよなぁ。昔はタカと英介の喧嘩よりも酷かったよなぁ。スバルが富永さんに言葉で勝てるわけねぇから、途中で涙目になってんの」
「成長したなぁ〜」
 ベテラン勢の呟きに、まだまだ中堅の昴はヤラレタと顔を歪めて、
「寝る!」
 と怒鳴って目を閉じた。
 明らかな狸寝入りのソレは、背後で長老達が昔話に花が咲くたびにわざとらしい唸り声を上げる。
 今度は富永と昴の喧嘩なのか喧嘩でないのかわからないやり取りを心配することになった若手達の行く末を思って、矢良はこっそり笑いを噛み殺していた。


2004/7/17
お題に沿えているのかどうか。
恋人の境界、友達の境界、戦友の境界、みたいなものが書きたかったのです。またはベテラン、中堅、若手の境界とか。途中で書き直したらテーマから外れてしまった気がします。すみません。マジ喧嘩するタカ英は楽しく書けました。

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