サッカーシリーズで30のお題
09:冷たい手



 雪が降って、少しだけ積もった。
 朝食後に部屋にやって来た英介は、散歩しようと強引に俺を連れ出した。
 動きにくいからと拒んだコートを無理矢理に着せて、寮を出た。
 玄関先から駐車場、寮生の自慢の外車にも雪は積もっていた。
 上空は綺麗な青空で、太陽が昇っている。
 昼頃にはすっかり溶けてしまうだろう積雪に、英介は足跡を刻んでいる。
 光が雪に反射して、いつもよりも視界が明るい。
 その光の中を、英介はピョンピョン飛び跳ねている。
 不意にしゃがみ込んだり、車の上の雪を掻き集める。
 もういい加減ガキじゃないんだからとか思いつつも、英介だから許されるよなとも思う。
 陽射しは温かいがまだ空気は冷たい。
 赤道近くの国でも、スタジアムでカマクラが作れそうな積雪量があるような国でも、英介は元気だ。
 寒暖の差に強いらしいと矢良が言っていた。
 寒い寒いと言いながらも外で遊ぶのをやめない。
「こんだけじゃ雪だるまも作れないじゃん」
 なんて言いながら駆け戻ってくる。
 手を後ろに隠しながら。
 頬を緩ませて。
 こいつ、嘘つけねぇよなぁ。
 思った通りに雪だまは投げられて、ひょいとよけると雪の塊が玄関のタイルの上に砕けた。
「なんでよけんだよ!」
「なんでって」
 無茶を言う。
「タカはそういうところが面白くないんだよ」
 きついことも言う。
「コンビニまで行こう」
 そしてついてくるのが当たり前のように、俺に背中を向けて歩き出す。
 そんな背中を見せられたら、ついていくしかない。


 溜息は白い息になって消えていく。
 高校にいた頃には、こんな強引な友達は回りにいなかった。
 こんな風に、自分に我がままを言ってみたりする奴はいなかった。
 ユースの日本代表で仲良くなりはしたけれど、英介と俺とは高校も別で、会うとすれば代表召集の時くらいだった。
 プロ入りして寮に入って、毎日を一緒に過ごすことになった。
 変化すると思っていた印象は、あまり変わらないでいる。
 英介みたいな奴と四六時中一緒にいたら、たぶんいつかうんざりしてくるんだろうと思っていた。
 懐っこいようで厚かましくはない英介は、そばにいても飽きない存在だった。
 俺よりも、俺の気持ちに敏感かもしれない。
 英介が散歩に行こうと言い出した時、俺はきっと面倒臭くも嫌でもなかったから、ここにいるんだろう。


 英介は少し先を歩きながら足跡を残している。
 その足を止めて、高山を手招きする。
 歩調を変えずに追いついて、その隣に立つ。
 英介は悪戯っ子の顔をして、その場で垂直跳びをした。
 高山の頭の上へと伸びた手が、街路樹の枝に触れた。
 枝に積もっていた雪が落ち、俺の頭に降ってくる。
 当然、英介の頭にも降ってくる。
「……っ、冷ぇ!」
「ひゃー」
 思ったよりも積もっていたらしい雪を払って英介を睨みつけるが、本人も被害を被ってしまっている。
 しまった。
 みたいな顔をして、髪の毛についた雪を振り払う。
「アホだなぁ、お前は」
 フードをひっくり返して中に入った雪を落してやり手を離すと、途端にまた走り出す。
 まるで犬だ。
 このままでは転びかねない。
「英介」
 大股で追いついてフードを掴む。
「転ぶぞ」
「そんなに呑臭くねぇよ」
 見上げてくる英介の頬は紅潮して子供のように見える。
「素手で雪なんか掴むとしもやけになる」
 小さい子供を叱るように言ってやると、英介は暫らく自分の手を見つめる。
 徐にに伸ばしてきたその手は、俺の首筋を包むように触れてきた。
「……!!」
 その冷たさに鳥肌がたった。
「甘いねぇ、コージくん」
 ペッタリと頬にも触れて、にんまり笑うと身を翻した。
「お前っ」
「油断してるからボールカットされるんだろー」
「関係ねぇだろっ」
 つい早足になって追いかけてしまう俺から逃げて、英介はコンビニのドアを押す。
「あったかぁい」
 ほっとした顔をして、俺を振り返る。
 そんな顔をされるともう怒れない。
 実は確信犯なんじゃないかと思う時がある。
 今みたいに信頼しきった顔をして、そういう感情を顔に出して。
 こう……意識の奥で、そんな表情を向けてもらえることに喜んでいる自分がいるのがヤバイ。

 飲料水やらお菓子やらと買いためてコンビニを後にする。
 英介の手にはホットレモンの小さなペットボトル。
 蓋を捻って一口飲んで、美味しいと呟いた。
 いつもより眩しい光を浴びた英介の髪の毛はチョコレート色で、さっき街路樹から浴びた雪が溶けて雫が輝いている。
「飲む?」
 不意に振り返った英介が差し出すペットボトル。
 受け取ろうと思ったのに、何故だか英介の手を掴んでいた。
「なに?」
「……あ」
 ヤバイ。
「いや……、手ぇ、あったまったかと思って」
「暖まったよ。っていうか、同じ悪戯二回するほど知恵がないわけじゃありません」
「そういう意味で言ったんじゃねぇけど」
 男に突然手を握られても動じないのはそういう状況に慣れているからなのか、それとも俺に対する警戒心がないからなのか聞いてみたい気もする。
 なんでそんなこと聞くの?
 なんて尋ね返されたら理由を探せない。
 今はまだ、探せない。
 オレンジ色のキャップを捻る。
 口に含んだホットレモンは甘さよりも酸味の方が強くて、思わず顔が歪んだ。
「すっぱくねぇ? これ」
「え、甘いよ」
「……そうかぁ?」
「俺、昔から酸っぱいもん好きだったからかも。いっつも家の冷蔵庫にレモンの輪切りを蜂蜜に浸したヤツ作ってもらっててさ、部活から帰ったらすぐにそれニ、三枚食ってた」
 同じホットレモンを飲んで、英介は顔を綻ばせる。
 この味覚の違いが、俺らのお互いを思う気持ちの違いを表してるみたいに思えた。
 自覚しないように、しないように。
 気持ちを沈めて。
 一歩先を行く英介の丸っこい後頭部を見る。
 白い息が流れていくのが、雪の中を楽しそうに歩く後姿から見えた。
 この距離を、保てるように。

「どうした?」

 遅れた俺を心配して、振り返ってもらえるように。
 口の中に蘇ったレモンの味を甘く感じる日はないだろうけど。
 英介が甘いというならそのままでいればいいから。
 このままで、いいから。
 傍に、いさせて。
 冷たい手を温めることは叶いそうもないけれど、この距離で満足していたいから。



2003/5/8
英介のことが何となく好きだった頃の高山サンの独白。
この頃はまさか両想いになるとは思ってもみなかったので、自己完結。えっちゃんの方は全く意識していない、悲しき擦れ違いの時代です。
ホットレモンの味覚の違いのくだりはちょっと上手く使えたかなと杉山は自己満足です。
おわかりの方もいらっしゃるかもしれませんが、これを書いていたときのBGMは「スノウスマイル」(Bump of Chicken)です。「振り向く君のいる景色を」ってフレーズですな。

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