サッカーシリーズで30のお題
12:罪


『一日五十個限定、幻のメロンパン』
 と、いうものがある。
 今、神戸のとある区では話題になっている。
 何せ一日五十個限定。
 希少価値の高さから、販売している店の前には毎朝行列が並んでいるらしい。

 それを
「食ったのか」
 食ったらしい。

 欧州のリーグ戦の決勝があるから皆で見ようと、深夜の食堂には大勢の寮生が集まっていた。
 そこに飛び込んできたのが、富永真吾。
 ばたーん、と普段の彼からは想像できないほど乱暴にドアを開けた瞬間、食堂は凍りついた。
 巷ではクールでできる男、チームではできすぎるオヤジ。
 そんな評判のある富永だが、怒るときは冷めるのが常だった。
 より冷静になり、より冷たくなる。
 摂氏零度の声色で反論できないことを言い放ち、フフンと鼻で笑うのが彼の怒り方だった。
 が、
「食ったのかっつってんだよ」
 今日は違った。
 青いはずの怒りオーラが、今日は赤い。
 テレビではホイッスルが吹かれ歓声が大きくなったが、虹明寮はそれどころではない。
「……と、富永さん?」
 勇気を振り絞った一人が恐る恐る声をかけた。
「黙ってろ。用があるのはそこの単細胞馬鹿だ」
 単細胞馬鹿呼ばわりされたのは、
「スバル……、お前何したんだよ」
 大方の予想通り、片岡昴だった。
「えっ、俺っ?」
「お前以外に誰がいるんだ。人の部屋にあるもん勝手に食う泥棒猫がどこにいるっつーんだよ、コラ」
 食堂の気温はじゃんじゃん下がる。
 この二人の喧嘩なんて見慣れて聞き慣れて巻き込まれ慣れているはずだが、今日はちょっくら様子が違った。
 たいがいは昴のガキ臭い悪戯に富永が怒って、壮絶な嫌味を雨霰と降らしていく。
 その途中に富永に「ねぇ?」「なぁ?」なんて言う同意を求められたり、昴が助けてくれと泣きついてくる程度の巻き添えが常なのだが。
「俺が夜明け前に起きて買いに行った大地屋のメロンパン、食っただろうが!」
 もうこれ以上崩れることがないと思っていた富永真吾像が、さらにガラガラ音をたてて崩れていく。
 その音を若者達は確かに聞いた。 

「確かに大地屋のメロンパンは美味いですよ」
「限定品だしな。早起きして並んで買う価値は大有りだ」
「俺、食ったことない」
「ぶっちゃけ、絶品だ」
「幻です」
「しかしだな」
「あぁ、しかぁしだ」
 ひそひそこそこそ会話が進むのは、食堂の隅っこ。
 中堅組が若手に混じって陣取る辺り。
「あれは、ないと思うよ」
 ベテラン組がずらっと顔をそろえるテーブルで、いつもならくだらない話から今日のコンディションの話まで、会話を弾ませている幼馴染コンビの姿がない。
「小学生の喧嘩じゃないんだから、無視とかねぇと思うよ」
 メロンパン事件以来、富永は昴を無視しつづけている。
 昴は反省して謝罪しようと試みているのだが、それを聞く耳もたないのだ。
 ゴメンと頭を下げる昴の前を素通り、部屋にまで押しかければふらふら逃げる。
 食事の席も、昴を避けて富永が座る。
 練習や試合での必要最低限の会話以外を、まったくしない。
「英介とタカの喧嘩でもここまで幼稚じゃねぇもん」
「富永さん……」
 見ていて悲しくなる。
 奇妙なところで子供臭いところがある。
 それを魅力とも言うのかもしれないが、尊敬の眼差しを送り続けてプロ入りした後輩達には物悲しい姿だ。
「食い物の恨みは怖いな」
「俺、富永さんにメロンパン買ってきてあげようかな」
「なんか可哀想になってきたもんな」
「あ、俺も食ってみたい!」
「ほんじゃ、明日、早起きしてみるか」
 これ以上、看板選手の情けないところを見たくない。
 マスコミの前でも平気で、
『スバルが決めやがらねぇですからね。いくらいいボール出したって、攻撃陣が決めてくれなきゃチームは勝てませんよ。エースストライカーの看板背負うならそれらしい態度を見せろっつーんですよ』
 などと悪態をつきはじめた富永をこれ以上放置しておけば、
『あの野郎、俺のメロンパン食いやがったんですよ』
 と暴露しかねない。
 そうなれば富永=ジェントルマンだと思っているファンが可哀想だし、自分達がそれに憧れているという事実が哀れだ。
 このアホらしい喧嘩を止めるべく、総勢六人の中堅若手は大地屋のメロンパンを目指すことになった。

「ぎゃ、もう並んでるじゃん!」
「すげぇ、そんなに美味いんだ」
「言ったじゃないっすか。もうちょっと早く出ればよかった」
「俺じゃねぇよ。英介が起きないからだ」
「起こせって言ったのに!」
 練習前に訪れた大地屋の列は既に長く、選手達はその最後尾にちょこんと並ぶ。
 開店もまだなのに、列は既に五十人に近い。
 冬の早朝の空気は痛いほど冷たく、選手達は体を揺すって開店を待つ。
「……あ」
「どうした、ユーキ?」
「あそこにいるのって、スバルさんですよね?」
「ん?」
 ユーキが指したのは列の一番前。
 寒そうに体を揺すっているのは、間違いなく。
「スバルじゃん」
「ほんとだ」
「スバルさんだ」
 昴だった。
 そして、
「何やってんの、お前らは」
「あ、富永さんだ」
「本当だ」
「富永さんだ」
 富永真吾も出現する。
 六選手が指差した方向に見慣れた後頭部を発見した富永は、そろそろ喧嘩にも飽きてきた子供の顔をしてから大人顔になってやれやれと肩を上下させた。
「しゃーねーなー」
 お前がな、という突っ込みを六選手は胸の内に押し止めた。

 開店から数分後に五十個のメロンパンは売り切れる。
 なんとか購入できた焼きたてのメロンパンと自販機で買った温かい缶コーヒーの朝食を近所の公園でとる神戸レインボーチャーサーの選手の周りには、列を作っていた早起きの主婦達。
「がんばらなあかんでぇ」
 なんてエールをもらって、みんなで仲良く帰寮。
 隣を歩く富永と昴を見て、みんながどこかでホっとしている。
「美味かったな、メロンパン」
 ぽつりと昴が言った。
「だろ」
 自分のことのように胸を張った富永が、昴の頭をポンポン撫でた。
 その拍子に、幼い頃の記憶が蘇る。


『なんで落ち込んでるの。スバルのせいで負けたんじゃないだろ』
『だって、俺が下手だから負けたんじゃん。真吾兄、超上手いのに俺が空振りとかしたからだよ。真吾兄の友達も足手まといとか言ってたじゃん』
『プロの選手だって空振りするんだぜ。お前がしたって変じゃないよ。それにあいつらもスバルのジャンプ見てびっくりしてたよ』
『でも負けたら意味ないじゃん』
『意味あるよ。悔しいじゃん。だから、次勝ちたいって思うじゃん。どうしたら勝てるのか考えたらいいだけだし』
『……うん』
『な?』
『うんっ』


「俺も大地屋のメロンパンみたいになりたい」
「はぁ?」
「みんなが朝早く起きて、並んでまで買ってくれるみたいな」
「まんまじゃん」
「だから、金払って見に来てくれる価値のある、サッカー選手になりたいってことだよ」
「何言ってんすか。スバルさんなんて、ばりばりメロンパンですよ」
 誰かがそう言って笑った。
 俺もがんばるぞと誰かが言った。
 今日も一日頑張りましょうと、誰かが言った。
 白い息が零れて、笑い声が歩道に満ちる。
 車道には、通勤していく車がチラホラ走り始めている。
 こんな日常の中に、鼓動を早めるような高揚と思わず叫んでしまう興奮を与えるのが自分達の仕事なのだ。
 静かに音量を上げていく早朝の街。
 自分達のホームタウンの目覚めの空気が愛しい。
「じゃあ、チームで大地屋のメロンパンを目指そうぜー」
「それさ、スローガンにすりゃいいじゃん」
「あ、いいな。広報に応募してみよう」
「神戸RCのスローガン、『大地屋のメロンパンになる!』」
「わけわからーん」
「いや、でも地元受けはするんちゃうか」
「規模ちいせー」
「巨人みたいになりたいな。巨人。関西の隠れ巨人ファンみたいに、北海道とか沖縄で隠れ神戸ファンがいるの」
「憧れる〜」
「じゃあ、メロンパンになる! ってのは? みんなから愛される存在になりたいってことで」
「やっぱり意味わかんねー!」
「ふざけんなーってファンから抗議きそうだな」
 週末の発熱に向けて、Jリーガー達はしばし呑気なやり取りを。
 街はそんな彼らを静かに見守り続けるのだ。


2004/1/13
早朝の街をね、意味なく友達と眺めている感覚がいいなぁと思ったことがあります。田舎ではなく、ちょっとした街。仕事があるわけでも、学校があるわけでもない日に、街が目覚めていくのを眺めていたことがあります。その時の感覚を思い出して、さらには富永さんを愛しく描けるように(笑)
選手がオフでじゃれてる姿はイイ……

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