「10日の大阪戦」
「え?」
「大阪戦で、片岡昴は復帰するぞ」
練習前のロッカールームに顔を出した薫は、いかにも楽しそうに笑いながら宣言した。
「え?」
復帰すると宣言された片岡昴本人の方は、未だきょとりと瞬いて首を傾げる。
「今日から練習メニューはみんなと一緒だ。体力と感覚、しっかり取り戻せ」
「……」
「返事は? 昴」
「……はい。……はいっ、ハイ!」
「返事は一回でいーんだよ」
自分の復帰をようやく飲み込めた昴の威勢のいい返事を笑いながら、薫はグランドに向かう。
ロッカールームに溢れた祝福の声を背中で聞きながら。
オーバートレーニング症候群と診断された昴は、この三ヶ月を完全休養していた。
寮から出て神戸のOBである市井の家に居候したり、実家に戻って何年ぶりかの母子水入らずをしてみたり。
サッカーから切り離されて、とにかく暇で退屈で焦燥に満ちた時間を過ごしていた。
ようやく別メニューでの練習も許されて数週間。
いったいいつピッチに戻れる日がくるのか。
体の痛みはないのに、じりじりと背筋を焦がされるような胸の痛みにずっと耐えてきた。
グランドで生き生きと走り回り、ミニゲームをこなし、週末には試合に出場する同僚達が羨ましくてたまらなかった。
薫の言葉がリフレインする。
試合に出られる。
思う存分サッカーができる。
「つっても、フル出場はさせないからな。様子を見ながら慣らしていく。復帰が決まったからっていきなりとばしてたら、またばてるぞ。って聞けよ、オイ」
薫の忠告も、ボールにじゃれる犬のような状態の昴の耳には入らないらしい。
「スバルさーん。それ完全オフサイ」
「え〜? 仕方ないなぁ。神尾、早くゴールキックしろよ」
「スバルさん、下がりすぎ。ディフェンダーの仕事とらないでくださいよ」
「いいじゃんよ。早く早く!」
ボールが転がるのを待つ間にもポンポンと飛び跳ねて、オフサイドを連発し、明らかに間に合わないインターセプトに走る。
幸せオーラが飛び散っている。
人の気持ちを引っ張るのが上手い昴が見せる満面の笑みと生き生きとした躍動感に、チームメイトの顔にも笑顔が浮かんだ。
「楽しそうだな」
「すっげ、楽しい!」
ふわりと放り込まれたクロスボール。
ゴールへ向けて、昴が跳ぶ。
『ゴォオオオオオオル!!!!!!!』
『片岡スバルの復帰後初ゴールで神戸RC先制! 復帰第一弾は本来の片岡らしい、豪快で高さのあるヘディングシュートでした!』
『完全復帰ですね』
『ゴール裏の神戸サポーターに向かって拳を突き出しました。サポーターも、片岡の復帰を祝福しています。あぁ、片岡は泣いていますね。ユニホームの裾で目元を拭いました』
『怪我はないのにサッカーができないという葛藤が、オーバートレーニング症候群には付きまといますからね。サッカーができることが本当に嬉しいんでしょうね』
少年のような笑顔を見せて、スバルは喜びを体いっぱいで表現する。
周りの胸が締め付けられるほどの、狂おしい笑顔。
ベンチで薫は腕組し、隣の内田に耳打ちした。
「ありゃあ、駄目だ」
「え? 問題ありか?」
「ありありだろ。重症だよ、スバルは」
「重症っ?」
「まぁ、俺もお前もこのスタジアムにいたりテレビの前にいたりする奴全員、重症なんだけどさ」
「……あぁ」
合点がいった内田も、口元を綻ばせる。
「治りようがないでしょ。サッカー馬鹿っつーのは」
「治そうとも思わないけどな」
サッカーになら、一生涯病まれてやる。
2003/12/2
爽やかに。
片岡スバルは実はこのシリーズの主人公として出発していたという話(笑)BSシリーズの原点的なお話にしたかったのです。