サッカーシリーズで30のお題
18:砂糖菓子


「うわ、お前、バナナ捨てんな!」
「昴さんだってさっき亀ぶつけてきたじゃないっすか! しかも赤いの!」
「うるせぇ、これは勝負なんだ。使えるもんは使うんだ」
「じゃあバナナの皮だって使っていいでしょ。つーか、避けりゃいいじゃん」
「昴さん、バナナの皮なんて踏んでんの? だっせぇ」
「くらえ雷〜!」
「えげつねぇ!」
 ぎゃいぎゃいと騒がしい食堂のテレビには、一昔前のゲーム機が繋げられている。
 昴がどこからか持ち出してきた古いゲームをみんなで懐かしんでいるうちに、夢中になってしまっている。
 四人対戦のカートゲームは白熱。
 あまりにも下手で相手にされなかった高山は早々に蚊帳の外。
 暇を持て余しながら映画雑誌を捲っていた。
 他の同僚達も賑やかな声をBGMに食堂で時間を過ごしている。
 平和だ、と馬鹿笑いの響く食堂の風景を眺めて思う。

「江口くーん、荷物が届いてるよー」
 朗らかな馬越寮監の声も平和だ。
「はーい。タカ、受け取ってきて」
 画面から目を離さずデッドヒートを繰り広げる英介のお願いを素直に受けて、高山は馬越から荷物を受け取った。
 小さな荷物の依頼人は江口友里とある。
「友里ちゃんから」
「友里―? なんだろ、開けてみて」
 言われるままに可愛らしい紙袋を開くと、手の平に収まる小さな容器が入っていた。
 透明の容器の中にはピンク色の物体が。
 同封されていたカードには、そろそろ寒くなって口唇が荒れるからちゃんとケアしなさいとのお達しが書かれていた。
 蓋をしているのに容器からは甘ったるい匂いが漂ってくる。
 自然志向のブランドの定番商品らしく、そう言えばこれと同じようなものを高校時代に女子達が持ち歩いていたっけかと記憶を辿りながら、すべすべした英介の肌を眺めた。
 夏の間にほどよく焼けた木目細かい肌を維持しているのは、どうやら実家の妹の遠隔操作によるものらしい。
 スキンケアなんてやってられっかと言う英介に、これだけはと押し付けた保湿クリームの威力は絶大のようだ。
 世の女性がその商品名を知ったなら、発売メーカーには絶大な経済効果がもたらされるだろう。
 贈り物の蓋を開けると、ピンク色のクリームが甘い甘い香りを放ってきた。
 蓋にはリップバームと書いてあった。
 それなら使い道はわかる。
 莓の飴のような匂いのそれを軽く指先に掬って、
「なんだった?」
 振り向きもしない英介の背後から手を伸ばし、口唇に触れた。
 リップバームは英介の口唇の上でとろりと溶けるようにして伸びて、確かに少しかさついているそこを潤した。
「ぅあ」
 しっかりと胸の中に収めた英介の体が、びくりと跳ねて奇声を発する。
 ついでに持っていたコントローラーも落としてしまい、英介の操っていたカートはたちまちにコースアウトしていった。
「リップバームだって。すげぇ匂い」
 人肌に温められたせいか、英介の口唇にのったそれはより甘い匂いを放つように感じる。
 馴染ませるように何度か口唇の上で指を往復させると、英介の背が震えた。

「なになに? お菓子かなんか?」
 堂々の一位でレースを終えた昴がようやく首を巡らせた。
 くんくんと鳴らしていた鼻が、匂いの元を嗅ぎつける。
「リップクリームですよ。食いもんじゃない」
「でもすげぇ美味そうな匂い。英介、つけてんの?」
 英介は返事もできないでいる。
 背後から見える耳朶や項が赤くなっている。
「じゃ、俺、英介の口唇でいいや」
 あーんと近付く昴の顔の前に、すいっと伸ばされた高山の手。
 折り曲げた指が親指に弾かれて、カッツンと骨が鳴った。
「づぁっ!!」
 さっき英介が上げた声よりもずっと奇妙な悲鳴を上げた昴は、額を抑えてゴロゴロと転がっていく。
「タカさんのデコピン、最強に痛いんだよな」
「容赦ねぇ〜」
「さすが指先のデストロイヤー。サッカー選手なのにどうやって指なんて鍛えてるんだろう」
「おい、タカ! うちの昴がこれ以上馬鹿になったらどうするんだよ。責任とれるのか」
「すみません。責任、とりたくもないです」
「俺もだ」
「まぁ、今のは昴が悪い」
 悶絶する昴を眺めながら、誰も大丈夫かと声をかけないのは彼の生まれもった役回りのせいだ。

 そんな騒ぎの最中も、英介は高山の腕の中で身を硬くしている。
 口唇に置いたままの指先に震えた息がかかる。
「はなせよ」
 自分にしか聞こえないほどの小さな懇願を乗せた口唇の間に指先を入れた。
 ほんの僅か、口内への入口に触れるか触れないかの場所。
 リップバームを塗りこめるように撫でると、指先に歯をたてられた。
 いつもならすんなり止めるけれど、今日はもうちょっと弄ってやりたい気分だ。
 顎を掴んで上を迎えて、艶々した口唇を舐めた。
「甘いな、コレ。食ったり舐めたりするなよ。余計に荒れるから」
 真ん丸く目を見開いたままでいる英介の口唇に、自分が拭ってしまった分のリップバームを再び馴染ませる。
 男にしてはぽってりした感じの口唇は、英介を幼く見せる。
「そりゃお前に言いたいセリフだ」
「お前、口唇フェチなの? そういやお袋さんも口元セクシーだもんな」
「そういう方向に話を持っていかないでください。萎えるから」
「萎えるの逆方向に、白昼の食堂でもっていかれても困るんだけどな」
「高山が母親の話で萎えるってのも、気持ち悪い話だ」
「つーか、英介、マジ泣きそうな顔してるんだけど。誰か助けてやれ」
 真っ赤になって外界をシャットアウトするように高山に胸に額を押し付けて、英介は死んだフリをしたように動かない。
 自分の体を拘束する腕を掴んだ指先が震えている。
「放っとかれて淋しいなら淋しいと口で言え。下ネタばっかり饒舌になってんじゃねぇぞ」
「悪戯心が疼いただけです」
「お前の悪戯心はエロスに満ちている」
「おい、英介が悶死する。エロい悪戯なら衆人環境は避けろ」
「えっちゃん抜けるんなら、俺、ゲーム参戦してもいいっすかー?」
「お、腕に自信ありか?」
「最下位のヤツは、明日の練習で薫さんに悪戯決行な」
「それ罰ゲームの粋を超えてます。刑罰のレベルっすよ」
 余計なことは口にするくせに、立ち去りやすい空気は自然とつくってくれる。

 「お前、最悪」
 部屋に戻るなり英介は高山を突き放すなり、足を引いた。
 反撃は予測の内で、高山は素早く英介の間合いに深く入り込み蹴りを無効にする。
 ちくしょうと毒づきながら暴れ、抵抗を試みる。
「人前で、あんな……」
「塗ってやっただけだろ」
「……罪悪感なさすぎ!」
 知ってるくせにと、英介は恨みがましく睨みつける。
 キスにはそれなりだがまぁ普通の反応を示すくせに、そこに指先で触れると英介は過剰反応になる。
 独特の性感帯だと、発見した高山は妙に嬉しそうにしていた。
 知ってるくせに、人前で。
 大好きな無骨な指先で、甘い匂いつきのリップバームを塗りたくられる。
 どうなってしまうかわかってるくせに。
「あほたれ」
「ごめん」
「構って欲しいならちゃんと言え」
「ごめん」
 今度は嬉しそうな謝罪を口にしながら、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。
 親指で口唇を辿られて、やはり背中が震えてしまう。
「……キス、も」
「ん」
 ちゅと音をたてたキスの次は甘く彩られたそこを貪られる。
 腫れてしまいそう、と心配しなければならないようなキスになったのは、英介の口唇が甘いせいか、香りの移った高山の舌が甘いせいか。
 食堂から聞こえる馬鹿笑いが気になったが、すぐにそれも意識から消えていく。
 あとはもう、目の前に掴んだ砂糖菓子を貪り尽くすだけだ。 


2005/2/11
性感帯の話(笑)冒頭のゲームは古きよき時代のマリ○カートです(笑)

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