モノカキさんに30のお題
19:予定外の出来事


 シュルっと、布が擦れる音がした。
 英介が体を反らせ、しなやかな腕がシーツの波を掻くように動いた。
 反った喉に浮き出る喉仏を撫でるようにすると、詰めていた息を吐き出す。
 普通の吐息と違い、色気の滲んだそれに本人がしまったと言うような顔をする。
 体に熱が溜まっていく。
 引き返せなくなるギリギリのラインにいることを自覚する。

 夕食後、いつものように部屋で寛いでいた。
 今日の練習はハードだったとか、明日のオフは何をしようだとかいつもの会話をして、テレビを点けた。
 短いコマーシャルだった。
 何組ものカップルが可愛らしい女性ボーカルの歌をBGMに、キスを交わしている。
 頬や額や口唇へのキスの後、はにかみ笑いを浮かべるのは様々な年代のカップルで、パステルカラーのよく似合うCMだった。
 次のCMに切り替わった瞬間、英介の視界に突然高山のアップが迫り、口唇が重ねられる感触があった。
 触れるだけで離れたキスを仕掛けた高山が、じっと英介の反応をうかがっている。
 驚いた顔が見る見るうちに赤面し、やがて不機嫌な表情になっていく。
「……んだよ」
はにかみ笑いはないが、上目遣いで睨むような目線は可愛いと思う。
「ちょっと、触発された」
「単純な奴」
 乱暴な言い方をしてはいるが、これでもキスをするタイミングが数秒違えばとっておきのはにかみ笑いを見せてくれるはずだ。
 気紛れだが、そんなところにもすっかり慣れた。
 もう一度顔を寄せ、今度は頬に口唇を当てた。
 避けるでもなく文句を言うでもなく、英介は黙って受け入れている。
 自分だって触発されてるじゃないかと思ったが、口にはしない。
 一生懸命作っているのだろう難しい顔も、きっともうすぐ陥落する。
 髪の毛を食み、皇かな頬から目元へ口唇を移動させる。
 そっと目蓋を下ろした英介の両方の目元を滑らせ、少し離れた。

 英介の中にはプライドという大きくて頑丈な壁があって、それを形成するものの中には男気とか男らしさとか、そういう女性からしてみれば古臭いと言われそうなものもあって。
 その壁を打ち破って、英介の深層に辿り着くことは不可能なこと。
 だけどその壁には、ドアが付いているのだ。
 高山がそっとノックをしてみると、それはおずおずと開いて内側へと高山を招き入れる。
 時にそれは鍵がされていなくて、ノックが不要な場合もある。
 絶対に開かないこともよくあるけれど。

 首筋を舐めると、高山の体を押し返そうと突っ張っていた腕の力が抜けバランスを崩す。
 ベッドに倒れた体を片腕だけ跨いで覆いかぶさると、英介は警戒心丸出しで高山の顔を見上げた。
「ちょっとだけ我慢して、触らせて」
 高山のお願いに英介は弱い。
 ようやくキスに慣れてきた英介にすれば、このお願いを聞き入れるのだってかなりの勇気が必要だろうけど、英介は無言を肯定として目を閉じた。
 唇より下に施されるキスに敏感に体を震わせて、苦行を耐えるようだった表情が徐々に変化し始める。
 頬が上気し噛み締めていた口唇が薄く開く。
 腕がシーツをかき乱し、逃げるためではなく生じた気持ちよさをどうにかしたくて体を捩った。
 英介に色気なんて求めても無駄なだけだと思っていたのに、なんだか今の英介は色っぽい。
 ヤバイかも。
 もうすぐ、引き返せなくなる。
 英介がここで一声でも上げれば、いや、吐息一つ聞くだけで止まれなくなる。
 高山は自分の理性の限界を感じ、目を眇めた。
 英介がそろりと目を開く。
 目尻に涙をたっぷり溜めた瞳に、ぐらりと脳天が揺れた。
「……っ」
 揺れたのは脳みそだけじゃなかった。
 認識するのに数秒を要するほどの、強烈な腹部への衝撃。
 鳩尾に、英介の膝頭がめり込んでいる。
 びりびりと手足が痺れるような痛みに声もなく固まっていると、体の下から英介が這い出ていった。
 英介がいなくなったベッドに、高山は沈み込んだ。
 呻き声すら出てこない。
「ざっけんなよ! ハットトリックと年間優勝達成したらって約束だったじゃねぇか! 約束も守れねぇ男と寝るのなんか、絶対に嫌だからな!」
 枕を抱えてガードを固め、英介は怒鳴った。
 予定外の出来事の中の、想定内のハプニングだ。
 言い訳になってしまうが、最後まで手を出すつもりじゃなかった。
 前置き通りに触るだけのつもりだったが、だんだんと歯止めが利かなくなっていた。
 過剰気味ではあるが、英介の制止がなかったらやばかった。
 約束を破る気なんてこれっぽっちもないが、好きな人に触れたいというのは自然な気持ちの動きであって、そこは理解してもらいたい。
 ベッドに沈んだまま、高山は顔だけをのそりと上げて英介を見上げた。
 耳まで真っ赤に染めて、英介は高山を潤んだ目で睨みつけていた。
 その睨みに力がないのは、羞恥のせいかそれともやりすぎたと思っているせいか。
「ぜってぇ、優勝してやるし、ぜってぇハットトリック決めるからな。お前、覚悟しとけよ」
 縮こまった素足の右足を鷲掴みにし、踝に軽く歯を立ててやった。
「……っ!!!」
 思わぬ行動に英介は目を見開いて、足を跳ね上げる。
 それがちょうど高山の顎にヒットして、再び高山はベッドに沈み込んだ。
 最初から予定外で規格外の恋だ。
 もう好きにしてくれと、痛みに耐えながら高山は思うのだった。


2005/9/4
微エロを目指しました。まだプラトニックな頃の二人。

NOVEL TOP   BACK