サッカーシリーズで30のお題
20:モノクロ


 ふらりと出て行った高山は、またふらりと帰ってきた。
 手には寮から車で十分のところにある、レンタルビデオ店のレンタル袋をもって。
 上機嫌で。
「……またビデオ借りてきてるし」
 いそいそと自室に向かう高山の姿を目撃した英介が、風呂上りの髪の毛を拭いながら不満そうに口唇を尖らせた。
「なんでお前は不機嫌なんだ?」
 入浴時間が重なった寺井が不可解だと首を捻る。
「別に」
 どうせ相手にしてもらえないことがつまらないのだろう。
 別に何をするでもなくお互い別々のことをして過ごす時間でも、呼べば物憂げな返事をしてもらえるだけで英介は嬉しいのだ。
 それが、ビデオを借りてくると高山の意識は映画の中に入り込んでしまう。
「なら一緒にいなきゃいいのに」
「俺、何も言ってないっすよ」
「そうだねぇ」
 それでも一緒にいたいという心情が健気で可愛らしいじゃないか。
 ピッチの上ではあまり可愛げがない分。
 ピッチの上で可愛くても困るのだが。
 そして英介は、相手をしてくれないことがわかっていながら高山の部屋のドアをノックする。 

 メジャーな映画なら一緒に見ようと思うのに、高山のはまっているのはB級映画。
 何が面白いのか、英介にはさっぱりわからない。
 退屈してしまう英介をよそに、高山はテレビ画面に熱中している。
 高山の部屋のソファー代わりのベッドはテレビを見るのに一番見やすい場所なのにそこを陣取るのは英介で、部屋の主の高山はベッドを背凭れに床に座っている。
 部屋に英介を受け入れはするけれど相手はできないという意思表示のようで、映画以上にその態度が面白くないのだけど、真剣に画面を見入る横顔は嫌いじゃない。
 映画館気分を小さな小さなテレビデオで味わうつもりなのか、映画を見る時はいつも電気を消しているから、ブラウン管の灯りだけが高山の姿を浮かび上がらせる。
 モノクロの映画は落ち着いたトーンの光だけを発している。
 これがリアルタイムのテレビ番組での映画だとか、テレビを録画したものだとまだいい。
 コマーシャルの僅かな時間は暇潰しとはいえ、高山はこちらを向いてくれるから。
 だけどレンタルビデオにコマーシャルが入るわけがなく。
 再生ボタンを押して四十五分。
 ちらりともこちらを振り返らない。
 これがサッカーなら。
 お互いピッチに立ったとして、四十五分間。
 一度も目が合わないなんてことはない。
「……あほ」
 口唇が開くか開かないかの小さすぎる動きで呟いた言葉も、映画の音に掻き消された。
 ゴロリと寝返りを打って高山とテレビに背を向けて、布団の中に入り込む。
 寮スタッフの馬越が干してくれていた布団は、ふかふかでいい匂いがする。
 テレビからは、物憂げな音楽と女優の啜り泣きが聞える。
 モノクロの美女の啜り泣きは聞えても、すぐ近くにいる恋人の心の声は聞えないわけか。
 唯一の可愛げのある趣味にほんの少し淋しさを抱きながら、布団を引き上げ枕を抱き寄せ眠る体勢に入る。
 まだ九時もまわっていないのに、睡魔はすぐにおとずれた。 

 金縛りにあったような感覚に襲われて目が覚めた。
 もう朝かと思ったが、そういう空気ではない。
 時計を確かめようと体を動かそうとした。
 そこで体が自由にならないことに気が付く。
 自分を覆っているのが、柔らかくていい匂いのする布団ではなくなっていた。
 でかくて重くて硬い、高山の体だった。
「……もー、なんだよー」
 がっちり抱き締められて身動きもとれないほど。
 呼吸も危ういほど。
 部屋の中は真っ暗で、テレビも消されていた。
 薄手のカーテンが透かすのは、少し離れたところにある街灯の、僅かに届く灯り。
「うー、重いぃ」
 上にどっかり乗っている大男は、眠っているのか寝惚けているのか起きているのかふざけているのか。
 いつの間にこうなったのか、英介にはわからない。
 とにかくどかせようと体の下でもがくと、うつ伏せと仰向けの窮屈な状態で体に巻きついていた腕に力が入った。
「ちょぉ、マジで重いんだけど……」
 起きているなら早くどけろと、寝起きも手伝っての不機嫌な声で言うと、返事はなかったがもぞりと圧し掛かっていた体重を脇にどけた。
 どけたが無言のまま、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。
「寝惚けてんのかよ、おい」
「うん」
「嘘つけ。もう、どうしたんだよ」
 体を離してその表情を確かめたいのに、後頭部をがっしり掴んだ手に阻まれて肩に押し付けられる。
「べつに」
 足掻くのをやめて力を抜いて、大人しく抱き枕に甘んじる。
 一人で布団に潜った時よりも、ベッドは二人分の体温で温かくなっている。
「何時?」
「一時」
「ふぅん。な、ちょっとだけ苦しいんだけど」
 言うと、腕の力が少しだけ弱まった。
「……タカ?」
「映画が……」
「映画?」
「ラストが、すげぇ悲しい映画だったんだ」
「それで凹んでんの?」
「そう」
 喋るたび、振動が伝わる。
 さっきまで嫉妬していた映画に、今はちょっと感謝。
 押し付けられた肩口に、英介は頬を摺り寄せた。
「かわいいなぁ」
 反論も返事もなかった。
 B級だろうが何級だろうが映画は、見る人になんらかの感情を生じさせる。
 笑える内容のものを見れば、高山は本当におもしろがってるかと問いたくなるような、小さな笑みを浮かべる。
 感動できるものなら、その内容を彼にしては饒舌になって伝える。
 容易に想像できるオチや、ツッコミどころ満載のセットやストーリーといったB級がB級たる所以に触れれば、他の連中に理解してもらえないことがわかっているのか、黙っているが満足そうな気配は発する。
 それから、泣けるような内容のものは。
 そこは素直に感動したりして、泣いたりなんかしない。
 どっか曖昧な笑みを浮かべて、困ったように触れてくる。
「主人公が、俺と似てた」
「ちらっと見たけど、アッチの方が十倍男前だったんだけど?」
「顔じゃねぇよ。中身だよ」
「どんなの?」
「無口で、無愛想で、劣等感の塊」
 だから、妙に共感してしまったと高山は言った。
「かっわいーなぁー、お前」
 さっきまでの不機嫌さはどこへやら。
 英介はよしよしと、手探りで高山の髪の毛を掻き乱す。
 ひょっとしたら、泣いているのかもしれない。
 顔を合わせてくれないのは、そのせいかもしれない。
 よいしょと、自分を拘束する腕を上手く外して高山を仰向けに転がして、さっきとは立場を形成させた馬乗りになった。
 大人しくされるがままだった高山の表情は、泣いてはいなかったが心細そうな子どものような顔だった。
 ペタペタと頬を撫でて身をかがめると、一瞬だけ口唇を触れ合わせた。
「こういうのも、たまにはいーね」
「何が」
「わかんないままでいてくれたらいいよ」
 何か言おうとするところにまた、キス。
「わけわかんない映画に夢中になって、俺のこと放っといて、勝手に悲しくなってしょぼくれてるタカが好きだよ」
 高山に手を引かれる。
 キスは、触れるだけでは終わらなかった。
 口唇を開く。
 舌を絡める。
 映画のキスに憧れた時があった。
 有名なラブストーリー。
 それはモノクロじゃなくてカラーで、全米が泣いた!ってコピーがあった。
 雰囲気たっぷりのキスもいいけど、やっぱり気持ちたっぷりのキスが気持ちいい。
「あんまり……」
「ん」
「嬉しくない告白」
「贅沢言うな」
 口付けの合間のやり取りにはムードの欠片もないけど。
 それで、充分。
 今、世界は夜に抱かれてモノクロに見えている。
 キスを一つ。
 だけど、お互いの胸の内はカラフルに彩られている。
 キスをもう一つ。
 モノクロ映画なんかよりも、ずっと君に夢中。


2004/5/21
実はヘタレ攻めが好きです。

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