サッカーシリーズで30のお題
22:ふたり


「……あ、いいなぁ」

「何が?」
 呟きは勿論、すぐ隣に座っているタカにも聞えている。
 自分を見下ろしてくるタカは不思議そうにしている。
 二人の体は正面にあるテレビの方を向いて、ベッドの上。
 寮の部屋は狭く、ベッドは造りつけだから動かせず、自然とどの部屋もベッドの正面にテレビが置かれている。
 タカの部屋も例に漏れず、この配置。
 テレビを見るのに絶好の位置は、やはりこのベッドの上だ。
「ソファ、いいなぁって」
 テレビを指すと、タカの視線もテレビ画面の中にいく。
 見ていた番組は九時のドラマで、俺が指したのは主人公達が座っているソファだった。
 喧嘩を始めた女優と俳優が座っているのは、スタンダードな形の二人掛けソファ。
 深い青色で、二人掛けにしてはゆったりしている。
 二人が腰掛けた時に、肩の距離が近くいような遠いような、そんなサイズ。
「俺、昔から夢だったんだ。彼女ができたらソファの置ける部屋を見つけて、あぁいう形のラブソファでいちゃいちゃするの」
「随分可愛い憧れだな」
「意外なエピソードだろ」
 こっくりとタカは頷いた。
 なんとなく、小さい頃から思っていたことだった。
 ドラマか何かの影響かもしれない。
「でも寮じゃ置けないな。そんで、彼女じゃなくて悪いな」
「そうだよなぁ。ソファじゃなくてベッドだし、彼女じゃなくて彼氏だし」
「まったくだ」
 身長差のせいで、タカの声は頭の上から降ってくる。
 可愛くないことを言っているはずなのに、タカは楽しそうにしている。
 ソファにしては広すぎて、背凭れは硬くて冷たい壁だけど、今のところ俺にとってのソファはこの造りつけのベッドだ。

 いつかと言う、曖昧で破ろうと思えば簡単に破ることのできる約束がある。
 いつか、きちんとした自己管理ができるようになったら、一緒に暮らそう。
 そう言ってタカがくれた指輪は今も俺の左手にある。
 自己管理なんて、本当はやろうと思えば今すぐにでもできる。
 だけど、その約束が叶ってしまわないのは別の理由があるからだって、俺もタカもわかってる。
 いつどんなチームに移籍するかわからないから。
 今はこの神戸で一緒にいられているけれど、それは選手人生の最後まで続くわけじゃない。
 実力を認められた時か、正反対に実力の衰えが見えた時、このチームを、街を去る時がくる。
 そのタイミングはきっとバラバラで、どちらかが残される。
 そうなった時に、一人で部屋に残されるのは耐えられないから今も寮から出ることができないでいる。

「……いつか」
「ん?」
「いつかさ、こう言うソファ、買いに行こう?」
 タカは一瞬だけ驚いて、それから笑いながらそうだなと言ってくれる。
「ついでにベッドはダブルかそれ以上の希望」
「喧嘩した時はタカがソファで寝るんだな」
「憧れのラブソファだろ。お前がソファだ。だいたい、俺がラブソファに転がれると思うのかよ」
 とん、と肘で突付き合っていたら俺の体勢が横に崩れた。
 ぴったりくっついていた半身が離れるのを嫌がるように、タカが俺を追う。
 縺れてベッドに横になってしまう。
「俺はこのベッドソファも気に入ってるんだけどな」
「雰囲気作るの簡単だもんな。最初からベッドの上なんて、手抜きしすぎじゃねぇの?」
「じゃあ、今度は食堂辺りで雰囲気作ってベッドまでエスコートすりゃいいのか?」
「うそ、全然手抜きじゃありません」
 簡単に作られた雰囲気に流されようとしている俺も俺なんだけど、嬉しそうな顔をして抱き寄せたりキスしてくるタカの愛撫は気持ちがいいから仕方ない。
「……ラブソファじゃなくて、三人掛けのじゃ駄目?」
「?」
 額にキスをしたタカの問いの意味がわからなくて首を傾げると、タカが微苦笑を浮かべて首筋に顔を埋めてくる。
「リビングから寝室までお前を誘導するのは至難の業だと思って」
「……三人掛けならその場で押し倒せるって思ってんの?」
「別に二人掛けでもいいんだけどな。床に押し倒すから」
 その発言に対しては身を捩ることで抗議しようとしたけれど、体格差を存分に発揮されて胸に引き戻された。
「今度、見にいこうか?」
「え?」
「家具とか。先のことかもしれないけど、こんなのがいいなとか想像するのも楽しいだろ?」
 頭の天辺に顎を乗せて口を動かしているから、その振動がカクカク伝わって面白い。
 面白いけど、それよりもタカの提案が珍しくて嬉しくて、俺は笑ってしまった。
 堅実を絵に描いたようなタカだから、『想像するのが楽しい』なんて言葉をその口から聞いたことがない。
「うん」

 二人暮らしのスタートが、サッカー人生の何を意味するのかを考えるとちょっとモヤモヤした感じはするけれど、ラブソファやダブルサイズのベッドを二人で買い揃える日も、きっと俺は幸せなんだろうな、なんて予感する。
 引退のことなんかチラリとも考えなかった俺が、タカと付き合うようになってからはぼんやりとしたビジョンを描くようになった。
 それはきっと、幸せなことなんだろう。


2003/9/16
いちゃいちゃ話。ちょっと肌寒くなってきたので良いかなと。
一人暮らしに憧れてたときには、家具とか考えるのが凄く楽しみでした。でも現実にはなかなか思いとおりにはいかないんですが……。
この二人が二人暮らしプランを実行に移すこととか想像すると、楽しいのです。

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