サッカーシリーズで30のお題
25:棘


 提案があるんだけど、みんな聞いてくれるかな。
 そう、いつになく真剣な声で言ったのは真吾だった。
 監督もスタッフも驚いた顔をしているから、これからされる話は皆がはじめて聞くことなんだろう。
「個人的な意見だから、もしも気が乗らないという人がいれば遠慮なく言ってくれればいい」
 前置きして、真吾は続けた。


サッカーの歴史には、棘が刺さっている。


 代理戦争と言われたことが、長いサッカー史に未だ深く突き刺さっている一つの棘だと。
 失われた命。
 奪われた大会。
 利用されたゲーム。
 そして時には、サッカーそのものが取り上げられた国も、時代もある。

 国を代表するナショナルゲームでは、特に国が抱える因果を選手が背負うことがある。
 悪いことだけではないけど。
 長い弾圧の歴史を抱えた国のサッカーが台頭していく。
 復興の象徴となる選手は、見る者に希望を与えるだろう。
 スポーツの借りをスポーツで返す。
 それもまた心を打つことがあるだろう。


 だけど。

 だけど、ピースフルとバイオレンスの両極の性質を併せ持つサッカーは、とかく悲しい歴史に飲まれやすい。

 だからこそ。

 だからこそ、試合終了のホイッスルが鳴り響いた時。
 勝者、敗者という関係は生じるけれど、両イレブンが手を取り合う姿は素晴らしい。

 サッカーは戦争じゃない。

 スポーツだ。

 スポーツは戦争じゃない。

 文化だ。

 一つの国だけが育む文化ではなく、一つの世界が育む文化だ。 

 その中に、自分たちは身を置いている。
 人々は自分たちに注目してくれている。
 自分たちは歌手や俳優じゃないから、声として伝えることは難しい。
 自分たちの最大の表現は、プレーだ。
 だから、自分たちの知名度とサッカーをエンターテイメントとするのに不可欠なマスメディアを最大限に利用して、伝えたい。


 今、また戦争が始まった。
 自分たちにそれを止める力があるかどうかはわからない。
 でも、例え小さな声でも上げないと可能性は生じない。
 最後まで、ボールを追いかけないとゴールを上げられないのと同じことだ。
 今回の戦争もまた、幾つかのスポーツに影を落した。
 遠征は中止になった。
 大会は延期になった。
 無関係じゃないんだ。
 この戦争は、俺達に無関係なわけじゃない。

 戦争なんてごめんだよ。
 戦争なんてやめちまえ。
 そう、伝えたい。

 だから。



 コストなら負担しますよ、と真吾はにこやかに言った。
 願いが叶って実に嬉しそうな顔をしていた。
「真吾って、昔っからそうだよな」
「そうって?」
「物欲がない。拘りはあるけど、アレが欲しいコレが欲しいってあんまり思わない」
「そうでもない」
「そうだって。形があるものよりも、無いものを欲しがってるんだ」
「よく見てるな」
「付き合い長いもので」
 受け取ったユニホームにすぐに袖は通さず、真吾は暫らくそれを眺めている。
 いつもと同じ、神戸の白いユニホーム。
 ラインは虹色を混ぜたような独特の色。
 いくつかのスポンサー名の中に、それとは違う文字がある。
 いち早く着替えたのは神尾だった。
 ゴールキーパーの黄色いユニホームにも、その文字はある。
「どうっすか?」
 笑いながら左手を腰に当てる。

 ― We want to play soccer on the peaceful earth. ―

 腕のラインに沿うように描かれたそれこそが、真吾の提案だった。
 アンダーシャツに俺一人描くのもいいんだけど、それじゃインパクトに欠けるだろ。
 チームでやるから話題になるんだ。
 自分の認知度と注目度、貢献度を自覚してのお願いだった。
 更に真吾はポケットマネーで同じ文句を描いた横断幕を製作し、サポーターの代表に今の戦争が終わるまで掲げて欲しいと頼んだ。
 そんなもの、一発オーケーに決まっている。
 かくして話題性たっぷりの反戦メッセージは、メディアにも派出に取り上げられた。

 富永真吾はサラリと言う。
「誰を支持するとか、どの国が正しいとかじゃないんですよ。サッカーはとてもデリケートなスポーツなんで、戦争の影響を受けやすい。フェアにサッカーをするために、戦争はあってはならない。と、言うのがサッカー選手としての言い分。個人としては、戦争なんて怖いじゃないですか。だから」

 俺の幼馴染は、相棒は、凄い奴なんだとしみじみ思った。

 サッカーが好き。

 サッカーを支える世界が好き。

 サッカーのある、この世界が好き。

 それをちゃんと分かり易く表せるのが、富永真吾。
 まだ、俺達のユニホームからメッセージはとれない。
 早く、このメッセージが消えますように。
 そう願うから今日もこのメッセージを抱え、堂々と、俺達はピッチに立つ。


 We want to play soccer on the peaceful earth.


2003/7/11
イラク戦争が終わった頃に書きました。
イラクの選手が練習グランドに集まり始めたというニュースを聞いたので。
あと欧州のどっかのチームがアフガニスタン攻撃かイラク戦争の頃に、No Warとユニホにプリントしていたのを思い出して。
メッセージの英語は「私達は平和な地球の上でサッカーがしたい」です。英訳サイトでぽちっとな。最近、めっきり影の薄いスバル一人称です。

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