<2005年感謝企画>

デート番組に出演するタカと英介へのデートプランを募集しました。
皆様から腐女子心をくすぐるたくさんのアイディアをいただき、楽しみながら書かせていただいた話です。
ほんとうにありがとうございました!
プランは全部で5つ。
タカと英介のうれしはずかしのデートをお楽しみください。


Thanks Project 2005
繋ぐためのポジション



MEET

 ハンディカメラ片手に高山は一つ、大きな溜め息をついた。
 それなりのメディア露出も必要だと、尊敬する富永真吾は言うけれど、デート企画番組の出演の必要性は全く感じない。
 広報に言いくるめられて出演が決定してしまった深夜枠のデート番組は、視聴率も上々らしい。
 高山も、昴や英介に付き合って何度か目にしたことがある。
 その日初めて出会う芸能人の男女に番組が用意したデートプランを実践してもらい、出演男性の格好良さだとか女性の魅力を引き出していくような番組だ。
 出会ったばかりの二人が恋人のような親密さを見せる、そのギリギリのムードを味わう番組なのかもしれない。
 それにまさか。
 まさか自分が出演するなんて夢にも思っていなかった。
 一番自分に向かない内容の仕事だが、普段自己表現の少ない高山の素顔を引き出そうという算段らしい。
 勘弁してくれと、高山は晴れ渡った空を仰ぎ見た。
 喋れないし、初対面の女の子に対してどういう態度をとればいいのかわからない。
 だいたい、自分にはパートナーがいる。
 その相棒に対して今日の収録内容を告げることもできず、なんとなく後ろめたい気持ちを引きずりながら高山の足はとぼとぼと待ち合わせ場所へと向かっていた。
 リードは共演者に任せて、自分はとにかく誰に対しても誤解を与えない態度を貫き通そう。
 そう決めて、最後の階段に足をかける。
 待ち合わせは神戸のデートスポット。
 臨場感が伝わるようにと渡されたハンディカムが、待ち合わせ場所にある幾つかのベンチを探した。
「……?」
 その中の一つに、なんとも言えない姿を見つけて高山は眉を寄せた。
 もう一度周囲を確認する。
 周りにはぱっと目を引きそうな女の子の姿はないし、いずれも二人連れだし。
 それらしき人の姿と言えば、高山に背を向けてベンチに座っている後姿しかない。
 太陽光を受けてチョコレート色に染まる髪の毛の後頭部。
 どっかで見たことがある。
 と言うか、今朝、見た。
 今日は自分も収録があるからと、高山よりも早く寮を出た姿だ。
 まさか。
 いや、偶然にしてもちょっと困る。
 言い訳ができない。
 え、でも。
 まさか。
 歩調を緩めて、高山は恐る恐る近づいていく。
 人待ち顔だったらしい。
 人の気配にそれは振り返る。
 高山の顔を見上げるなり、目を見開いて、
「……ふぇ?」
 素っ頓狂な声を上げて固まった。
 一方の高山はと言えば、盛大に顔を顰めて天を仰いだ。
 ウソだろ、とお互いに小さく呟きあう。
 今日の高山浩二のデートの相手は江口英介で、江口英介の今日の仕事は高山浩二とデートをすることだったという、笑えもしないオチに言葉を失う二人の間を、神戸の海風が爽やかに吹き抜けていった。


「信じらんねぇ」
 隣に座った男の顔を見ず、英介は言った。
 今日の取材はホームタウンをブラブラする内容だと聞いていたらしい。
「俺も信じられねぇよ」
 待ち合わせ場所に着くまでに抱えていた英介に対する後ろめたさや、喋れなかったらどうしようと相手を気遣う気持ちも全て無駄だったわけだ。
 高山の声も力ない。
 衝撃の後に訪れた脱力に身を浸していた英介は、改めていつも羨む185センチを見上げた。
「それで気合入れてんの?」
 揶揄したのは、普段あまり着ないはずのジャケットを指してのことだった。
 ジーパンに白いプリントTシャツ。
 その上に、今日は黒いジャケットを羽織っている。
 足元を見れば革靴で、明らかに今日のための装いを英介はからかう。
 そういう英介は、くすんだ青色のタンクトップにハーフパンツ、グレーのパーカーを引っ掛けている。
 足元は穿きつぶしているスニーカーで、おそらくは取材の合間にボールを蹴れることを期待してのチョイスだろう。
「可愛い女の子じゃなくて残念でしたねー」
 チクチクした英介らしくない嫌味には、
「や、逆にすっげ、安心した」
 正直に答えることができる。
 そうすれば英介の仏頂面が、ふんわりと赤らんだ。
 その表情をハンディカムに収めながら、高山は俯いた顔を覗き込む。
「どうする?」
「なにが」
「デート、してみてくれる?」
 本当はこのまま逃げてしまいたいけれど、これも仕事だと自分に言い聞かせて高山は英介の返事を待った。
「ん」
 しばらく逡巡した後、英介はぶっきらぼうに手を差し出してきた。
「ん?」
「この番組のルール。デートする二人は手を繋ぐことって、知らねぇ?」
 悪戯に輝く目に見上げられ、やっぱり逃げておくべきだったと高山は後悔した。
 今日一日、下手な緊張はしないでいいらしい。
 覚悟しなければならないのは、今日一日続くであろう羞恥だった。
 躊躇っていると、悪戯な目が途端に据わって迫力が増す。
 嫌なのかと眉が寄るより早く、高山は差し出された手を握った。
 するとニィっと猫のように目を細めてご満悦といった表情を見せるから、高山もなんだか笑うしかない。
 ベンチから飛び出すように立ち上がった英介が高山の手を引く。
 リードは英介。
 高山は、ピッチ上でもそれを離れても、英介の半歩後ろを行く。



PLAN 1

 いつもなら、半歩後ろだ。
 だが促された先にあったフットサルコートで二人は正面きって対峙した。
 平日の昼間のフットサルスタジオは貸切にする必要もなさそうだが、英介と高山が入ったコート以外に人影はない。
 コートの真ん中に落ちているカードを英介が拾い上げる。
 出演する男女の芸能人に無理難題、羞恥刑を課すデートプランを書いてあるハート型のカードだ。
 英介は二つ折りのそれを開いて、声に出して読み上げた。
『いつもは味方としてプレーしている二人ですが、たまにはいつもと違う角度から相手を見てみると今まで発見できなかった相手の一面を見つけることができるかも……?というわけで、お二人には1対1のフットサルで対戦してもらいます。ゴールを決められた方は相手の好きなトコロを叫んでください。3点マッチでお願いします』
 カードから顔を上げた英介の瞳は、既に好戦的に輝いている。
 自分が負けることなど考えもしないのだろう。
 ただ純粋にサッカーができると楽しんでいる。
 勝負師魂に火をつける視線を受けて、高山はジャケットを脱いだ。
「慣れない革靴で大丈夫? ハンディやろうか?」
 英介も嬉々としながらパーカーを脱ぎ捨てながら、屈伸を始める。
「いらねぇ」
 その正面で高山も体を解しながらじわりと体が熱くなるのを感じる。
 背中合わせになって腕を組み合い、まずは英介が高山を持ち上げた。
 よっと気合を入れた声を上げ、高山を持ち上げる。
「おーもーいー」
 と呻きつつも潰れる心配はない。
 何せ脚力には絶大なる信頼を寄せているし、その健脚っぷりを身をもって思い知らされてもいる。
 簡単なストレッチを済ませて改めて対峙すると、さっきまで自分よりもずっと小さかった英介の存在感に押されそうになる。
 奥歯を噛み、できるだけ頭を空にする。
 試合前の緊張感を思い出し、体を少し震わせた。
 短いホイッスルを合図に、二人の体は跳ねるような反応を見せた。
 英介がボールに向かって足を伸ばし、高山はそれを迎え撃つ形で守りの体勢をとった。
 ボールに届いた英介の足は、つま先でボールを引き寄せるのではなく、トンと押し出し高山の股を抜いた。
 次の瞬間には目の前の体が高山の横をすり抜けようと踏み出す。
 はっとするほどのスピードで英介の体全体が動き出す。
 だが、それも高山の想定内のこと。
 英介のスピードや瞬発力、体のキレは高山が最も信頼している分、一番よく知っている。
 英介の踏み出そうとする方向へ一歩足を出す。
 もうっ、と呑気な声を上げて英介はぴょんっと高山の足を飛び越えた。
「なめんな、ばーか」
 子どものような悪態をつくと、高山が慌てて追いすがる前に英介は小さなゴールにボールを蹴り込んだ。
 あっさりとネットは揺れ、気付けば集まっていたギャラリーが歓声を上げていた。
「よっしゃー!」
 彼らに向かって拳を突き上げ、英介は満面の笑顔を見せる。
 ちくしょうと顔を歪める高山の前に来て、ふふんと不適に笑うのだ。
「ん、言うてみ? あ、どうせだから、サッカー以外のことな?」
 自分がゴールされることなど全く想定していないのだろう。
 調子に乗ってそんな条件まで提示して、ほら言えよと急かす。
 小さい頃はいじめられっこの泣き虫で、しょっちゅう泣かされていたらしいが、こいつにはいじめっ子気質も存分に備わっているようだ。
 無表情のまましばらく考え込んでいた高山は、答えをまとめて顔を上げる。
「体格、かな?」
「……体格、ですか」
 ピンとこないらしい英介は、高山の答えに首を傾げて見せた。
「サッカーしてるとあんまり感じないけど、お前、手とか細いだろ。そのギャップが、……かわいい? かな」
 首を傾げたままの英介は自分の手首を掴んで、今度は逆の方向に首を折る。
「細いかぁ?」
「サッカー選手にしては全体的に華奢な方だろ。ゲーム中なんかは頼もしいけど」
 か弱そうだと思われることが嫌いな英介の性格をよく知っているから、高山はさりげなくフォローの言葉を重ねる。
 本当は、小柄で華奢な体が抱きしめやすいとか、弾丸のように体ごとスピードに乗って前線へと走る姿勢が見惚れるほど綺麗だとか、小動物のようだとか、色々な表現があったのだけど、高山も英介の扱い方がわかってきた。
 かっこいいほど、可愛い。
 ファンは英介をそう表現する。
 高山もまったくの同感だ。
 削ぎ落とされたように必要最低限の筋肉しかついていない、けれど喧嘩慣れはしている腕。
 片手で覆ってしまえる輪郭とか、ディフェンダーを背負いきれずに崩れ落ちてしまう腰周りだとか、そういうものを無邪気に無防備に投げ出してカラリと笑っておいて、スパイクを履けば誰よりも厳しい顔つきをして、前へと前傾姿勢で挑みかかる。
 その変化が可愛いと胸の中で呟く高山の前で、英介はなんだか誉められたらしいとまんざらでもない顔をして、
「マニアックだな」
 と言い返す。
 照れ隠しには悪かったなと返して、ボールを放り投げてやる。
「次」
「おー、次も入れてやらぁ。いっつも涼しい顔しやがって、たまにはお前が恥ずかしい思いをするべきだ!」
「何の話だよ」
 一点入れてのってきたらしい。
 目がギラギラしてきた。
 冷静なつもりの高山の体も、共鳴するように体温を上げる。

 ピ、と短い笛。
 弾かれたように動き出す二人の間のボールは、今度は高山の足元に吸い付いた。
 小さな体が高山の懐に潜り込もうとするのを、太い腕を伸ばして制し、高山はゴールに顔を向ける。
 どっと蹴りだしたボールに向かい、英介はまるでフリスビードッグの如く駆け出すが、狭いフットサルコートでシュート性のボールに追いつくわけもなく、ゴールネットはあっさりと揺らされた。
 振り向いた英介の表情の、剣呑なことと言ったらない。
 仮にもデート番組で、この顔はいかがなものか。
 広々としたサッカースタジアムでこそ、英介のスピードは生きるのだ。
 この狭いコートの中では、高山の体格の方が生きてくる。
 忌々しげな顔をした英介に向かって、高山はちょいちょいと人差し指を曲げてみせる。
 罰ゲームの促しに、唸るような声を上げる。
 俯いたまま考え込んでたっぷり数分。
 いじいじとタンクトップの裾を弄りながら、英介は口を開く。
「……ぇ」
「……? なに?」
「だからっ、こえ、って言うか、笑ってる時の、声がっ……、す、き、かも、しんないって言ったんだよ! ばーか! へたれ!」
 耳どころか、指先まで真っ赤に染めて、可哀想なくらい恥ずかしそうに目を潤ませながらも、英介の照れ隠しは凄まじい。
 色々と要らない言葉ももらったが、嬉しいところだけを脳内で再生させて高山は相好を崩す。
「マニアックだな」
 さっき言われたままを返してやる。
「勿体ぶるからだろ」
 声を上げて笑うことの少ない高山が時折零す笑い声は、喉の奥を振るわせるような低い吐息のような。
 ソレを聞くと、英介は嬉しくなる。
 不思議な楽器の音のような、笑い声と言うよりは音色に近いソレは、自分が高山の傍にいてこそ奏でられるのだと思うと、英介は甘い痛みを覚えるのだ。

「さぁ、ラスト一本」
 気持ち悪いくらいに上機嫌になった高山は、片手で掴んだボールを中央にセットする。
 きゃあきゃあとコートの外から上がる声は、高山の笑顔に呼応して大きくなる。
「俺はもうネタ切れですけど」
「まぁそう言わず」
「うっわ、今の言い方、ちょームカツク。勝てると思ってるだろ。なに、その自信。普段はいっぱいいっぱいのくせして」
 まだ頬を赤くしたままで、英介は高山を詰り倒す。
 それも照れ隠しだとわかっているから、高山はスニーカーの靴紐を結びなおしている英介の頭に手を置いて、くしゃくしゃと髪の毛をかき乱してやった。
 ぎゅっと千切れそうなくらい強く紐を結んで立ち上がった英介は、絶対にとってやると豪語して顔を上げる。
 好きなところなんて、たくさんありすぎて、どこがなんてわかんなくて、言葉にもならなくて、伝えたいけど表現できなくて。
 想いばかりが募って、言葉に変えて放出することもできない。
 つい本気でボールを奪いにいってしまうのも、いつもよりも必死でガードしてしまうのも、ある種の愛情表現。
 伝わると信じて、本気でかかる。
 ゴールネットは揺れ、最後の告白を促される。
 伝えたのは、とてもとても不器用な、そしてありふれた言葉だった。
 その存在の全てを、愛しいと思うのです。
 自棄気味の叫びは狭いコートに響き渡った。



PLAN 2

 大きく開いた口が、がぷりとサンドイッチに食いついた。
 パリパリとレタスが千切れる音がして、くっきり綺麗な歯型を残して大きな一口分が食いちぎられる。
 むしゃむしゃと口いっぱいに頬張ったサンドイッチをのんびり租借する。
 その体のどこに収まると思う程度にはよく食べる英介だが、大食漢というほどではない。
 よく噛んでゆっくり食べる。
「美味い?」
「ん」
 頬張ったサンドイッチを平らげた英介は、指先についたソースを舐めて、
「美味しい」
 改めて感想を口にした。
 フットサルコート近くの公園の芝生にピクニックシートを広げたランチタイムに、まさか高山の手作り弁当が出てくるとは思わなかった英介は驚いた。
「昨日から厨房でゴソゴソしてんなぁと思ったら、このためか」
「おう」
「残念だったねー。食べてくれるのが可愛い女の子じゃなくって」
「別に。お前なら何食わせても美味いって言うから、安心してる」
 もう今日は何を言っても高山にとって嫌味にはならないらしい。
 高山から目を逸らし、英介は紙製のランチボックスに並んだサンドイッチに視線を落とした。
 これでもかと言うくらいに野菜を挟み込んだサンドイッチはあまり見栄えはよくないが、どれも英介好みの味がして、これをどこかの可愛いモデルだかアイドルだかに食べさせる気だったのかと思うと複雑な気分になる。
 興味がないことにはひどく淡白だが、少しでも気を引かれるものにはとことん凝るのが高山で、料理もその一つかもしれない。
 元々必要最低限のものは作れたが、最近では更に一手間加えたものを作るようになっている。
「食えよ」
 しみじみとお買い得な男だなと思ってサンドイッチを眺めていると、視界に丸いベーグルが差し出された。
 口元へ迫ったそれに押されるように口を開く。
 かぶりつくと、バジルの匂いがパンの間から香った。
「餌付けしてるみてぇ」
 ククと、高山が喉の奥で笑った。
 かぁっと赤く染まった英介の頬は、先刻のフットサルの罰ゲームで告げた「笑い声が好き」という告白を裏付ける。
 ここで素直にうろたえて喚くのも悔しいと、英介は意地になって餌付けよろしく高山の手からベーグルサンドをもそもそと食べ続ける。
 ベーグルの最後の一欠けらを押し込まれ、口の端についたドレッシングを拭われる。
 舐める、と思ったら本当に自分の指についたドレッシングを舐めた。
 馬鹿じゃないのか、この男はと本気で思ったけれど、その馬鹿さ加減が嫌いじゃない。
 お返しなのか仕返しなのか、英介はさきほどデリスタンドで買ったフレッシュジュースを差し出す。
 そのストローを素直に銜えた高山は、一口吸って顔色を盛大に歪ませた。
「おま……、なに飲んでんだっ」
「サワージュース。レモンとかライムとか。美味くない?」
 顔をゆがめる高山に英介はにっこり笑って答えてやる。
 酸味の強いものが高山は苦手だ。
「ありえねぇ」
「うっそ、美味しいよ」
 顔を顰めたまま、高山は口直しにサンドイッチを大口で頬張った。
 そうしながら、英介の癖を一つ思い出した。
 ストローをくたくたになるまで噛み潰してしまう癖が英介にはあった。
 本人も極力気をつけていたらしいが、ついやってしまうのだと小さな悩みの種でもあったらしいのだが。
 最近、その癖を見ない。
 他に噛むものができたせいかと、じゃれあった時によく自分の体にできる歯型を思い出して高山は一人納得し、口の中のサンドイッチを飲み込んだ。
 些細な悪戯と忍び笑いは柔らかく吹き抜けた風がさらっていく。
 風は涼しく、日差しは暖かく、居心地は良好。
 おずおずと差し出されたデートプランカードには、
『お弁当の食べさせあいっこはデートの定番ですよね。と言うわけで、彼特製のお弁当を「あーん」してあげましょう』
 言われずともクリアしてしまった課題が書かれていた。
 暖かいはずの日差しは身を焦がすほどの羞恥に掻き消されていった。



PLAN 3

『最近、高山さんは優秀な家庭教師をつけて英語の勉強をされているそうですが、その素敵な勉強方法を教えてください』

「Once upon a time…………」
「むかしむかし、あるところに……、大金持ちが、いました。商人にはたくさんの娘と息子がいましたが、中でも、末っ子の娘のベルは……、とても美しく、優しい心を持っていました」
 低い声が柄にもなく、可愛らしい童話を紡いでいく。
 ぼそぼそした声の前には滑らかな英語が先導する。
 公園の木陰はうっとりするような木漏れ日をもたらしてくれて、その下でゴロリと横になる昼下がり。
 この環境で勉強なんてある意味贅沢かもしれないと思いつつ、高山は上手く日本語変換できない文章に躓いて、木の幹に背中を預けている英介を見上げた。
 英介はヒントを与えて答えを導く。
 ハーフの幼馴染とじゃれながら日本語と英語で童話を読み聞かせあったという英介の勉強法は、高山の英語力を亀の歩みながらも高めていた。
 幼い頃に聞いた童話を、英介は空で語り聞かせる。
 それをたどたどしくも日本語訳していくのが、高山の課題だ。
 今日の物語は『美女と野獣』。
 ヒアリングがイマイチ苦手な高山のために、英介の口調はスローペース。
 呆れるほど平和な風景に、撮影の緊張感も消えた。
 手枕もしんどくなってきたと寝返りを打つついでに、投げ出してあった長い脚に頭を乗せた。
「人の商売道具に空っぽの頭乗っけるな」
「空だから軽いだろ」
 ガキだなと悪態をついて、英介は物語を進める。

 物語の中で美女と野獣はお互いの清らかな心に惹かれ合う。
 そんな美女の心の優しさを愛したからこそ、野獣は病床の父親を心配する美女を家に戻す決意をするのだ。
 この物語の野獣は、自分に似ている。
 魔女に知恵を使うことを封じられた野獣は気の利いたお喋りができず、自分の醜い姿を嫌悪して城へ閉じこもり、人との接触を拒んでいく。
 それは複雑な家庭環境を誰にも語ることができず、秘密を守るために口を閉ざしてきた自分と通じるものがある。
 悲観するつもりなどないけれど、不器用な野獣の姿に共感を覚えたのは事実だ。
 そして、そんな不器用さを理解し、時に厳しく時に優しく接してくれた存在に惹かれたというところも、似ていると思うのだ。
 手持ち無沙汰なのか、英介の手は無意識に高山の髪の毛に絡んで他愛のない手遊びを始める。
 その心地よさにイマイチ集中できず、余計なことに思いを巡らせていた高山は額に触れる手を軽く握ってみる。
「先生」
「はい、なんですか高山くん」
「そろそろ休憩にしませんか。糖分でも補給してください」
「わぁ、俺、かぼちゃプリン買って来たんだよね。食おう食おう」
 語尾にハートマークがつく勢いで英介が膝を立てたから、高山の頭は重力に従って地面に落ちる。
 そんな仕打ちを受けながらも、かぼちゃプリンを前に満面の笑みを浮かべる恋人を見れば、野獣チックな彼を心底恋しいと思うのだ。



PLAN 4


「恥ずかしいんだけど」
「俺だって恥ずかしい」
 デートコースは街中へと移り、セレクトショップや雑貨店が点在する旧オフィス街を歩かされる二人の手は番組のルール上しっかりと繋がれている。
 部屋の中や暗がりの映画館だとか、人目に触れない場所でなら手を繋ぐくらいなんともないが、さすがに公道では恥ずかしい。
 平日の昼下がりで人通りは多くないが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「だいたいさ、男同士で手ぇ繋いでって、どうよ」
「そのへんのカップルは男と女だから手ぇ繋いでるんじゃないだろ。好き合ってるから繋いでるんだから、俺らだっていいんじゃねぇの?」
 愚図る英介を嗜めるように高山は繋いだ手を前後にブラブラと振った。
 普段無口なくせに、英介の不安を打ち消す理論をさらりと口にする。
 自信を持てず上がり症でウダウダと考え込む性質のくせして、わけのわからないところできっぱりと開き直る潔さを隠し持つ。
 英介との付き合いに関しても、オープンなのは高山の方かもしれない。
 高山はピッチの上でもそうでないところでも、いつも英介の半歩後ろを付いてくる。
 見守るように、追いかけるように。
 だけどその前を行く英介が不意に不安になって振り返ろうとした時、高山は大丈夫だよと横に並んで、手を握って少し前へと引っ張ってくれる。
 そういうところに安心する。
 そういうところが好きだよ。
 胸の内で呟いて、英介はぎゅっと握った手に力を込めた。
 なに、と高山が英介に視線を向ける。
 なんでもないよと目で流してしまえば、そうかと高山も進行方向へ目を向ける。
 目的地は目の前の花屋。
 ガラス張りのエントランス越しに、瑞々しいグリーンとまるで自分達のチームカラーのようにカラフルな花たちが息づいている。

『もらって嬉しいプレゼントと言えばやっぱり綺麗なお花。お互いのイメージに合った花を一輪選んでプレゼントしましょう。何故その花を選んだのか、理由も添えて』

 花なんて、滅多に買わない。
 祝い事にプレゼントすることになったとしても、花屋の店員に任せてばかりだ。
 だいたい、花の種類なんて両手で数えられる程度にしか知らないし、見分けもつかない。
 花と言わずプレゼント自体、あまりしない。
 誕生日くらいは実用品を贈るだとか、食事を奢るだとかくらいはするけれど。
 もらって一番嬉しいものは、芝生の上ででしか贈れないし受け取れないから。
 でもたまには、こんな相手の気持ちが見えるようなプレゼントもいいかもしれない。
 咲き誇る花々の生命力を肌に感じるような店内を、二人はゆっくりと散策しはじめた。

 せーの、で差し出しあった互いの手には、控えめに一輪ずつ花が握られている。
 一輪は黄色い夏の花。
 もう一輪は白い秋の花。
「意外性のない男だな」
「これしかないだろ」
 英介がおずおずと高山から受け取ったのは、小ぶりなヒマワリ。
 アドバイスをくれた店員の女の子が、サンリッチオレンジと言うのだと教えてくれた。
 本当は小学校の花壇で育てたような、ずっしりと重みがある花を太陽に向かって擡げる大輪のヒマワリが良かったのだけど、ここは控えめながらもオレンジ色の発色が美しい一輪を選んだ。
 花言葉は憧れ、情熱、輝き。
 江口さんそのものですねと、若い店員はどうしてだか感動の面持ちで一番元気な花を選んでくれた。
「前向きだから」
 添えた理由は口下手な高山らしく簡潔で、思ったことの半分も表現できていない。
「ん、ありがと」
 けれど英介は嬉しそうな笑顔を見せて、太陽に似た形の花を見つめる。
 花屋の片隅でポーカーフェイスを崩さずに、でもきっと胸中では色々と考えあぐねながら選び取った一輪だ。
 そして同じように一生懸命考えた英介が差し出したのは、白いコスモスだった。
「最初はさぁ、椿にしようかなって思ったんだよ。白い椿」
 高山の潔さを椿の散り際の潔さを重ねようと思ったのだけど、肉厚の葉に映える白い花弁はあまりにも凛としすぎていて、伸ばしかけた手を引っ込めた。
 一般的な高山のイメージで言えば、白い椿の凛とした硬質な雰囲気は合っているのかもしれないけれど、英介から見る高山は少し違った顔をしているから。
 もうちょっと優しいイメージの花を探して店内を見渡していると、店の電話が鳴って英介の相手をしてくれていた店員が、レジの方へと小走りに駆け抜けていった。
 その拍子に英介の視界に入ってきたのが、彼女が走り去ったことで生じた微風に揺れるコスモスだった。
 高山をイメージして選ぶにはちょっと繊細すぎるかもしれないと思ったけれど、秋になれば実家の庭に種を撒いたわけでもないのに咲き始めるコスモスの優しい姿に惹きつけられた。
「ちょっと、へなへなしてるところがタカっぽいので」
「……うわ」
 心にもない英介の悪態に、傷ついたと苦笑する。
 本心ではないことを見透かしての苦笑には余裕が混じっているから、英介もほっとして高山の手におさまったコスモスを見る。
 ニコリともしない無愛想面の大男の手に、コスモス。
 そのアンバランスさに笑ってしまう。
 コスモスの花言葉は、真心。
 ネガティブな意味合いの花言葉だと凹まれてしまうかもしれないと、一応このコスモスを手にとった時、店員に尋ねてみたのだ。
 乙女の純潔、なんて言葉が出てきた時にはどうしようかと思ったけれど、真心、調和と続いて決断できた。
 調和は、ピッチ上の彼のプレーだ。
 寡黙な分控え目な高山は、誰のどんなプレーにも合わせてゲームを組み立てることができる。
 そして真心は、彼の性質。
 積極的な人付き合いをしないけれど、心を許した人たちに対してはとことん情が深い。
 手の届く範囲にいる人たちを心底大切にする。
 口先だけの綺麗事が言えない高山の性質を表す、白いコスモス。
 英介そのものであるかのような、オレンジ色のヒマワリ。
 なんだか照れると笑いあいながら、きっとこの先この花たちを見る時には今日のことを思い出すだろうと思った。
 そうして、懐かしいねと同意を求める相手はきっと隣に在り続けるだろう。



PLAN 5

 セブンブリッジの愛称をもつ神戸レインボーチャーサーのホームスタジアムには、煌々と灯りが灯っていた。
「こういうアングルで見るの、新鮮」
 天へと突き上げやがて地上へ降り立つ虹をイメージしたアーチのラインは、総合スポーツ公園の中に独特のシルエットとして浮かび上がっている。
 いつも、この中にいる。
 スタジアムの心臓として。
 メインスタンドへと通じるゲートの階段を上ると、屋外通路から照明に照らされたピッチの一部が目に入った。
 トクンと高鳴った鼓動に自分で呆れながらも、隣の男も早足になっているのに安心する。
 スタジアム内部へと通じるゲートを通り抜ければ、目の前には輝くような緑が広がった。
 サッカー専用スタジアムのセブンブリッジのスタンドは、どの席からもピッチが近く見える。
 試合が行われる日には、割れんばかりの声援に包まれる白いスタンド。
 今は潜めている呼吸を感じることができる。
「誰もいないのに、なんか、すごいな」
 この建造物が抱える生命力を肌で感じた英介の呟きに、高山は黙って頷き同意する。
 交わす言葉も少ないまま、二人はゆっくりとゴール裏へと移動する。
 神戸サポーターが陣取る場所だ。
 いつもここは真っ白に染まり、合間に虹色のフラッグが鮮やかに浮かび上がる。
 その時間を思い出し、英介の口唇は愛しそうに緩む。
「降りてもいいですか?」
 不意にスタッフの方を振り返り、了承を得るなりひょいっと身軽な動作でスタンドからピッチへと舞い降りた。
 立ち上がると、来ないのかと高山を仰ぎ見る。
 続いて高山が芝生の上に飛び降りると、かすかに芝生の青臭さが嗅覚を刺激した。
「わ、ボール置いてある」
 センターサークルにポツリと置かれたボールを見つけ、英介は犬のように走り出した。
「最後のプランもサッカーだったらいいのに」
「このピッチでワンオンワンはさすがにきついだろ」
 あっと言う間にピッチ上を駆けてボールに辿り着くと、つま先でボールを掬い上げてリフティングを始める。
 高山に背中を向けたと思ったら、背面パスを出してきた。
「へたくそっ」
 大きく反れたボールを追い、高山は同じように英介に背中を向けた状態で正確なパスを寄越す。
 英介の足の伸びる範囲内に、正確に。
「背中に目ぇ、付いてんの?」
「センスの差だろ。お前の足には羽でも付いてるのかって思うよ」
 話しながらも高山の足は器用にボールを手繰る。
 フリーキックの精度もだが、リフティングの華麗さも高山は群を抜く。
 首裏にボールを乗せたかと思うと、額と鼻先の間に転がしてボールを固定させる。
 こういう細かく丁寧なテクニックには長けているのだ。
 高山のボールと戯れるようなリフティングに見蕩れていると、突然視界の一角に眩い灯りが灯った。
 大型ビジョンが作動し始め、『最後のデートプランです』と文字を浮かび上がらせる。

『相手にしてもらいたいことは何ですか? たまにはおねだりしてみましょう』

 最後のプランを読み上げて、英介が高山を振り返る。
「今、なに考えた?」
 広場とボールと相手がいれば、やりたいことは一つ。
 フォワードとミッドフィールダーがそろっていれば、やってもらいたいことも一つだ。
「さぁ?」
 笑いながら高山は弄んでいたボールを転がして、距離をとる。
 英介が両足のアキレス腱を伸ばし、ゆっくりと走り出した。
 一気に加速し、ゴールへと突っ込んでいく背中に向けて、高山は一本のパスを送る。
 低い軌道で放たれたボールはペナルティエリアの直前で英介に接近する。
 小さな体を僅かに捻り、黄金の右足を振りぬく。
 後ろからのボールに対してのノートラップボレーシュートは、無人のゴールネットの左端に突き刺さった。
 自分のシュートを見届けた英介が、くるりと踵を返すと一目散に駆けてくる。
 耳の奥で地面を揺らすような歓声が再生される。
「すーげっ、どんぴしゃ!」
 英介の左胸を高山の拳が打ち、高山の左胸に英介の拳が伸ばされる。
 サッカーが好きでしょうがない。
 君のことが、好きで好きでしょうがないよ。
 高山は背を曲げ、英介はほんの少しだけ踵を上げる。
 感触だけを認識して離れた一瞬の口付けは、しっかりとカメラに撮られているのだろうけど、こうしたいと心底思ったのだから仕方が無い。
 猫が喉を鳴らすような笑い声を上げて、英介は高山の鎖骨にゴリゴリと額を押し付ける。
「いてぇよ、ばか」
 高山の手は英介の頭をわしわしとかき乱し、楽しそうに笑う。
 無人のゴールではあったけど、ボールを繋ぐ感覚はいつも気持ちがいい。
 職業病的興奮に馬鹿みたいに笑いながら抱きしめ合って、そのままグラリとバランスを崩した。
「うおぁ!」
「わぁあっ、この馬鹿!」
 下敷きになったのは英介だった。
 倒れた瞬間、ぐえっとウシガエルのような声を上げたが、高山はクツクツと喉で笑うだけで起き上がろうとしない。
「お前、今日の相手が俺で本当に良かったな。こんな高山浩二見せちゃったら、幻滅される。ってか、ひかれる」
 俺のこと、好きすぎて。
 飲み込んだ言葉も高山は正確に読み取って、だよなと笑った。
「お前も俺が相手だったことに感謝しろよ。こんな江口英介見せたら、ますますファンが増える」
「なんでよ。それ、いいじゃん」
「俺が嫉妬したら怖いだろ」
 珍しくニヤリと笑ってみせた高山に、英介は大きな溜め息をついてみせる。
「タカが意外とヤキモチ妬きなのも、嫉妬すると怖いのも知ってるよ」
 英介の顔の横に手を突いて、真上から見下ろしてくる高山の頬を形の良い指が撫でる。
「だからさ、タカは俺が意外と深くタカのことを愛しちゃってるってのを、知っといてね」
 優しく頬を撫でた指は、ぎゅっと鼻を摘んで逃げていく。
 茶化すような言い方をしたくせに、穏やかな目で見上げてくる。
 何も考えていないような無邪気な顔して突っ走って行くくせに。
 ミスを悔やんで沈む自分の尻を蹴り上げるような言動を見せるくせに。
 時々、ひどく優しい顔で微笑んで、泣きたくなるような言葉をくれる。
 これ以上甘やかしてどうするんだと言いたくなるような言葉をくれる。
 じわじわと頬や目の奥が熱くなるような感覚に怯えて、高山は英介の肩に顔を埋めた。
 勘弁してくれとくぐもった声で呟くと、そのお願いはきけないなぁと余裕の返事。
「なー、タカのおねだりは?」
「うるっせ。もうこれ以上ねぇよ、ばか」
 親に縋る子どものようにただ英介の体をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
 離したくないと思った。
 離れるもんかと思った。
 例え体は大海を隔てるほど距離をとったとしても、この想いは、この魂は、離れない。
「なぁ、もうちょいサッカーしよーよ」
「るっせー、もうちょい黙っとけ」
 無観客のスタジアムに響くのは、もはや大声援の残像ではなく自分の鼓動だけ。
 悪態をつきながらも、高山は抱きしめる英介の体温と芝生と土の匂いから得る幸福を噛み締める。
 珍しく寛大な恋人にこれ以上望むことがあるとすれば、それはすっかり存在を忘れていたテレビカメラに自分の情けない表情が映ってしまわないよう、もうしばらく抱擁を許して欲しいということだけだ。
 
 スタジアムに染み付いた大歓声のように、自分の胸の内にも叫びたいような気持ちがいつも燻っている。
 
 これから何十年とかけて燃やし続けよう。
 
 君への想いを。


END


嬉しすぎる頂き物!!宝です!!
5th記念にサッキーさまから頂きました〜!嬉しすぎる!
ありがとうございました!!!(愛)


デートプランへのご応募ありがとうございました!!
多くのアイディアをいただき、どの案もモノカキとしてオイシイ設定ばかりで悩んだのですが、以上のような内容となりました。
採用させていただいたアイディアは以下の三案です。
 ・サッカーをして負けた方が相手を誉める、好きなところを言う。
 ・食べ物を食べさせあいっこする。
 ・相手のイメージで物を贈りあう。
意外にもこの三つ、人気がありまして、何人かの方の意見が一致しておりました〜(^^)
楽しいアイディアだけでなく、あったかいコメントも添えてくださった方ばかりで、私自身、とても楽しく書き上げることができました。皆さんのコメントをいただくことができ、ますます自分の話、キャラクターにも愛着が増しております。今回、皆さまと作り上げたこの作品が愛される作品となりますように。また感想を教えていただけると幸いです。
5周年、ヒット記念、カウンタに刻まれる足跡、あたたかいメッセージにたくさんの感謝をこめて、
ありがとうございます!!

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