<前書き>
この話は2006年感謝企画で皆様からご応募いただいたCMプランをもとにしています。
宮川聡という人物を、英介はまだよく知らない。
高山の昔話の中で唯一名前が出てくる友人が宮川聡。
彼は新進気鋭の映画監督でもある。
映画監督と言っても、『好きな映画監督は?』『宮川聡かなー』『マニアックだねー』という会話ができるB級映画を好んで作製する。
最近では音楽のプロモーションビデオやコマーシャルを手がけ、彼の作品を目にする機会は多くなった。
作品はいくつか目にしたが、人物像が見えてこない。
どんな人かと高山に尋ねても、”変人”以外の答えが返ってこない。
何度か高山が電話に向かって笑いながら悪態をついているのを見ると、切れそうにも無い友情がそこにあるのはわかった。
ただ一つきつく言われているのは、宮川から撮りたいというオファーがあっても安易に受け入れるなということだ。
正式オファーこそないが、遠回りに宮川聡は江口英介に興味があるという話は聞いている。
それがとうとう、正式な形で申し込まれてしまった。
神戸RCスポンサーのデジタルカメラのコマーシャルらしい。
こっそりと、高山には内緒でオーケーを出してしまった。
会ってみたいのだ。
一つの仕事で二時間近く高山の視線と意識を奪ってしまう彼に。
高山の愛読するマニアックな雑誌で宮川聡の姿形は知っていた。
細身で背が高く、アーティストらしいのか胡散臭さを狙っているのか肩に届く髪を一つに結んでいるのがトレードマーク。
目が細い狐顔も特徴。
薄い唇は横に長く、笑うとまさに昔話に登場して村人を騙してはほくそ笑む狐そっくりだった。
英介も食えない人間は大勢知っているが、宮川のはまたどこか違う、芸術家ならではの雰囲気があった。
初顔合わせの時、宮川は営業マンのような仕草で名刺を差し出し、儀礼的な挨拶を口にした。
きちんとした人なんだ、と思っていると一拍置いて歓声を上げながら英介を抱きしめた。
「高山に殺されるー!」
撮影の流れやら説明は大人しく淡々とこなした宮川に食事に誘われ、エスコートされたのは住宅街の奥、緑に囲まれてひっそりと建つイタリアンレストランだった。
門から店の入り口まで続くロウソクの炎をたどっていると、
「高山はこんな店に誘わないでしょ?」
と笑った。
木のトンネルの中、蝋燭の灯りに浮かび上がった宮川の笑みは本当に狐そのもので、英介は怯えるよりもおかしくなる。
落ち着いた内装の店内の美しく整えられた庭がよく見えるテーブルにつくと、何も言わないままにワインが運ばれてくる。
このスマートな事の運びすら胡散臭いが、嫌悪感を抱かせるものではないのが不思議だ。
「では、この密会に乾杯」
密会、という言葉にわくわくする。
同時に罪悪感もちくりとする。
それを流し込むワインは食前酒にしては甘い。
「酒は甘めの方がお好みだとうかがったので。厨房では食事の味が台無しになると嫌な顔をしているでしょうけど、あまり繊細な舌は持っていないでしょう? お互いに」
こうやって演者達を口説き倒しているのだろうか。
女性関係の噂はあまり聞かないが、宮川の前ではどんな俳優やモデルも脱ぐという伝説があるのは知っている。
北風と太陽の逸話の如く、男も女も脱げと言われればいつの間にか素っ裸になるそうだ。
トリックの匂いはぷんぷんするのに、距離をおいて近づかないようにしようという警戒心を抱かせない。
「改めて、やっと会えて嬉しいね。高山のやつもつめが甘い」
「宮川さん、俺を起用したのってただ単にタカを妬かせるため?」
「それも理由の一割は占めるけど、一人の造り手として江口さんを使いたかったのは真実です。神に誓って」
口調が硬さをなくし始めるが、お互いに同い年だということもあり流れのままにする。
「じゃあ逆に質問してみようかな。高山の機嫌を損ねるとわかっていて、僕の申し出を受けてくれたのは何故なんでしょう?」
「面白そうだなと思ったから」
「それは、高山が嫌な顔をするのが?」
「それは50パーセント。残りは宮川さんが」
「面白そうだって?」
運ばれてきた前菜に手をつける仕草が優雅だった。
英介の周りには、スマートさを持った人物があまりいない。
似非紳士ならいるが、キャプテンもこういうレストランよりも焼肉屋の方が良く似合う。
宮川の言動はアルコールにように人を酔わせるのかもしれない。
「タカは、なんで俺が宮川さんと会うの嫌がるんですか?」
「それはねー、説明しようと思ったらここじゃ無理。ベッドの上に連れて行って、カメラも用意して、僕が高山に殺される覚悟をしないと説明できませんねー」
「そういう、理由ですか」
「そういう理由でしょう。あとはね、僕と高山は物を見る目がとても似ている。綺麗なものとかかっこいいもの、エロいなーって感じるツボが同じ形をしているから、僕が江口英介を撮ると、自分が普段江口英介を見ている視線を辿られるような気がして怖いんでしょう。そして、江口英介の魅力を熟知した視線で辿ったものを、全国に放送するなんてとんでもないと思っている」
するする出てくる言葉に英介は赤面する。
「あれの懐は狭くて深い。抱えられるものは少ないけど、一度捕らえたものは離さないし逃がさない。執着心も独占欲もそうは見えなくても人一倍強いから、このCMが完成して流れ始めたら大変かも」
「……大変、って」
「主張がね、激しくなるかも。江口英介は誰のものだと思ってるんだ!ってくらいのパフォーマンスはすると思うので、くれぐれもコンディション維持には注意してね。念願のキスパフォーマンスの復活かー。録画を忘れないようにしないとねー」
密会の代償かなと宮川は笑って、止まってしまった食事の手を促す。
キツネめ。
アルコールではない理由で火照った顔を冷やすため、英介はとろりと甘いワインではなくキリっと冷えた水を喉に流し込んだ。
メインディッシュに手が伸びる頃には英介も宮川という人物に慣れてきた。
曖昧や礼儀を重んじる日本人像に順じてみたと思えば、過激な言葉を選んで笑ってみせる。
波のような人当たり。
けれど不快さがないのは、引き際を心得て空気の変化を敏感に感じようとしているからか。
宮川の人となりを飲み込みつつ、英介は二人の高校生時代についてあれこれと尋ねてみる。
宮川は心得たとばかりに聞かせてくれた。
「でね、3年の時の体育祭で応援団長誰にするって話になって、応援団長って言えば硬派できりっとした顔立ちの奴ってイメージがあるでしょ? 女の子は断然高山を推すわけ。でもあいつ普段から喋らないのね。声が小さいわけじゃないけど、団長になって人の前に立って大声出すなんて無理な話で。結局、盛り上がる女の子に対して無理だからって頭下げたんだよ。そのかわりに強制的に仮装行列に出さされて、新撰組の羽織着て歩いてたよ」
「へぇ、それ見てみたい」
「今度会う時に写真を持ってくるよ。卒業アルバムは見たことある?」
「見せてくれなくて」
「じゃあ、それも持ってこよう。うちの学校、そこそこの規模があるのに高山の登場率異様に高いんだよね。アルバム委員にファンの子がいたから」
「人気あったんだ」
「女の子に呼び出されちゃあ、困った顔してたな。今はサッカーが大事だからって丁重にお断りしてたみたいだけど」
楽しそうに聞いていた英介の手がふと止まる。
ワインを一口飲んで、フォークを持ち直してまたワインに伸びる。
そわそわした仕草は雄弁で、宮川は水をむけてみることにする。
「それで付き合い始めたのが……って、これ知ってる?」
動揺は繊細なカトラリーに伝わって、カチャリと音をたてた。
「……先生と付き合ってたって。街中で偶然だけど、会ったことが」
「マジかい。西村さんと? おー、あいつも割りと修羅場を経験してんだな」
宮川はくるりと細い目の中の黒目を回して見せる。
「タカはなんか、あっさりしてたって言うか……」
英介と高山が友情以外の感情を持っているのだと意識し合って、間もなくのことだった。
街中で偶然に出会った女性は高山が高校時代に付き合っていたという教師で、昔の恋人同士の再会にしては淡々としたものだった。
「俺に、気を遣ったのかもしれないけど」
「んー、それがなくても、あっさりしてたんじゃない? 西村さんがタカのこと食っちゃったのって27〜28歳の頃で、女っぷりも良かったからな。タカの方も恋愛じゃなくて、セックスに興味合って付き合ってたって感じだし。まぁ、ぶっちゃけセフレと言いますか」
雰囲気たっぷりのイタリアンレストランには似合わない会話は、パテーションに遮られる。
英介のフォークは握られたまま停止して、レアに焼き上げられたメインの肉は冷め始めている。
「あの頃の高山は人間に興味ないふりして、実は興味津々だった。自分から輪に混じることはないけど、招き入れられると嫌がりもせずにその輪の中にずっといてね。何をするわけでもないよ。話題を提供するわけでも場を盛り上げるわけでもない。あの何考えてるのかわかんない顔してそこにいる。つまんないなら帰ればいいよって皆が気を利かせても、つまらなくないよって言う。そういう奴だったよ。ただ、あいつの心をもっていっちゃうような人が現れなかったから、西村さんに対しても試食していいのよって言われて、じゃあいただいてみますって程度の気持ちで手ぇ出しちゃったわけね。肉、冷めちゃうよ?」
最後の一言を皿に向けられ、英介ははっとしてフォークを動かした。
話に聞き入りながらも、その目の奥がくるくると表情を変えるのを宮川は楽しみながらワインを飲む。
昔の女性の影に、雄弁な宮川に、英介の胸はちくちくと疼いていることだろう。
「今頃くしゃみでもしてるかなー」
狐は満悦の表情を浮かべる。
その表情に怯える小鳥と無口な獣の関係を観察しつくしたら、一本映画でも作ってみるか。
その前に、目の前のキャストを使うCMはうんとセクシーにいこう。
そんな計画を練りながら、宮川は胸の内で遠くの友人に問いかけてみる。
知ってるか、高山。
嫉妬は上手に服用すれば、愛を深める薬になる。
俺が処方してやる。
ぴりっときて、じんわり効くやつを。
「うん、いい気分だ。もう一本ワイン開けようか。そんで乾杯しよう。君の不器用で狭量な恋人であり、僕のファン一号を名乗る酔狂な男に」
――――――――――――――――――――――――
広々としたリムジンの車内。
後部シートのど真ん中に、英介は足を組んで身を沈めていた。
サングラスの下の双眸は退屈そうに車窓の景色を眺める。
ゴツゴツしたゴールドの指輪を幾つも嵌めた指が弄っていた携帯電話も、革のシートに放り投げられた。
身を乗り出し、運転席との間を遮るシールドをコツコツと叩く。
端整な顔をした運転手は困惑を見せながら車を停める。
運転手が先にドアを開くより早く下車した英介は、運転席のドアを開ける。
サングラスを外し、濡れた口唇に曲線を刻み、
「Catch me」
囁き、スタートを切る。
ビル街を構成するアスファルトを革靴で蹴り上げ、シルバーフォックスのコートが風を孕む。
リムジンを乗り捨てて追いかけ始めた運転手の足元にはゴールドの指輪やネックレスがカツカツと硬い音を立てて転がり、重厚な腕時計がバイクに踏みつけられて砕ける。
鋲の打ち込まれた重いベルトもウォレットチェーンも、音を立てて捨てられていく。
角を曲がる度、英介の姿は消えて痕跡だけが残される。
疾走する体に向けられる幾つものファインダーは力不足で、彼の姿を捕らえることができない。
見上げた空は灰色。
そこに溶け込むような色合いのコートが舞い上がる。
重い装飾を捨てながら、英介は階段を駆け上がり、塀を越える。
鈍い音をたてて革靴がスタンドに落ちる。
その姿を切り取るファインダーが存在する。
雲が晴れて青がのぞく。
視線は空から急降下して地面に。
地面は緑で塗りつぶされ、白いラインで縁取られている。
その中心に英介は立つ。
白いタンクトップにジーパン、素足の彼は何一つ身を飾るものをもたない。
焼けた肌に覆われた俊敏な体一つ。
その存在一つ。
赤茶色の髪の毛が風に乱れ、その風に乗るかのようにまた英介の体が移動を始める。
追いつき捕まえようと伸ばされたのは誰の手か。
手首を掴まれて英介が振り返る。
視界が揺れて崩れて落ちていく。
英介の驚いた瞳を、笑った口元を、白い首筋、細い腰から続く長い足と形の良い爪先。
それらを写し、画面は地面にひれ伏す。
見えるのは舞い上がった芝生の緑、その後ろの青空。
空へ伸ばされた手を、シャッターが捕らえる。
シャッター速度、手ぶれ防止、他社製品比較最高画素、等々。
神戸レインボーチャーサーを支える心強きスポンサー企業の名前が厳かに告げられる。
「逃がさない」
そして最後の瞬間に告げられる声は、英介の空へと伸びた手を絡めとった。
――――――――――――――――――――――――
意味深なフェードアウトが話題を呼んだ、最新デジタルカメラのコマーシャルは好評らしい。
「このCMさー、かっこいーよなー」
「最初のセレブっぽい格好、似合うよなー。あの人、普段は超庶民派でフリマで10円のシャツ引っ張り出してきて喜んでるけど、がっちりブランド物似合うんだよな。このグラサン、クロムハーツだぜ」
「背ぇ低いのが難だけど、モデルいけるタイプじゃん」
「ボディバラ悪いって言うけど、それってサッカーのことで、見た目のバランスは抜群なんだよ。足長いし、腰もちょっと細くてさー」
「わかるわかる」
「そんなんが押し倒されてるっぽい映像とか、ちょっと刺激的」
「ユーキはあれだろ、友里ちゃんに重ねてみてヌいたろ」
「ぬきません! だいたい友里ちゃんは胸でかいし、腰もくびれてるし!」
「それ、ユーキの妄想だろー。まだ胸がでかいのも腰のくびれも肉眼で確認したわけじゃないでしょうが。強がっちゃって」
「だってあのプロポーションだとそう思うだろ!」
「まぁまぁ。でも私を捕まえて、的なこと言うだろ。勘違い女の戯言じゃなくて、上手に言うだろ」
「……うん」
「それで舞い上がっちゃうだろ。捕まえちゃうぞって、サッカー頑張れるだろ」
「……がんばれる」
「なー、やっぱりこのCMは刺激的」
夕食後の食堂に集った若手はテレビで流れたCMと、雑誌に掲載されたワンシーンの広告を話題に盛り上がりを見せていた。
カメラの前ではどうしても緊張したり萎縮してしまう若手たちは、ささやかな演技までこなしてカメラ目線を決める先輩に尊敬の念を抱く。
「で、このCMが原因なんだろ?」
「なにが?」
「痴話喧嘩」
現在、神戸RCの新ホットラインは絶賛喧嘩中。
仕事に支障は出ていないものの、オフの生活がどうにも気まずい状態だ。
「このCM撮ったのって、宮川聡なんだって。タカさんの友達の」
「あー、宮川監督にだけはえっちゃんのこと撮らせないって言ってたもんなー」
「えっちゃん、黙ってオファー受けたらしいよ。タカさんが知ったの、放送直前らしい」
「それで珍しくタカさんの方が怒ってるっぽいのか」
「なんで宮川監督は駄目なの? 友達なのに」
「友達だからこそ深い理由が……」
不意に一人が口を噤む。
そのフェードアウトによからぬものを感じて、集った若者たちは視線を巡らせ青ざめる。
後輩にコーヒーをいれてきてくれたのは、まさに話題の人・高山だった。
「うわぁああ、すすすみませーん!」
「いいから、落ち着けっ。火傷するぞ」
恐縮しきって慌ててコーヒーの乗ったトレーを受け取ろうとする後輩達を一喝して、大きな溜め息をつきながらインスタントではないコーヒーを振舞ってくれる。
「……すみません。いただきまっす!」
物を貰う時は遠慮なく。
気持ちいいほどの姿勢を見せて、高山がいれたコーヒーはそれぞれの若手の手に渡る。
「で?」
熱いそれを吹き冷まして一口ずつ含んだところで、実に完結な問いかけが落とされる。
二十歳前後の若い彼らは視線で責任を押し付け合い、結局のところ一番長く神戸RCに所属しているユーキが視線の集中に耐えられずに口を開く。
「や……、なんつーか、喧嘩……、早く仲直りした方が良くないですか……と、出すぎたことを申しました」
日本語を崩壊させたユーキが見上げた先、あまり表情を変えない高山はやはりポーカーフェイス。
「怒ってるわけじゃないんだけどな」
怒ってるわけじゃないなら、何であんなにぎくしゃくしてるの。
先輩のプライベートに対して遠慮もあるし、そっとしておきたい気持ちもある。
でも不思議なことは不思議なのだ。
若い雄弁で素直な視線を受けて、高山は言葉を探すが、
「タカは嫉妬深くてチキンってことよ」
高山が自分の言葉を手に入れるより早く、恋愛マスターと言う若干時代遅れを否めない代名詞を自称する昴が会話に割り込んできた。
「チキン? ニワトリ?」
「臆病者って意味でしょ?」
「そうそう。高山先輩はヒジョーに臆病なんですよ。あ、俺もコーヒー」
露骨に嫌な顔をしてみせた高山も、絶対的な先輩命令に逆らえないのか諦めているのか、 厨房へと消えていく。
天真爛漫で阿呆丸出しのエースストライカーではあるが、自分達よりも何年か早くに生まれてきたというだけで相当な権限が生まれるものだ。
「自分だけがわかっていればいい英介の魅力を、宮川くんがわかりやすく的確に表現して映し出して見せて、それを見た不特定多数がドキっとしてるのが気に食わないし、怖いんだよなー」
厨房から昴のためのコーヒーをいれてきた高山は反論しない。
高山が英介と宮川を近づかせなかった理由は、宮川の胡散臭さだけを警戒してではない。
宮川が美しいと思って撮るものは、高山にとっても美しい。
高山が綺麗だと好むものは、宮川にとっても好ましい。
共通する好みをもつ友人には、高山が英介のどの部分を好きでいるのか、どんな表情に心を動かされるのかわかってしまう。
そしてそれらを高山よりもずっと的確に、赤裸々に表現してしまう。
自分が英介を見る視線が全国放送されているような錯覚さえ起こる。
拗ねているのと恥ずかしいのと、二人が黙って会っていたことに対しての苛立ちもある。
「でもタカさん、そろそろ仲直りした方が……」
「えっちゃん、しょげてましたよ。オファー受けるんじゃなかったって」
「英介さんが後悔する姿、俺初めて見ましたもん」
高山のいれたあたたかいコーヒーを飲みながら、後輩たちは高山の狭量さを無邪気に責める。
こういう時に限って昴は多弁な口にチャックをかけて、どうするんだと目で問うのだ。
からかってはやしたててくれれば立ち去りやすいのに。
「……話し、してきます」
最近、どうも後輩たちまでもが扱いにくい。
純粋なふりをして自分を誘導している気さえする。
疑心暗鬼になっているのは、友人と相棒の密会があったせいだろうか。
自分でいれたコーヒーを味わう間もなく、高山は食堂をあとにした。
そろそろ仲直りを、と後輩と先輩にうまく誘導されて向かった相手の部屋は空っぽで、他の部屋を訪ねてまで呼び出すのも気がひけて、どこかそのへんをふらふらしていないかと寮に設けられた簡易のトレーニングルームをのぞく。
シットアップベンチに足を引っ掛けて、一定のリズムで腹筋をする姿が見えた。
その回数を傍らでカウントする声がある。
休憩を告げるのは富永の声だ。
英介はそのまま足を高くした状態で伸びる。
「その癖直せよ」
「バットマーン?」
「あほ。高山の予想外の態度に怯えてトレーニングに逃げる癖をやめなさいと言っているんです。薫さんが嫌な顔してたろ。あの人は俺らの体調とか全部お見通しなんだから、気をつけろ。夜のラウンド数まで勘付く、超優秀なドクターだぜ。お前がちょっと無理したらすぐにばれる」
「それ優秀って言わないと思うし」
「優秀なんだよ。昴がオーバートレーニング症候群になったのを自分のせいだとまーだ思ってるんだ。察しろよ」
汗で濡れた髪の毛を梳かれて、英介は子供のような返事を一つして起き上がる。
「俺、宮川さんに会わない方が良かったのかなぁ」
ぽろりと零れた弱音にどきっとした。
食堂で誰かが声にした通り、何かを後悔する英介は珍しい。
富永も意外そうな表情をしながら、どうしてと先を促した。
このままでは立ち聞きになってしまうと思いつつも、体は立ち去ろうという意思を叶えてくれそうにない。
「駄目って言われてたのに、宮川くんと会ったことを反省してるわけか?」
「まぁ、それもありますけど。それよりもなんか、俺が、会わなきゃ良かったなと思ってるんスよー。宮川さんはいい人だったですよ。いい人ってのもちょっと変だけど、面白そうな人でした。撮影も面白かったし、そういう人と会えたのは良かった。けど……」
「お前が知らない高山浩二を知ってるところに嫉妬したわけか」
「あー、富永さん、簡潔に言い表しすぎ……」
「なんでそこで凹むかなぁ。反発し合えば弾けて終わりなのに、二人同時に凹まれると空気が重くなるんだよ」
「だって、いつものヤキモチならいいんですよ。タカが下の子かまうのとか、可愛いファンに囲まれてるのとか、ちょっとは妬くけど、サッカーしたら吹き飛ぶし。だけど、宮川さんがもってるのって、高校生の頃のタカだから……、ずるいなーって、思っちゃった……ん、です」
汗を拭ったタオルに顔を押し付けて、英介は一旦口を噤む。
内面をさらけ出す告白に恥ずかしくなったのか、富永が口を開くより早くに立ち上がり、風呂行って来ますと駆け出した。
あ、と思った時には出入り口に突進してきて、そのまま高山の胸に鼻先から突っ込んできた。
「ごめっ……、あっ、うわぁああああああ!」
顔を上げ、ぶつかったものの正体を確かめた次の瞬間には悲鳴を上げて後ずさった。
「ここは中学校の教室かね」
青いねぇと笑った富永は縋り付く英介を上手に引き離して、風呂行くわと出て行った。
肩の荷が下りたと笑いながら高山の傍を通り過ぎる。
トレーニングマシンに退路を塞がれた英介は真っ赤にした顔を俯かせている。
それに近付いていくと、英介が沈黙を破る。
「嫌なんだよっ」
突然、俯いたままで訴え始めた。
「なにが」
「嫉妬するのとか、そういうの! 過ぎたことうじうじ考えてる自分が嫌だし、かっこわりぃ……」
細い顎を掴んで正面を向かせると、覚悟を決めたのか高山の目を見据えた。
「タカが、会うなとか言うからだ。宮川さんは特別なんだって思ったら、会いたくなった」
それで慣れない嫉妬に混乱して自己嫌悪に陥った姿を晒している。
ぎゅうっと心臓を圧迫されるような息苦しさが高山を襲う。
「たまにはお前もそうやって苦しめよ。俺なんて心が狭いから、ファンやら家族やら友達やらにいっつも嫉妬してる」
「でも放っといてくれるじゃん」
「束縛したらお前の足、遅くなりそうで」
「なにそれ」
「いいんだよ。お前はあちこちから愛情注がれて、ニコニコして突っ走ってろ。それを俺がいただくんだから、いいんだよ」
言い聞かすような発言を英介はゆっくりと租借して、小さく笑った。
「ずいぶんと、心が広いじゃん」
「さんざん心が狭いって言われた後なんだけどな。まぁ、いいや。風呂行って来い。あとで俺が宮川と会わせたくなかった理由を見せてやるよ」
首をかしげる英介を浴場へと促して、高山は明日のスケジュールを思い出す。
午後練か。
何回までなら優秀なドクターに許してもらえるだろうか。
宮川聡と江口英介を引き合わせたくなかった最大の理由は、一本のポルノ映画に凝縮されていた。
ポルノ映画というにはストーリーが際立っていて、通常の映画館でR指定をくっつけるにしては濡れ場が濃くモザイクが入る。
宮川が大っぴらな評価を受けない理由が、どんなにブレイクして仕事が増えても製作を止めないアダルトビデオにある。
その中の一本が画面で展開し始めると、英介は風呂上りとは別の理由で赤くなった。
逃げる恋人を男が追いかけ、庭草の上に押し倒すシーンがある。
英介が出ているCMと酷似するシチュエーションとカメラワーク。
画面は抜群のプロポーションを誇る女優の体を舐めるように辿っていく。
使いまわしじゃねぇか、と思った視聴者は相当な宮川ファンだ。
映画はそのままたっぷり時間をかけた濡れ場に突入する。
CMの意味深なフェードアウトをここに繋げる人間がいないとも限らない。
「こういうのが嫌だったから、会わせたくなかったんだよ」
画面を直視できずすっかり俯いてしまった英介に向かって呟いて、高山は画面を消した。
「でもいいや。お前のファンはゴロゴロいるけど、こういうことできるの俺だけだし」
押し倒したのはベッドの上。
恥ずかしがったり呆れたり、英介は忙しく感情を揺らめかせ、やっぱり心が狭いと思う男に背中に手を回した。
自分と出会う前の高山にはどうやったって手は届かない。
けれど今の高山の広い背中を抱けるのは、自分だけだ。
子供じみた言動を向けてくれるのも。
ふと、高校時代の高山について語ってくれた宮川の表情を思い出した。
英介の知らない高校時代を雄弁に語りながら、時々宮川は英介の表情を探るように会話に間を作った。
あれは、こういうことだったのかと今思う。
高山が警戒する友人は、英介が宮川との密会で嫉妬を持ち帰ることなど想定済みだったのだろう。
そして自分の作ったCM作品に高山が顔を顰めることも。
「宮川さんに、タカのこと好きですかって、聞いてみた」
「なんつってた?」
「好きだって。映像の仕事ができるのはタカのおかげだって言ってたよ。この絵を撮って見せてやったら、きっとタカは喜ぶだろうから、それが楽しみで仕事できるって言ってた」
「……そうか」
「タカは?」
「宮川?」
「うん」
「……俺の試合見て、あいつが狐みたいな顔していいねって笑うといい気分だったよ。だから、そういうことだろ」
「そういうことって?」
「……、だから、俺とお前でいい仕事してりゃ、あいつもあっちの業界でいい仕事できるだろってこと」
この話はおしまいだと、鼻先を甘噛みされる。
この数時間後か明日か、二人は連絡を取り合うだろう。
最新作の感想を求める電話に、高山はあまり見せない顔をして怒るのだろう。
それでも美的感覚のよく似た二人は、同じ場面を見て心を満たし合う。
その一つが、自分が疾走したあのコマーシャルなら、それは嬉しいかもしれない。
余計なことを考える思考も捕らえるように、シーツを掴んだ手が高山の指に絡めとられた。
嫉妬の後味は甘い。
目を閉じた英介は15秒間のCMに凝縮された魅力のすべてを高山に捧げた。
有難いことに、映像ネタということで、宮川を登場させてというお声が幾つかありました。
というわけで、宮川と英介の対面話です。同い年なのにちょっと劣勢の英介です。宮川はアーティストなので、他のキャラに比べてちょっとお上品な感じでいけたらなと。でもエロ。例に寄って杉山の書くキャラは登場はあっさりと、小咄を重ねて濃さを増すので今後に期待したいところです。