気持ちは強い方だと自負している。
諦めは悪い方だ。
だけど。
……前半で4-0はやっぱちょいきつい。
サッカーで1-0はスコアレスに近い。
2-0もまだまだわからない。
3-0あたりからが、どうにもしんどくなる。
しかもディフェンスラインは正常に機能しているのに、この4失点だ。
それにしてもこっちのゴールがないのが悔しい。
サポーターにも申し訳なくて、愛想も振り撒けない。
ゲキをとばす監督の表情も苦さは隠し切れないし、ロッカールームに漂う空気が不味い。
「……きつ」
給水しながらピッチに戻れば、神戸サポーターから叱咤激励が降ってくる。
顔が上げられない。
「えっちゃん」
後ろから声をかけられ、肩に手が回る。
後半から入ってくる昂さんだった。
「スタミナはどんな具合?」
「あと45分分はありますよ」
そう、と昴さんは笑う。
「あっち見て?」
こっそり昴さんがメインスタンドの方を指す。
「虹、見える?」
「え?」
「虹が出てる」
前半の途中まで降り続いた雨は止み、昴さんの指す方向に虹が出ていた。
大きな虹が、スタジアムから見える。
セブンブリッジと称されたサッカー専用スタジアムは、その名の通り虹をイメージした七本のアーチが美しいシルエットを作り上げている。
そのセブンブリッジの上空に、七色の美しく巨大な虹が姿を見せているのだ。
「サポーター見てみ? 気が付いてる人がいる」
言われるままにスタンドを見ると、虹がかかっている方向を見ている人が何人もいる。
「うちのホームスタジアムに虹がかかったんだ。これって、勝たないと駄目っしょ?」
提案ではなく、確信めいたというか、それがこのゲームの答えのように言う。
昴さんの顔が近くにある。
「あの虹が出たから、奇跡を俺達が作れる」
そう謳い、ジャンプをしながら円陣を作るポジションへと向かう。
彼が背負うストライカーナンバーを視線で追う。
片岡昴が愛されるのは、こういうガキっぽいところを持ちつづけているから。
純粋なわけじゃない。
女遊びもひどいし、けっこう擦れてるところもある。
フロントと衝突することもある。
ただ、人を笑わせてみるのが好きなのだ。
ただ単純に、笑顔をつくるのが好きなのだ。
だから悪戯をしかける。
作意をもつ。
ファンサービスや広報だけではなく、ピッチの上でも。
「スマイルメーカーだ」
「お祭男だろ」
後ろで様子を見ていたらしい富永さんが、キャプテンマークを腕に巻きながら隣にやって来た。
「発想がガキ臭いんだよ」
言いながら虹を見上げる。
その下では同じ七色のサポーターフラッグが打ち振られている。
虹がかかった方向にカメラを向けている人もいるし、大型スクリーンには希望を託すように自然の虹が映し出された。
昴さんの発想、アイディア、情熱、プレーは、分かりやすいから伝わりやすい。
「まぁ、うちはうちらしく、虹を追いかけてみるか」
雨に濡れた髪をかきあげ、富永さんが声を上げる。
手を叩く。
空気が張る。
「このゲーム、ひっくり返すぞ」
昴さんが言えばいつもの一言。
富永さんが言うから。
堅実なキャプテンがこの劣勢で断言するから、凄みがそこに加わる。
力強く組まれた円陣が解かれた。
一応、残しておいたスタミナは45分とちょっとを走り回れるだけだったのだけれど、慣れない守備にまで回っていたらさすがにきつくなってきた。
前線では昴さんが物凄い気迫でボールに縋る。
みんながそれを信じてボールを上げる。
俺は昴さんの周りを衛星みたいにぐるぐるぐるぐる回って、早めにプレスをかけに行く。
口の中に血の味が広がってくる。
それでも足は止まらない。
止められない。
興奮しっぱなしの体が、まだまだ走らなきゃと心に訴えている。
4-4
サポーターは興奮し、声援はますます大きくなる。
相手チームもビリビリした危機感に煽られて激しいゲームになっていく。
カード連発、激しい当りに選手生命が危機感を覚えるのか体中の神経がビリビリ痺れる。
スタジアムは興奮の坩堝。
体中をアドレナリンが駆け巡る。
つらいけど、きついけど、限界点なんてないんじゃないかと思うような力に突き動かされる。
虹はとっくの昔に空の色に溶けたけど、奇跡は続く。
勝たないと、奇跡じゃなくなる。
ハーフタイムに着替えたユニホームは汗でびしょ濡れ。
昴さん。
昴さん、早く入れてよ。
決勝点。
あと一点。
奇跡、起こしてよ。
あと何分?
あと何分あれば勝てる?
ボールが回ってくる。
タッチライン沿いに、遠く。
坂本さん、今、この状況でそういうパスはありえないよ。
俺を殺す気っすか。
走った。
もうコレが最後。
そう思って走った。
走って走って、どうやってクロスを上げたのかわからない。
コーナーに倒れこんだ体を起こすことはできなかった。
ただ、地響きのような凄い歓声が上がったから、どうにかなったんだろうとは思った。
思わず笑ってしまうような、物凄い声量だった。
興奮と言う感情が降り注ぐようだった。
レフリーが顔を覗き込む。
担架のジェスチャー。
担ぎ出されて、薫さんが頭を撫でてくれた。
「酸欠だな。もうロスタイムも終わる。よくやった」
もういいからと、携帯酸素ボンベを押し付けられる。
そら、酸欠にもなるわ。
ぼんやりした意識で思っていたら、試合終了のホイッスルが聞えた。
また凄い歓声。
スタジアムが揺れているような感覚だ。
「スバルのヤツ、両足攣ってるぜ。アホだなぁ」
俺の面倒を優先してくれながら、薫さんは嬉しさを噛み殺すようにスバルさんをアホ呼ばわりする。
「あぁ言う阿呆が一人いると、本当に、助かる」
内田コーチが言った。
監督も駆け寄ってきてくれて、よくやったと誉めてくれる。
両足を攣った昴さんは、坂本さんと富永さんに両脇を支えられてサポーターに手を振る。
「……いぃ……なぁ」
「もうちょっとしたらな」
確かに体は動かない。
ピッチに横たわった状態で、大歓声を聞くのも悪くなかった。
ちょっと過激な子守唄に聞える。
「おい、寝るなよ」
タイミングを見て酸素吸引させてくれている薫さんが、困ったように頬を叩いた。
「……寝ない……、けど……、スバルさん……の、……奇跡……、付き合う……疲れる」
吸い込む空気がゆっくりと体を巡る。
プロになってから、本当に実感させられる。
体で稼ぐとはどういうことか。
人にチケット代払わせて、その視線の先でサッカーをすると言うことはどういうことか。
体を使えということだ。
その魂ごと、勝利にかけろということ。
「おーい、平気か?」
まだほの暗いような視界の中に、神尾さんがひょこりと顔を出した。
ほとんどの選手が辛勝を味わいつくそうとはしゃぐ中、わざわざ気にかけてくれた。
優しいなぁ。
「わりぃな。4失点」
勝ちは勝ちだけど、神尾さんには4失点が付き纏う。
「挨拶しにいけるか? 負ぶうぞ」
「行けますよ。……自分の……、足で」
差し出された手をとって、引き起こしてもらった。
頭は酸欠のせいでガンガン痛むが、もう試合は終わっていると思うと起き上がれる。
さすがに、暫らくはサッカーしなくてもいいかもしれないと思ってしまう。
神尾さんが肩を貸してくれるのに遠慮なく体重を預けて、バックスタンドへ向かうと凄い歓声が降ってきた。
「神尾さんは、虹、見えた?」
「見えたよ。だけど、4失点だよ」
べ、と舌を出す。
「でも、ディフェンスって、やっぱ、すげぇなぁ」
「だろ?」
ヘロヘロに疲れているのに笑える。
「なかなか誉められないからな。でも、失点してもオーライにしてくれるのがオフェンスだろ」
よしよしとまた頭を撫でられる。
「今日のMVPはスバルさんとお前だな」
プロになって、ここまで徹底的に誉められたのは初めてかもしれない。
ゴール裏に向かうと、消えたはずの虹がそこにある。
「うちのチームカラーって、壮観だよなぁ」
白いユニホーム群の中に、七色のフラッグ。
その大きなフラッグの合間から、昴さんが顔を出した。
「まだいるし」
神尾さんが呆れている。
とっくにヒーローインタビューにでも行ったものかと思っていた。
歓声を体いっぱいに受けて、昴さんは気持ちよさそうに笑っている。
本当に、気持ちよさそうに。
なんだか、光合成してる植物みたいだ。
足は、まだきっと痛いはずだ。
ハーフタイムのロッカールームで、昴さんもきっと空気の重さや圧し掛かるプレッシャーを感じていたはず。
気合が空回ってしまいそうな、そんな気持ちだったはずだ。
それでもそんな素振りはまったくみせない。
弱気を封じ込めて、劣勢を吹っ飛ばした。
劣勢を変えることを義務として途中出場するスーパーサブ。
他のチームの人は、片岡昴こそがフィールドモンスターだと言う。
テクニックの脅威ではなく、存在感の脅威をもつ怪物。
サポーターにとってはスマイルメーカー。
「すげぇ人」
憧れる。
羨望する。
「それに付き合ったお前も、俺は充分このチームに染まってると思うけどな」
ちらりとわいてきた嫉妬を神尾さんがあっさり払ってくれた。
でも。
それでも、俺はきっとあの九番を追いかける。
レインボー・チャーサーの名の通り。
いつか、彼のエースストライカーの肩書きを奪いたい。
もっと強く。
もっと早く。
もっと勝利を。
もっと、歓声を。
2008/5/25
7周年記念企画SSとして。企画はお題募集を実施したのですが、これは7周年にちなんでの一作。これを逃がしたらもう書けないと思って、セブンブリッジなネタを書いてみました。
当初は昂が中心のサッカーなお話だったことを思い出しつつ、ちょっとBSシリーズの原点に返ってみたり(笑)
サッカーで、時々なんでこの点差がひっくり返るかな!?ってゲームがありますが、あれもサッカーの醍醐味。ひっくり返す方はたまらなく興奮し、返される方はたまらなく不愉快。けどディフェンスのミスは平等なんだよなと思って。
スタジアムのシルエットが好きです。