Films 9th 一話三題:くらいつく・ひきはなす・ゆきつくところ
セルフ・リスペクト

 朝食が着々とエネルギーへと変換されて、体を動かしている。
 何を食べたか指折り数えて思い出す。
 どんぶり飯に味噌汁に焼鮭に、日本人らしく和食を腹七分目に留めて食らった。
 あれでどれくらい走れるものなのか。
 そろそろエネルギーメーターの針が下を向きそうだ。
 僅かなインターバルの後に何度目かわからない、走れと促す電子音を合図に20メートルを疾走する。
 コースの周りには息も絶え絶えになって戦線離脱していったチームメイトが転がって、サドンデスの結末を待っている。
 体力不足で負けるなんざ許されないと、今季異常なまでに熱のこもっているフィジカルトレーニングは今日も続く。
 だが延々と繰り返されるシャトルランにはゴールがない。
 20メートルのゴールとスタートを繰り返し、迫られるタイムリミットに追い越されないようにひたすら走り続けるだけ。
 自分が諦めたらそれが記録として残る、アスリートにとってじんわりと心を砕かれるたかが測定なのだ。
「お前ら、これは競技じゃないんだからな。どっちが勝ちとか、そういう話じゃないんだからなー。気が済んだら止めてくれよー」
 そう、たかが測定。
 恵比寿顔のフィジカルコーチが掛ける声は遠いが、“勝ち”と言う単語だけが妙にくっきりはっきり聞こえてくる。
 足がラインを超える。
 自分のトレーニングシューズを映す英介の視界の端にもう一足、高山のシューズがちらつく。
 それは時間内にラインを超え、このサドンデスはまだまだ続く。
 すかさず響くスタートの合図に、生き残り両名の足がまた動き出す。
 本気でダッシュしなければあわや脱落と言うレベルにきている。
 スピードキングで体力無尽蔵の英介が最後まで生き残るのが通常のことだが、このレベルにきて高山が残っていることが珍しい。
 シャトルランにおいて能力的に有利なのは圧倒的に英介の方だが、それに食らいつく高山の意地は凄まじい。
「シャトルランなんか、意地っ張りにさせるもんじゃないね」
「タカはどうしたんだ? すげぇ粘るけど、なんか罰ゲーム約束してるのか?」
 ヒリヒリするようなデッドヒートに練習場の視線は奪われる。
 いつもならシャトルランのこのレベルになれば独走態勢で走る英介は、隣を走る異物を気にしている。
 気にするどころか不愉快に思っているはずだ。
 その英介の背中を、高山が懸命に追いかける。
 引き離されてなるものかと、一歩も譲らない決意に目が据わり、練習とは思えない迫力をかもし出している。
 呼吸は乱れ、汗が滴る。
 単調なシャトルランの音声以外にはやや乱れた呼吸音が交わされるのみで、視線も絡まない。
 けれども隣を走る存在を激しく意識し合っているのだ。
 呼吸、筋肉の疲労、気持ちの乱れ、それら全て意識しないようにと心では思っていても、体が感じ取ろうとしている。
 不愉快だと。
 追い越してやろうと。
 振り子の原理で彼らは走り続けるのではないかと思うような長い長いランニングの終わりは、高山の足がもつれたせい。
 背後の気配が消えた喪失感に英介が振り返り、同じように自分の足を絡ませて地面に転がった。
 ゆきつくところは一蓮托生。
 その意地が、今年のチームの力になる。


2009/12/2 更新
Films 9周年に一話三題として、三つセットのお題を募集しました。
「くらいつく・ひきはなす・ゆきつくところ」は色っぽいシーンも連想できたのですが、敢えて意地の張り合いで書いてみました〜。サッカーにおいて、ポジションは違うけどライバルな二人、描いていて楽しかったです。

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