01:並木道(高山&宮川高校時代)
02:快晴(英介高校時代)
03:長く伸びた影(内田&沖田広報)
■お借りしたのはコチラ……COUNT TEN.
「好きな食べ物は何ですか?」
「肉」
「牛、豚、鶏? 羊? ハト?」
「牛」
「レア、ミディアム、ウェルダン?」
「レア」
「生々しい食事嗜好ですね」
「どうも」
「嫌いな食べ物は?」
「特に無い」
「今度、ケーキバイキングに行きますか?」
「……甘い物は苦手です」
ゆったりとアスファルトの上を行くスニーカーに、風に吹かれた落ち葉がまとわりついて転がっていく。
今のは楓の葉っぱです、というコメントがついた。
英介が見ているのはテレビの画面で、流れている映像の中に質問者と回答者はいる。
答える声は毎日聞いている声で、尋ねる声は電話で数度聞いた声だ。
ハンディカメラで撮影された映像は足元ばかりで、質問と回答のやり取りがまるで落ち葉のように点々と足元に落ちていく。
「好きな授業は?」
「体育」
「学食でこれは改善して欲しいというメニューがあれば」
「カツ丼の盛りをもうちょっと大目にして欲しい」
「ふむふむ、食堂のおばちゃんに伝えておきましょう」
撮影した日は晴天だったのだろう、時折画面が白く染まる。
「学校で好きなことは何ですか?」
「部活」
「彼女はいますか?」
「いねー」
「好きな人はいますか?」
「いません」
質問者の問いは笑いを帯びながらも淡々と。
「寂しくないですか?」
「ないですね、連れもいるので」
「嬉しいですね」
「それはよかった」
そんなやり取りに零れた笑い声をマイクが拾って残す。
カメラが足元から、回答者の背中へと這い上がった。
大きなスポーツバッグを肩にかけた背中が見える。
その横を、車が一台通り過ぎていった。
落ち葉がカラカラと音をたてる。
「高校生活で一番の思い出は何ですか?」
「映研の部長に引っ張られて、映画製作を手伝ったことかな」
「高校生活で、一番辛かったことは何ですか?」
「……県大会の準決で、PKを外したこと」
「泣きましたか?」
「ちょっと」
質問者は足を止め、回答者が数歩先をいく。
「名前は?」
「高山浩二」
「最後の質問です」
高山浩二が足を止める。
振り返る。
短い髪と、まだ少年らしさが滲む精悍な顔。
秋の日差しに目を細め、カメラを見た。
彼の背後には楓の並木がどこまでも続いているように見えた。
一陣の風に大きな葉っぱがカラカラと音を立てて枝から離れていく。
「将来の夢は、何ですか?」
乾いた季節、映像の中の瑞々しさは少年たちに凝縮されて、青い空は若木を映えさせようといっそう青く高く。
「サッカー選手」
ややあって、質問者は撮影者として自分の名を刻む。
「撮影、宮川聡」
バイトした金で買ったはじめてのカメラ。
被写体は親友。
映画監督、宮川聡の処女作は時を経て英介の手に渡った。
被写体はそれを知って口をへの字に曲げ、面白味のない映像だと言った。
だがそれは英介の宝物になった。
ある芸術家が残した小さな誓いを叶えてくれた。
そのことが嬉しいのだと言って、英介は画面の中の少年を見る。
そして隣で仏頂面を下げているかけがえの無い存在を見る。
こういうのを奇跡というのだと言うと、高山浩二は目を細めた。
そして今年も楓の葉が落ちる季節になる。
この季節を好きになったよと英介は囁いた。
あとがき>タカの高校生時代。
秋晴れの体育祭は、女の子たちに日焼けを気にさせるらしい。
笹岡はスタンドの影で日焼け止めを塗るクラスメートに視線をやり、苦笑した。
『続きまして、ブロック対抗リレーを行います』
放送部員のよどみの無いアナウンスが流れると、今度は一斉に歓声が上がる。
女子たちは日焼け止めを放り出してスタンドに駆け寄ってきた。
「えーすけー!」
「がんばってー!」
黄色い声援があちこちから飛び始める。
「お前らな、英介はCブロックだろ。俺らはFブロックなの。わかってる?」
「わかってるよ!」
「なによー、笹岡だって応援したいくせにー」
「いや、俺が敵チームの応援したらまずいだろ。一応、応援団長なんだから」
笹岡の反論など半分も聞かないまま、少しでもトラックに近いところで応援しようと女の子たちは必死だ。
各ブロックの走者順がアナウンスされ、アンカーが読み上げられた時、グラウンドはざわついた。
サッカー部のエースと、運動部が評価されにくい校風にあってどうにか頑張ってきた陸上部のエースが共に最終ランナーとして読み上げられたのだ。
「なんでうちのアンカー、有友くんなの!」
「ササ、馬鹿じゃないの!」
「えっちゃんが負けたらどうすんのよ!」
「えー、そこ、俺が責められるとこかなぁ」
あちこちの女子からブーイングを受けながら、面白いじゃんと呟けば確かになどと納得される。
この学校の体育祭が盛り上がることなど、今までなかったんじゃないか。
それがこんなにも熱くなって、必死になって、汗にまみれている。
文化祭で感じる一体感とはまた違った団結力が生まれるのを、じわじわと感じる。
「せめてうちは有友の応援しようぜ」
誘導をかければ、女子たちは走り出してみなければわからないと青春賛歌の一節のような発言をかました。
スターターの合図に、グラウンドが一瞬静寂に包まれる。
雷管の破裂音が高い空に響き、走り出した走者に歓声が浴びせられる。
英介と有友はまだのんびりかまえていられるアンカー。
タスキを掛けてアキレス腱を伸ばしながら、注目株の二人は並んで自分のチームの走者に声援を送る。
二人のブロックはバトンパスに大きなミスもなく、順位を前後させつつバトンを繋ぐ。
そして、二人がスタートラインに立つ。
最初にバトンを受け取ったのは有友。
笹岡の立つスタンドで歓声が生まれる。
次いで英介がバトンを掴む。
ぐっと有友との差が詰まる。
有友が自ブロックのスタンド前を通り過ぎる。
おどけた奴なのに、こちらをちらりとも見ず、僅かに背後の気配を気にしたようだった。
そして英介がそれに続く。
風を切り、風を生み、走り抜ける小さな体。
四肢を躍動させ、心を前へと向ける。
最終コーナーへ差し掛かり、英介が有友に追いついた。
グラウンドは残暑の熱から解き放たれて、歓声は空が吸い上げる。
ゴールテープが揺れ、雷管が鳴り響く。
足を止めた有友が膝に手をやり呼吸を整え、顔を上げた。
悔しそうに顔を歪めながら、ちぐはぐに口元が笑う。
ゴールテープを切った英介が、大きく呼吸をしてからスタンドに向かって拳を突き出してみせる。
Cブロック以外の応援席からも歓声が上がった。
ずっとずっと記憶に残りそうな二学期を楽しんでいられるのも、あとちょっと。
この残暑が存在感を無くし、寒さが受験の厳しさを運んでくる。
そうなったら、自分たちは今ほど馬鹿笑いもできない気がする。
みんながみんな、腹の底に将来への不安を抱えながら笑うようになる。
だから自分たちは今笑う。
今叫ぶ。
「受験も卒業も、もうちょっと先に延びたらいいのにな」
君と過ごす時間の終わりが、一分一秒近づいてくる。
「だよねー」
隣で、どんなに汗を流しても落ちないマスカラ装備の女子が頷いた。
頷いてくれる子がいることの喜びを噛み締め、笹岡は叫ぶ。
「有友、かっこよかったぞー!」
照れたように笑った有友がまぶしかった。
もっと太陽が熱くなってって、このグラウンドを地球に焼き付けてしまえばいいと思った。
あとがき>高校三年の体育祭のセンチメンタル。
四方に影が伸びる。
ナイトゲームのスタジアムで照明が作り出す陰影は、花の形に似ている。
前節、ベンチであれやこれやと叫びすぎてしまった監督と険しい顔の審判の間に割って入って退席処分を食らってしまった内田は、関係者観覧席からピッチを見下ろしそんなことを考えた。
監督が処分を食らうよりはと思っての行動で、狙いとおりと言えば狙いとおり。
しかし処分されるというのは居心地が悪いもので、チームとは別行動でスタジアム入りするのはどうにも気分が滅入った。
だがスタンド上部に設置されている観覧席に座ってみると、これが意外と快適だった。
いつもと違った目線で試合を観戦できるし、何よりプレッシャーを感じない。
ブース状態なので人目もない。
勝って欲しいという思いは勿論あるが、ベンチで見ているよりもずっと冷静にサッカーを観戦できる。
「なかなか新鮮なもんだね」
つい浮かれて言ってしまった言葉に、付き合ってくれたチーム広報の沖田女史がジロリと睨みをきかせてくる。
「罰を受けているんですからね、内田さんは。忘れないでくださいよ」
「はいはい。あ、ところで旦那さんは元気?」
「元気です。ほら、試合を観て」
「観てますよ。山形はやっぱり強いなぁ。応援も見事だなぁ」
「うちは?」
「神戸も頑張ってるよ。でも山形ががっつり引いてるからね。高階がブレイクしてるし、樋口は相変わらず年齢に似合わないいぶし銀だし、いい守備だねぇ。パスで崩すのは難しいかな。どーんと入れてね、昴あたりがどーんっとヘッドでいくとか、見たいじゃない」
「観たいですよ」
「サポーターの気持ちがよくわかる。ところで沖田さんは虹ソフト食べたことがある?」
虹ソフト。
神戸RCホームスタジアムのセブンブリッジで販売されている名物ソフトクリームだ。
その名から期待するとおり、七色のソフトクリームらしい。
「広報ですから」
ふふん、と沖田女史は笑ってみせる。
彼女は開発から関わっているはずだ。
「内田さんにしては珍しく情報が遅いですね。今や虹ソフトは古いですよ。今の名物は神戸の美味しいパンを使った必勝サンドや南京町の水餃子スープ&季節の中華まんの寒冷シーズンほかほかセットですよ」
「何それ、美味そうなんですけど」
「美味そうじゃなくて、美味しいんです。時代遅れの内田さんのために仕入れて来ましょう」
「さっすが沖田さん。時代の最先端をいく広報!」
ほほほと笑いながら、沖田女史は売店に走る。
フットワークの軽さは、十五キロほどあるチームマスコットの犬の着ぐるみを着用して踊り跳ねていたバイト時代から変わらない。
あっと言う間に売店フードを携えて戻ってきた。
「なんか、本当にサポーターの気持ちに戻りますね。久しぶりだな、こういうの」
肉まんを頬張りながら視線はピッチに落とし、沖田もしみじみと言った。
チームに深く携わり続けチームと一心同体になっているうちに、こうしてサッカーをドキドキしながら見たり、売店の飲食物を楽しむなんて気持ちとは遠ざかっていた。
「小さい頃に両親とよく観戦したんですけどね、楽しかったな。売店のご飯やおやつも楽しみだったし。遠足やお祭りに来たみたいで、ドキドキしました。それで試合が動くと、両親と一緒に喜んだりして。今もそういう親子がいっぱいこのスタジアムにいるんだなと思うと、すごい場を作り上げてるんだなって思いますよ」
「ゴール入って知らないおっさんと抱き合ったりしてね」
「そうそう。そういう部分も、大事にしないと駄目ですね」
「沖田さん、いい仕事してるよ。汁物とか、寒くなってくると嬉しいもんだしね」
「おそれいります。コーチの仕事は……」
「はい、頑張りますよー」
水餃子入りのスープをすすると、ほわりと体の芯が温もる。
ピッチでは白熱の試合。
スタンドでは、様々な会話が飛び交う。
一心不乱に応援する者、冷静に戦況を見つめる者、生で見るサッカー選手に黄色い悲鳴を上げる者、将来あんな風になりたいとキラキラした眼差しを送る者、そんなキラキラしたものを見守る者。
そういう場を、自分たちは作っているのだ。
「たまにゃ退席処分もしてみるもんだね」
「ほんっとーに、たまにですよ」
ピッチの上、花のような影を作る選手達が走り出す。
後方から楔が打ち込まれる。
高山がヘッドで落とした先、富永がミドルレンジのシュートを放つ。
ガタンっと椅子がひっくり返る。
退席処分のヘッドコーチと敏腕広報部長の手の平が打ち合った。
そして、スタンドでは。
何万もの笑顔が咲く。
あとがき>チームスタッフの会話。楽しく書けました。