言ノ端七題_ver2【G】
6:あくびと半熟卵



 性欲と言うのはどこで満タンになったかを見極めるのが難しい欲求だと悟ったのは、リーグ日程がぽかりと空いた秋口のこと。
 久々に実家に顔を出して、たまにはとタカの家に泊まった。
 夜になると当然のようにベッドに押し倒された。
 期待しなかったわけじゃないけど、何事にも限度がある。
 普段からの回数が少ない分、するとなったら容赦がない。
 声を出せと促され、思考が飛んだ状態で体を開かれたりひっくり返されたり。
 恥ずかしさはいつの間にか気持ちよさにかき消されて、あまりの快楽に腰から溶けてしまうと思った。
 それが怖くてストップを掛けるのに、甘みを帯びた声で強請られて、なし崩し。
 だから今朝の目覚めは重く、体には疲労感が残る。
 それなのに、ご機嫌伺いに覗き込んでくる存在がないのはどういうことか。
 目覚めたらベッドに一人なんて、どういうことか。
 ささくれた気持ちを抱え、ベッドの周りに散らばる服に目をやる。
 体はだるいが、喉が渇いたし、腹も減った。
 起き上がり、シャツを身に付ける。
 ドロドロだった体はいつの間にやらさっぱりと清められていた。
 友里が送りつけてきた何故だか花柄のトランクスは間違いようが無いが、シャツは着てからタカの物だったと気がついた。
 ごわごわするジーパンをはく気にはならず、どうせタカしかいないからとそのままの格好でタカの部屋を開けると、朝食の支度をしているのか食べ物の匂いが嗅覚を刺激し、空腹感に拍車を掛ける。
 ダイエットをしたい人はムッツリなパートナーと深夜の運動に勤しめばいいんだ。
 顔を洗ってリビングのソファーに伏せて転がると、また眠れそうだった。
「おはよう」
 台所からはやたら楽しげな声が掛かるが、悔しいのと気恥ずかしいので返事もできず、視線もやれない。
「ご機嫌斜めか?」
 しれっとそんなことを聞いてくる。
「……だ、れの……」
 誰のせいだと言いたかったのに、声は掠れて出てこない。
「嫌なら抵抗しとけよ」
 嫌だったらとっくにしてる。
 嫌じゃない自分自身に困惑しているから、臍を曲げるしかない。
「別に……やじゃない」
 膝を抱えてソファーの上で猫のように丸くなっていると、昨日散々触れられた感触が思い出されて身じろぐ。
 逃げたいような、そのまま身を委ねたいような思いに苛まれていると、いつの間に近づいたのか伏せたままの頭に触れられる。
「よかった?」
 低く落とした声は卑怯だけど、顔を見られないからいいかと思って頷いた。
 そして喉を震わせる、俺の好きな笑い方をするから本当に卑怯だと思う。
 熱くなる耳を撫でられたところで、はっと気がつく。

 なに?
 この煙草の匂いは……?

 恐る恐る振り返ると、銜え煙草の男が一人。
「若いねぇ」
 タカによく似ているけれど、ずっと貫禄があってちょっとシニカルな笑みが似合う人。
 声だけはタカとそっくりな人。
 昨日は仕事の飲み会で朝帰りになると聞いていた人。

 タカパパ!!

「……っ、う、ぁ、うわぁああ!!」
 体中の血が沸騰するような凍るような、そんな感覚に視界が一瞬ブラックアウトした。




 牛乳を買いに近所のスーパーに出掛けていたタカが戻ってきたのは、その直後。
 俺の悲鳴を聞いて飛び込んできて、危うくおじさんに殴りかかるところだった。
 事情を知っても子どもみたいに正一おじさんに食ってかかるタカと、笑いながらタカの機嫌を損ねていくおじさんとのやり取りを止めたのは、俺の腹の虫だった。
 台所でごそごそしていたおじさんが出してくれたのは、おじさんが作れる唯一の料理らしい。
 厚切りの食パンの真ん中がくり貫かれていて、そこに玉子を落として焼いたもの。
 バターがしみこんだパンと半熟卵の組み合わせが美味しくて、素直にそれをおじさんに伝えたらニコニコ笑われた。
 その隣でタカはぶすっとした顔のまま、自分で入れたコーヒーを啜っている。
 似ているようで似ていない、似ていないようで似ている父子に挟まれて食べる朝食。
 我が家とは一味違った団欒が楽しくて、俺も高山家の一員になったようで嬉しくてそれも伝えると、父親と息子は揶揄と反発の応酬を止めて同じタイミング同じトーンで笑い混じりの溜め息をついた。


2007/07/26
高山家の一コマ。タカパパはもうちょっと卑猥キャラとして動かしたい。
出てくるパンの食べ方は私も時々するのです。コップで食パンの真ん中をぐりぐりくり貫いて、空いたところに卵を落としてフライパンで焼きます。片面焼きでも両面でも。パンにバターが沁みて美味。

NOVEL TOP   BACK