ゴールド


 金メダルを捨てたことがある。
 折り紙と毛糸で作られたソレを破り捨てたことがある。

 小学六年生の頃だった。
 少年サッカー大会の決勝で俺がPKを外し、チームは準優勝に留まった。
 持ち帰った銀メダルを母は大切そうに受け取り、遺影でしか顔を見たことのない父の仏壇にそっと捧げた。
 次の日、近所の昴が遊びに来て、ニコニコと笑って俺に屈めと言う。
 言われるままに屈むと、昴は俺の首にソレをかけた。
 折り紙と毛糸の金メダルだった。
 負けは負けだ。
 怒鳴って、首にかかった軽いメダルを引き千切り、捨てた。
 顔も見ずに俺は飛び出していって、家に帰って母親にこっ酷く叱られた。
 滅多に怒らない母が、拳骨つきで俺を怒鳴った。
 俺が壊したメダルの残骸は昴が持ち帰ったらしかった。
 敗戦のダメージ残る幼い俺の心に、より深い傷ができた。
 自分で作った傷だった。
 それ以上の傷を、昴に負わせたかもしれない。
 今でも思い出すと、じくりと胃の奥が嫌な熱を持って疼き出す気がする。


 金メダルを貰ったことがある。
 どっかの工場で作られた、ちゃんとしたメダルだ。

 俺がサッカー強豪と言われる高校でレギュラーをやっと掴めた夏の終わりに、それは差し出された。
 ハードすぎる練習を終えた重い体を引き摺って、どうにか行き倒れにならないで家の門灯を確認できたことに安堵していると、家の塀に人影が見えた。
 お隣の昴くんは小学六年生で、つい先日から少年サッカー大会の決勝のため東京に遠征していたはずだ。
 今日、帰宅の予定だったか。
 結果は気になっていたが、高校の部活は息つく暇もないほどハードだ。
「よぉ」
「おう」
 一人前な挨拶をする。
 小学六年生になって、背が少し伸びた。
 飛びぬけて小さくも大きくもない、平均身長だ。
 自分のことを僕ではなく、俺と言うようになったと同時に、五つ年上の幼馴染を『真吾兄ちゃん』ではなく、『真吾』と生意気にも呼び捨てで呼ぶようになった。
 今年の春先にはお袋さんに叱られたと言って、隣の家に家出をしてきた。
 おかえりとただいまを交互に言い合って、俺は昴が何か言い出すのを待った。
 隣のクソガキは、お子様過ぎて話し相手にもなりやしない。
 時に煩わしく思うこともあるが、昴と同い年の従兄弟を相手にするのよりもずっと対等に接している。
 意識もせず自然と、要望を聞く、望みを伝える。
 頼み事も頼まれ事も、いつも気が付けばフィフティフィフティだ。

 今年に入って俺の背は伸びた。
 成長痛で軋む体を折り曲げて、膝をついて目線を合わせる。
「大会、どうだった?」
「得点王」
 当然、と言った口調だった。
「で?」
「優勝したに決まってんだろー」
 感情の赴くままに小突いてやった。
「なんだよ、お前、わざわざ優勝報告するために待ってたのか」
「そうだよ。気になってるだろうなーと思って」
 もう一度小突いてやろうと手を伸ばしたが、かわされた。
 数歩下がった昴は、ポケットをゴソゴソと漁った。
 口が物言いたげに動く。
 少し顎のラインが尖ってきた生意気盛りの顔に朱がのぼっている。
「これ」
 突き出された細っこい手に握られていたのは、メダルだった。
 金色に輝くメダルだった。
 同じ大会で、俺は銀メダルをもらっていた。
「見せびらかしに来たのか。いい性格になってきたじゃねぇか」
 ちがうと怒鳴った昴の手が、俺の胸にメダルを押し付ける。
 今日獲って来たばかりのピカピカのメダルだ。
「おい」
 投げ出すように宙に放られたそれを慌てて受け止めると、昴はぱっと俺から離れ自分の家に駆けて行く。
「昴! どうすんだよ、これ!」
「やるっ!」
「はぁ?」
「やるよ、それ」
「いらねぇよ、お前が獲って来たんだろ」
「俺がもらったモンなんだから、俺がどうしようと俺の勝手だろ」
 くそ生意気な言い回しを、昴の両親は俺に似てきたのだろ言う。
「俺にサッカー教えてくれたのは真吾なんだから、メダルもらえたのも真吾のおかげなんだよ。だから仕方ねぇから、それやるよ! 一生の宝物にしねぇと怒るからな!」
 自分の家に消えてしまう前、声変わり前の声は住宅街にほどよく響いた。
 バタンと隣の家のドアが閉まる音がして、ドタドタと階段を駆け上がる音まで聞こえてきた。
 俺の手の中には、夕暮れを過ぎて濃紺に包まれ様としている道端の中でも光るメダルが残った。
 それは俺が壊した金メダルよりもずしりと重く、ひどく現実的で、夢にも情緒にも欠けてはいた。
 手の中で厚かましくもキラキラ光っていたメダルは、今も実家の棚に並んでいる。
 それを見る度、メダルを壊してしまった罪悪感が拭われる。



 ランドセルを背負っていたお隣の昴くんが、絶え間なくスバルコールを浴びる神戸レインボーチャーサーのエースストライカーとなって、

今、

 俺の目の前で跳躍した。

 長身が武器の相手ディフェンダーの遥か頭上に打点を刻む。
 バーの上へと流れたシュートを悔しがりながら、接触したディフェンダーに手を伸べた。
 視界の端に、サポーターが掲げた横断幕がうつった。
 神戸レインボーチャーサーの初優勝を渇望する文句が並んでいる。
 リードは神戸。
 何かを掴みかけた指先が異様に熱かった。
 五つの年の差というのは微妙なもので、俺達はことごとく世代の違うチームでプレーした。
 幼馴染で誰よりも長い時間を過ごしたと言っても、実は一緒のチームでサッカーをしたことなど数えるほどだ。
 心配と羨望をもってお互いのコートを覗きながら、俺達は過ごしてきた。
 不器用なメダルの交換ではなく、二人で一つの結果を叩き出す日を待ち望みながら。
 もうすぐそれは、叶えられる。
 俺が遠くに放りすぎたボールを、昴が追った。
 俺のミスをチャンスに変えて、昴が走り、飛んだ。

 ボールに縋る昴の姿を見る俺の胸にあるのが期待だと自覚して、少し癪に思った。


 今日も昴は俺の視界にちらついている。
 なんとかと言うキャバクラの、なんとかと言う女の子にふられたと嘆いている。
 俺は昴の空のグラスにビールを注ぐ。
 目の前で昴が泣き出した。
 俺は泡と液体のバランスが絶妙になるように注いだコップを差し出す。
 喉を鳴らして昴がそれを呷る。
 またグラスが空になる。
 今度は背の低いコップにウィスキーを注ぐ。
 味もわからない酔っ払いに飲ませるには惜しい酒だったが、明日にでも弁償させる。
 俺達の間の貸し借りはいつもゼロではなく、フィフティフィフティだ。

 ピッチ上の昴に俺は期待する。
 視界の端でウロウロする昴に俺は安心する。
 こうして目の前でグズグズと凹む昴を見て、俺は五歳年上の優越感に浸る。
 半ズボン姿で高校生の俺にメダルを突きつけた昴の子ども地味た行動を反芻しては、俺の方がやっぱりお兄ちゃんだと威厳を取り戻す。
 昴の手の中のグラスを満たす液体は、俺が壊したメダルにも俺がもらったメダルにも似た色をして、昴の喉へと滑り出していった。

 いつだって、俺の手の中はキラキラ輝くもので満たされている。
 その輝きがどこからもたらされるかなんて、考えなくてもわかっている。
 わかっているけれど、癪なのでわからないふりを俺は続けている。 


シリーズを書き始めた頃から富永は人気があったのですが、最近は昴とセットで人気が出てきて嬉しいばかりです。特にメロンパン事件をアップして以降の人気はうひゃ〜vとなってしまいます。
今回は高校生な富永とランドセル背負ってる昴が書きたくて、な話になりました。富永のブレザーのお下がりをもらう昴とか、プロの富永とまだ高校生の昴とかも機会があれば書きたいです。

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