タカ行きつけの映画館はスクリーン一つの小さな映画館で、上映するのは決まってマイナーやショートフィルムやB級映画。
それでもそこは普通の映画ファンとはちょっと違う映画ファンの憩いの場であり、また製作者側の情報収集の場でもあるらしい。
小さな個展なんかもロビーのスペースを利用して行われている。
既に顔見知りのチケット売りの女性は、何も言わなくても最後列の真ん中の席のチケットを差し出してくれる。
背の高いタカは、映画館では必ず一番後ろの席を選ぶからだ。
上映開始五分前の館内が満席になるのを見たことがないのは、タカが放映終了ギリギリを狙って見に来るからかもしれない。
今日もグループやカップルがチラホラと見えるくらいだ。
温かなコーヒーを一口飲むとブザーが鳴った。
灯りが落ちていく中で隣のタカの横顔を窺うと、物凄く楽しそうな表情をしていた。
『殺人ペンギンマンハッタンを行く』と言う、いかにもなタイトルを期待する顔は子どものようだ。
普通のメジャー映画にはあまり興味を向けないタカの、愛嬌のある趣味だ。
タカがその可愛らしい趣味に興じている間、構ってもらえない俺は寝息をたてることになる。
殺人ペンギンが可愛ければ俺も起きていられるのだけど、あまりのブッサイクさにうんざりしてしまった。
タカはと言えば、そのチープなつくりに満足したらしい。
スニーカーの爪先が、クルクルと二回ほど円を描くように動いたのがその証拠。
映画に熱中しているタカの手を握り肩に頭を預けたが、タカは気にした様子もない。
暗い館内の最後列で、俺達を気にする目もない。
なんだかこの状況は、とても甘えやすい。
タカの意識が俺に向いてなくて、周りの目もなくて、暗くて。
寮の部屋の中で映画に熱中されると時々腹が立つのだけど、ここではそんな感情も生まれない。
誘われるままに興味のない映画を見について来るのはこのせいだ。
デートと言うには色気がなさすぎるけれど。
なんたって目の前の大きなスクリーンではラブストーリーではなく、殺人ペンギンの殺人行脚が繰り広げられている。
俺がちょっと甘い気分に浸りたいなと思うと、タカの方がそうでもなく。
タカの方が甘い空気を求めれば、俺がそういう気分じゃなく。
気は合うしコンビネーションも抜群だと誇れるが、こういうサイクルはどうも噛み合わない。
目を閉じると、殺人ペンギンの不細工な鳴き声が聞こえてきてタカが笑ったのが伝わってくる。
腕を抱いて、逞しい二の腕に頬を摺り寄せて体重を少しだけ預けた。
街中のカップルがそうするような、密やかな接触が叶うこの空間が好き。
そして映画に満足したタカが、上機嫌で俺をそっと起こしてくれるのも。
だから、少しの間、俺よりも殺人ペンギンに夢中になることを我慢してやる。
そんなことを思いながら眠りについたせいか、俺は変な夢を見た。
タカがふわふわのペンギンの赤ちゃんを一生懸命に育てる夢だった。
俺はそれを眺めながら、殺人ペンギンに育たないことを祈っていた。
趣味:サッカー。
そう書いては広報のスタッフを困らせる。
最近、自分の趣味のなさに焦りを感じ出したのか、神尾さんと釣りに言ったり富永さんに本を借りたり、馬越さんに料理を教わったりと色々始めているがどれもピンと来ないらしい。
結局、部屋でゴロゴロ過ごしたりテレビゲームをしたりして過ごす日々。
今日は海外サッカーのプレー集DVD鑑賞ときた。
リモコン片手にじっと画面を見つめている。
駆け上がる選手達の呼吸に共鳴するかのように、そっと息を詰める。
くるりと鮮やかなターンからモーションの小さなシュートを決めるスーパースターのプレーを、何度か巻き戻して観察している
真剣な横顔は、いつもの英介と違う。
ギラギラと強い意志を宿しているのに、ひどく冷静。
熱く滾り野性的なのに、芯は冷えている。
我武者羅であると同時に、頭脳プレーが冴え渡る。
『そうは見えないかもしれないが、頭のいいプレーヤー』と解説者達は称する。
何度も何度も。
背後から覗いている俺が厭きるほどの時間をかけて、英介は一つのプレーを目に焼き付ける。
ゴール前での選択肢を増やすための研究だそうだ。
どちらかと言えば感覚で突っ込んでいくタイプに見える英介だが、その感覚を鋭く尖らせるための研究は欠かさない。
じっと、瞬きすら忘れたかのように画面に見入る。
その眼差しは画面の中のスーパープレーヤーに恋しているかのよう。
嫉妬も芽生えるが、それでも邪魔できない空気が今の英介にはある。
もっと高見へと登ろうとする英介にとって、最大の楽しみはサッカーであり、苦しみも喜びそこから生まれる。
サッカーへと向かう英介の意識だけは、邪魔できない。
汚せない。
熱心に見つめていたテレビを消して、英介は不意に立ち上がると部屋に転がっているボールを素足で掬い上げる。
「暇?」
くるくると指先の上でボールを回し、ベッドに転がっている俺に尋ねてくる。
「抜かせねぇからな」
誘いの言葉を口にするのを省かせてやって、俺も立ち上がる。
「上等」
ニヤリ笑った英介からボールを奪う。
それしかないのかと呆れる人もいるけれど、趣味というのは楽しむもの。
公式戦のプレッシャーなくボールと戯れる英介は子どものような顔をするから。
ピッチの上で勝利を心底求めるギラギラした面差しではなく、楽しさだけを求める子どもの顔をするから。
俺は英介の趣味が好きだ。
2005/01/30
タカの趣味がB級映画鑑賞なのは、なんとなくです(笑)私の趣味ではございません。作中映画タイトルもでっち上げです。普通に映画鑑賞よりは愛嬌が出るかなーと思っての設定です。英介の趣味設定は、捻っても捻ってもしっくり来なかったので、もう一途にサッカーで!