この曲、好きだな。
今のプレーみた? 俺、あぁいうのすげぇ好き。
あのスタジアム、雰囲気いいよな。あそこでするの、好き。
このモデル、かわいくねぇ? 俺、こういう感じの子好き。
家族が好き、友人が好き、スタジアムが好き、自分のチームが好き。
サッカーが、大好き。
蕩けるような表情で英介はその二文字を口にする。
今日も、
「この葉っぱ、なんだっけ? 俺、これ好き。ゴマの味がするヤツ」
「ルッコラだろ。美味いよな」
フォークの先で挟んだ葉っぱを口に運び、ウサギのようにむしゃむしゃと食べる。
練習の昼休みに訪れたイタリアンレストランのオーナーは、常連である神戸の選手の皿をいつも大盛りにしてくれる。
「あとエリンギも美味い。好きー」
「あー、俺ちょい苦手。なんか匂いが独特じゃねぇ? しめじの方が美味いよ」
「昴さんは好き嫌い多すぎなんスよ」
「英介の言う通りだ」
うんうんと頷く富永さんは、くるくるとフォークにパスタを巻きつけていく。
リーズナブルで入りやすいイタ飯屋だが、富永さんの手元だけを見ているとここが高級イタリアンの店に見えてくる。
「昴は味音痴のくせして、色々こだわりすぎなんだよ。慣れたものしか口にしない」
「だって食い物は大事だぜ? 英介みたいにどこでも何でも口に入れて、コンディション崩したらどうすんだよ」
「食い意地張ってるみたいに言わないで下さいよ」
「お前の胃は鋼鉄製だもんな」
いつものようにわいわいと賑やかに食事は進む。
ふと、寺井さんと談笑していた英介が俺の手元を見て、顔を見上げてきた。
どうしたと言いたげに、軽く首を傾げる。
「お前さぁ」
いつも以上に沈黙を続けていた俺の発した声に、気づかなくてもいいメンバーが気が付いて視線を向けてくる。
「……なんにでも、好きって言いすぎ」
それでも言わずにはいられなかった言葉を口にすれば、英介も他の面子も一瞬目を大きくして、絶句した。
それも次の瞬間には爆笑が沸き起こる。
「お前っ、ルッコラとエリンギに妬いてんのか!」
「かわいそうな男だなぁ!」
「うるさいです」
バシバシと痛いほど背中を叩いてくる昴さんの椅子を遠ざけて、俺は困惑顔の英介を見て返事を欲しがっている態度を示す。
言って欲しい言葉は一つだ。
自分の感情を素直にスラリと口にする英介の口を閉ざして欲しいわけじゃない。
好意的な感情の全てを自分に向けさせようという、くだらない独占欲が生じてしまったのだ。
過度の独占欲は身を滅ぼすものだと、小説にも歌にも映画も説き続けているのを知っているけれど。
一同はクククと笑いを殺しながら、止まっていた手を動かし始める。
少し遅れて、英介がルッコラの葉を摘み上げた。
「別にコレは無くなっても食べられなくなっても困らないけど、タカが無くなったらすげぇ困る」
好きは好きでもレベルが違うんだと、睨むように向けられた視線が訴える。
英介と、名前を呼ぼうとした口にルッコラの葉が突っ込まれる。
「つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ、ばぁか」
素っ気無いセリフを放った後、コップを口元に運びながら、
「タカに一々好きなんて言ってたら、それだけで一日が終わっちゃうよ」
ぽつりと、もの凄いことを言った。
赤く染まった俺の耳を見て、テーブルは再び爆笑に包まれた。
俺は俺に向けられる英介の口癖のような二文字が、好きなのだ。
そんなタカが発する稀少な言葉は、どれも正直だ。
プレッシャーに怯えたこと、下を向きかけた気持ち、チームが勝利したことへの安堵と喜び。
タカのヒーローインタビューはかっこよくないけれど、とてもとても真摯だ。
定型文を切り貼りしたような器用な言葉じゃない。
俺に対してもそうだ。
思ったことだけを口にする。
だから、タカの言葉には信頼性があるのだと、先輩たちは言う。
俺もタカの言うことはなんだって信じるけれど、一つだけ、信じられないこともある。
うたた寝から覚醒したら、目の前にカメラがあった。
あ、と声がして、カメラが離れていく。
「撮った?」
「……撮った」
タカは正直に告白し、俺の機嫌を伺うような視線を寄越す。
映画好きなタカが、自分でも綺麗な景色を切り取りたくて凝りだしたカメラ。
レンズを向けられるのは、景色だったりチームメイトだったり、俺だったり俺だったり。
被写体になるのには慣れているけれど、
「寝顔とか、勘弁してください」
「可愛いのに」
「自分で責任がもてない顔してるので」
「可愛いのに?」
「見せてみろよ」
消すから嫌だとタカはカメラを引っ込める。
「自分の寝顔見てかわいーなんて言い出したら終わりだ」
タカはカメラを遠ざけながら、もう片方の手で俺の頭を撫でる。
タカのアルバムを盗み見たことがある。
恥ずかしくて最後のページまで捲ることができなかった。
カメラから逃げようと枕に顔を埋めてもう一度昼寝の体勢に入ったら、ピラリと足元から毛布が捲られた。
間髪入れずにカシャリとシャッターの音。
蹴り上げてやろうかと思ったが、カメラを壊しても悪い。
膝を折って丸くなって無言の抗議をしていると、足首を思わぬ感触が襲った。
人の商売道具を舐めるな。
怒鳴ってやろうと毛布を跳ね除けると、目の前にカメラじゃなくてタカの顔があった。
「かわいいな」
言いながら、俺の眉間の皴を伸ばす。
かわいいなんて、信じないし信じたくもないし。
でも俺は、タカがそれを言ってくれるのが好きだったりもする。
2005/03/06
タカの口癖のネタがなくてまいりました。