彼の事をきかせて10題
07:表情



 

江口英介の表情



 可愛いという評価と、かっこいいという評価が半々なんだそうだ。
 江口英介という男の評価は。

「高校の時に新聞部がアンケート調査したんですよ。人気投票でえっちゃんはダントツの一位で、その理由がかっこいいと可愛いで半分半分だったんです」
 友里ちゃんは俺にとって強力な相談者であり、同時に恐ろしい保護者でもある。
 本人不在の間にと、友里ちゃんはよく俺に昔の話をしてくれる。
「女の子を女の子としてじゃなくて、友達としか見ないから、仲良くできるし厭らしさがないでしょ。だから人気だけはあったなぁ」
 よくラブレターを預けられましたと彼女はおどける。
「浩二さんは、どっち?」
「……は?」
「えっちゃんはかっこいい? かわいい?」
 にっこりと、話題の人物と瓜二つの顔で笑う。
 そっくりなのに、そこに知的さを加えただけでこうも違って見えるのか。
 天使のような顔の向こう、ゆらゆらと揺れる悪魔の尻尾が見える気がする。
「半々、かな」
 正直な解答から逃げたと思ったのか、友里ちゃんは不満そうな表情を浮かべた。
 慌てて俺は付け足さなければならない。
「サッカー選手として尊敬もしてるしライバル視もしてるけど、やっぱり、たぶん、俺は他の人があいつを可愛いと思うよりもたくさん、可愛いと思ってるんじゃないか、なぁ」
 この理由は友里ちゃんを満足させたらしい。
「えっちゃんは、時々浩二さんに蕩けそうな笑顔を見せるもんね」
 目を細める。
 自分の頬が熱くなっているのを自覚した。
「友里ちゃんは?」
「私? 私はー、綺麗だなーって、思ってる。ガラスみたいに透明でキラキラしてるのに、絶対に壊れないの」
 子どもの頃から大事にしている宝物を披露するように、友里ちゃんは口唇に笑みを乗せる。
「でもえっちゃんは浩二さんのことになると、信じられないくらいに臆病になる」
 だから貴方の考えていることに確信がもてれば安心する。
 そこに居ると確認するだけでも支えになる。
 そうして無自覚に浮かぶのがあの蕩けそうな笑顔なのと、友里ちゃんは言った。
 ずるいと彼女は言う。
 熱くなっている耳朶を引っ張りながら、この恥ずかしい話題をどうしたら反らすことができるだろうと考える。
 必死で頭を働かせようとするのに、浮かぶのは英介の表情ばかりだった。


高山浩二の表情



 タカの父さんは、タカと似ている。
 似ているけどタカは日本男児って感じの硬いイメージで、タカの父さんはダンディというか、タカに比べると柔らかいイメージ。
 どこか食えない雰囲気も漂わせつつ冗談も口にして、表情も息子よりもずっと多彩だ。
 恥ずかしい口説き文句もさらりと言葉にする声は、一人息子とそっくりだ。
 電話で間違えたことは数知れず。
 そのタカの父さん……正一おじさんが出張で神戸に出て来た。
 ついでだからと試合を観戦して、一緒に夕食をとることになったのだ。
 が。
「ホラ、しっかり食えよ」
 正一おじさんは上機嫌なのに、隣のタカは珍しいほど露骨に不機嫌だ。
 不仲なわけじゃないけれど、どうもこの親子は顔を合わせると喧嘩腰になる。
 いや、喧嘩腰になるのはタカだけで、正一おじさんはその反応を楽しんでいる節がある。
 そういう親子のコミュニケーションなのだと、高山家の奥様は言うのだけど。
「浩二も食えよ。大きくなれないぞー」
 おじさんはひょいひょいと焼けた肉を俺の皿に、焦げた欠片をタカの皿に放っていく。
「これ以上……でかくなっても……、困るんだよ」
 ギリギリ奥歯を食い縛ってタカは放られた焦げの欠片をおじさんのお皿に返していく。
 おじさんの前だと、タカはちょっと様子がおかしい。
 幼い頃にお母さんと離れて暮らす覚悟を決めたタカは、お父さんとの二人暮らしでずっと過ごしてきた。
 一緒に不味い飯を食べてきた戦友のようなものかもしれないと、タカが言っていた。
「スタミナつけとかないと、ベッドの上で英介に馬鹿にされるぞー」
 ごつっと、掘り炬燵のようになっているテーブルの下で音がした。
 おじさんが、このクソガキがと唸る。
 タカは意図的な無表情を装っている。
 傍から見れば喧嘩か漫才だが、これが高山父子のコミュニケーション手段なのだ。
「お前、なんだかんだ言いつつ俺に似てるからな。惚れた相手の前じゃいいかっこしぃなんだよ」
「そうっすかねぇ」
 思わず呟いていた。
「……それって」
「かっこよくないってことか!」
 父子でワンセンテンスを完成させるが、父のニヤニヤ顔とは対称的に息子の顔は悲愴だった。
「そうじゃなくて、ガキっぽいことも言うから、いいかっこしいではないなぁと」
 慌ててフォローしなくてはならなくなった。
「ガキっぽいだってよ。愛想つかされないようにしろよ」
「親父こそ油断しないことだな。お袋の今度のドラマの共演者、男前だぜ」
「瑠璃子は男を顔で選んだりしない」
「あぁそうだな。親父みたいなの選んだ人だもんな」
「浩二」
「あぁ?」
 やんのかコラ、というニュアンスでタカが返事をしたその口に、おじさんは炭と化したカボチャを突っ込んだ。
 反抗期の子どもみたいなタカの表情を引き出す名人は、やっぱり正一おじさん。
 ちょっとずるいと思うけど、俺はこの父子のコミュニケーションが嫌いじゃない。


2005/03/13
甘くいこうかと思ったのですが、第三者を絡めてみました。タカパパがけっこう好評なので、ちょこんと出してみましたがいかがでしょうか。高山家の話とかいつか書きたいです。

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