友達以上恋人未満、という関係はそのあたりにごろごろしている、とユーキは思っている。
ユーキは男女の友情は成立すると思っている派で、友達の彼女を交えたグループで遊びに行くことも多々あった。
ユーキは悩む。
江口友里。
彼女との関係が果たして友情だけなのか、それとも以上で恋人未満なのか。
尊敬する先輩の妹は、その兄が時折見せる小悪魔的な面をより強烈に持っていて、だからと言って悪女っぽくもなく、すなわち魅力的な女性だった。
そんな彼女とお友達になって、彼女がスタジアム観戦する時に兄の番号ではなくユーキの番号の入ったユニホームを着るようになり、メールをして電話をして、彼女が神戸まで出てきたときには一緒に遊ぶようになった。
お互いに恋人と呼べる相手もおらず、お互いが最も親しい異性であって、一緒にいることが心地よい、だけどそこにあるのが恋愛感情なのかどうかを確かめることはあえてしないでいる。
これぞ友達以上恋人未満。
今も電話を切ったばかりだ。
仕事で少しだけ嫌なことがあったのだと彼女は珍しく愚痴をこぼし、ユーキはそれを不器用な相槌で聞いていた。
電話を切る直前に、彼女がポツリと言った。
『もうちょっとだけでいいから、近くにいられればいいのにな』
ここはどう答えるべきなのか、二人の距離をはかるのに手間取っていると、彼女は兄によろしくと言ってさっさと電話を切ってしまった。
可愛い顔して姿勢はクールで、サバサバしている彼女にしては珍しい弱音を聞ける間柄。
男らしく想いを告げるべきだったか、いやいや彼女が弱っているところに言うべき言葉じゃないぞ。
携帯電話を握り締めて悶々としていると、部屋のドアがノックされると同時に開いた。
「わりぃ、ちょっと匿って」
こそこそと入ってきたのは英介で、
「誰から匿えって話ですか」
矢良ドクターの魔の手から匿ったとなれば共犯扱いになる。
問えば、
「野獣の欲求から」
相棒の高山が夜のラウンドの臨戦態勢を整えているらしい。
今日はその気じゃないから逃げているのだと言う。
本人にその旨を伝えれば無理強いをする人でもないだろうにと言えば、自分が流されるから駄目だと惚気が返る。
まぁ好きにしてくださいと伝えると、ベッドに転がった。
「友里から電話あった?」
英介は友里とユーキが親しくなった時に、お互いにこれが最後の恋になると予言した人でもある。
自分の前でべたべたするのは癪に障るが、大人びた妹と弄られキャラの後輩の仲を応援してくれている。
「ありましたよ。なんか、少し元気がないみたいでした」
「ふーん。お前、それ聞いてやったの?」
「聞くだけっすけど」
「ならいいよ。あいつ、今頃ちょっと元気になってる」
双子のようによく似た兄妹の、兄の予言は真実味がある。
ふっと胸のつかえがとれて、ユーキも元気になる。
「匿う代わりに、足、貸してください」
「あし?」
「ペディキュア塗る練習台っす」
友里の理想の異性というのが、彼女の足の爪に丁寧にペディキュアを塗ってくれる人なのだそうだ。
お洒落をする前の足を晒して、綺麗になるための手助けもしてくれる。
あるがままの自分、努力する自分、そういうものを受け入れてくれる相手という意味かもしれない。
そんなエピソードと、釣りが趣味の寮生がルアーの塗装用に使っていたマニキュアをユーキに差し出してくれたのは高山だった。
それ以来、暇なチームメイトを見つけると、気持ち悪がるところを説得して練習台になってもらっていた。
英介は事情を察してにやりと笑うと、ベッドに腰掛けてずいっと足を突き出してきた。
華奢に見えてパンっと張った筋肉の隆起が見える黄金の右足を借りる。
「友里の足はほっそいけどな。爪は似てるかも。普通の人よりデカイ」
確かに、英介の爪は手も足も大きめで綺麗な楕円形をしている。
半分ほどに減った桜色のマニキュアをペタリと塗りつけると、英介が微かな笑い声を上げた。
「昔、友里にもこうやって塗られたなー。キラキラする石みたいなの貼られたりして。ちょっと動いたらすげぇ怒るの。そんで喧嘩になったりしてな。あいつに泣かれたら俺の負け」
「……泣くこととか、あるんですか?」
「あるよ。泣く時はなー、ぶわーって、子供みたいに泣くの」
お前はまだまだ見られないだろうけどな、とシスコンの兄は優越感を丸出しにする。
ちょっと、むっとした。
彼女の泣き顔とか、そんなの全部預けてもらう日は意外と近いかもしれないんだぞ。
そう思いながら、ペタリペタリと桜色を塗りつけていく。
「だいぶ上手に塗れるようになったじゃん」
「練習しましたもん」
「あんまり上手でも誤解を生むかもよ? ユーキくん、慣れてるなーって」
「……それも、困ります」
「面白いなぁ、お前ら」
上機嫌の兄上は、わしゃわしゃとユーキの髪の毛をかき乱した。
兄貴風を吹かせるような仕草だが、嫌いではない。
からかってみたり手厳しいことを言われはするが、認めてもらっているのを感じるし、見守っていてもらえているのだと思えば心強くもある。
知らず、ユーキの頬が緩む。
そこにノックの音が飛び込んできて、さきほど英介がやって来た時のように同時にドアが開く。
「英介いるか」
顔を出したのはやはり高山で、英介の素足を抱えるようなユーキの体勢を見て、表情を凍らせた。
やべぇ、と英介までもが呟いた。
「もらっていくぞ」
低く短く告げた高山は、ずけずけと大またでユーキの部屋に入り込み、英介を抱き起こす。
お姫様だっこではなく、肩に担ぎ上げるようなそれに目を丸くしていると、男の嫉妬は醜いだとか勝手すぎるんだとか、事態を悪化させるような罵声を英介が吐いて、嵐のように二人は去った。
残されたユーキは、恐怖と緊張で早まった自分の鼓動を聞きながら、いつかあの無邪気な先輩たちにノックの仕方を指導してやろうと心に決めるのだ。
2006/1/8
焦る男と言えばユーキかなと。成人の日に大人になりたいと思う若手の話。