引退という言葉を、スーツを着てマイクの前で口にした。
引退会見というものを、してしまった。
反響はものすごいものがあって、お疲れさんという声の中に、まだやれるだろという声も混じった。
まだやれる。
だけど、もう満足することはできない。
衰えた肉体を実感し、経験ではもう補えるものはないとも思った。
スパイクを脱ぎますと言わなければ。
そう思い始めて一つのシーズンを過ごした。
その間に何人もの若手が頼もしい成長を見せていく。
そんなことが、背中を押した一つの理由になった。
プロとして、最後のピッチ。
入場するのに足が震えた。
まだここに立っていたいと叫びだしそうだった。
それも試合終了後のセレモニーで大勢のサポーターの前でスパイクを脱ぎ、妻と娘から花束とねぎらいの言葉をもらう頃にはおさまっていた。
ありがとうと、スタジアムが言葉をくれる。
スポーツ選手には二度の死が訪れる。
そのまさに一度目の死の、最後の最後の瞬間はこんなにも幸福なものなのかと、感情は溢れて涙になった。
サンクスランへと促される前に、ドクターとして第二の人生を歩み始めたチームメイトが肩を叩いた。
「おつかれ」
顔にタオルを押し付けられる。
「おつかれ、イチ。……ありがとう」
手の中の大切な宝物を見せてくれるような、そんな声だった。
大事に大事に紡がれた言葉だった。
掛けられた、その短い言葉を一生忘れない。
腹に響く何万人の声も、仲間の一人がくれた言葉も。
最後の夜のこの感情を、脱いだスパイクの代わりに携えて生きていく。
2006/1/17
切ないけれど、清々しい。