車を降りると、真冬の冷気に襲われる。
運転席のドアを閉めた高山が背伸びをする。
深呼吸するその吐息が白く染まっていた。
一月の日本は、当然だが寒い。
つい先日までハワイで羽を伸ばしていた身には、この寒さは沁みるようだ。
年明けムードも収まってきた一月中旬。
優勝旅行から帰国した英介と高山は寮で荷物をまとめ、虹明寮に一時の別れを告げた。
二人の実家までの道のりの半分を過ぎたところで高速道路のサービスエリアに滑り込んだスカイラインは、老体を休めてしばし休息する。
「タカ、コーヒー奢っちゃろ?」
「おう、サンキュ。俺、そのへんブラブラしてるから」
「んー」
「変なのに絡まれるなよ」
余計な心配をする高山に向かって、英介は蹴りを入れる真似をして自動販売機に向かう。
家に帰って親孝行のつもりでだらだら過ごして、たまに地元の友達と遊んで、それからタカと遊んで、今年は早めに自主トレに入ろう。
家族も連れて行って、ちょっとした旅行をしてもらえたらいい。
オフの予定を頭の中で描きながら、英介は高山のためのブラックコーヒーと自分の分の紅茶を買う。
熱い缶を取り出すのに手間取っていると、すみませんと声を掛けられた。
「江口選手でしょ? ファンなんです。握手してもらえますか?」
若い、大学生くらいの男だった。
“ファン”と自称する割りには、緊張した様子も喜んでいる様子もない。
ビジネスライクな印象すらする。
差し出された手を握ると目だけが笑い、力が加えられるのを感じた。
握った手を男の方へと引き寄せられる。
強引な力が入るのをいち早く感じ取った英介は、反射的に下半身に力を入れて相手の方へ倒れこむのを踏ん張った。
同時にワンアクションで手を振りほどく。
「応援してくれて、アリガトウ」
口元を歪めて笑みを作ると、背中を向ける。
男はポカンと口を開いたまま、それを見送っていた。
なめんなと、背中を向けた英介は小さく舌を出す。
プロスポーツ選手にしては小さいし、体つきだって細い方だ。
小さい頃からそれでずいぶん甘く見られてきた。
今ではそれを逆手にとれるだけの度胸と力を得ることができた。
でも、握られた手が気持ち悪い。
妙な欲望を意図して触られるのは、受け入れ難い気持ちがあれば誰だって不快なだけだ。
あぁ、ちくしょう。
サービスエリアに設けられた英国風庭園で屈伸をしている大きな体を見つけ、英介は早足になるのを自覚した。
英介に気付いた高山が、ストレッチを止めて英介を見下ろす。
「何かあった?」
「なんで」
「眉間にすっげぇ皴が寄ってる」
大きな手が伸びてきて、眉間に触れる。
目と目の間、急所となる場所に前置きなしに触れられても、高山の手ならちっとも怖くないのに。
「絡まれたろ。変なのに」
頷くと、苦笑される。
「過剰防衛になってねぇだろうな」
「握手して、引っ張られただけだし。踏ん張ったし、別に何もされてないし、してない」
それなのに、声が拗ねたようになる。
自分の力、特に腕力を見誤られることを嫌う英介にとって、変な奴に絡まれるからと付いて回られるよりは、信じて放っておかれる方が嬉しいのは確か。
でも、相手の心配なんてしなくてもいいじゃないかと思ったのだ。
何かされなかったか、とか聞いてみればいいのに。
過去に痴漢に蹴りを食らわして前歯と肋骨をへし折った自分の前科など棚にあげ、英介は胸の内で愚痴る。
親友でチームメイトという関係だった時代を色濃く残す恋人同士は、なかなかそういう駆け引きが難しい。
信じていて欲しいし、過剰な保護の手なんか自尊心を砕くだけだ。
だけど、かまって、心配して欲しい。
相反する感情のバランスを、英介はまだ上手に保てないでいる。
どっちの手と尋ねられるまま、握手を交わした右手を差し出す。
ぎゅっと、高山の手に握りこまれた。
体に見合って、高山の手は大きい。
あやすように握った手を軽く上下に揺らされると、さっきまでの不快感が和らいでいくことに気付く。
ちくしょう。
口唇を噛むと、高山は穏やかに笑う。
「お前、シーズン終わると気持ちが弱るな」
「そんなことねぇよ」
「あるよ」
「ねぇ」
「あるって」
あるかもしれない。
シーズン中なら、あんな些細な出来事気にもしないでいられるのに。
握ったままの英介の手を、高山が持ち上げる。
手首を掴み直し、口元に持っていかれる。
音を立てたキスを手の平に一つ。
オフになると気持ちが弱るという高山の指摘は、図星かもしれない。
「お前は、なんでオフになると強気になるんだ」
そして英介の負け惜しみは、高山にとっての図星だ。
一息ついた高山のスカイラインが高速道路を降りる。
インターを降りてすぐ、二つ目の信号を右に曲がれば英介の実家へ向かう道で、左に曲がれば高山のマンションに辿り着く。
一つ目の信号に引っ掛かり、高山がゆっくりとブレーキを踏む。
「……」
そこで言いかけた言葉を、英介は飲み込んだ。
高山の視線がこっちに向けられた気がしたが、気付かないふりで久々の故郷の風景を眺める。
信号が青になり、また車が動き始める。
あと、700メートルで最後の信号、分かれ道。
言うなら今しかない。
「今日さー……、タカんち泊まってもいい?」
返事は、無言のままの車線変更だった。
左折レーンへと滑り込んだ車は、最後の信号に引っ掛かる。
「家、電話しとけ」
そして高山は、短い言葉を口にした。
頷いて、携帯電話を操作する。
呼び出し音を聞きながら、なんだか朝帰りの了承を得るようで恥ずかしいなと思った。
数回の呼び出し音の後、電話に明るい声が出る。
『はい、江口です』
「友里? 俺、だけど」
『えっちゃん? 今、どの辺? 今日、すごいご馳走だよ。早く帰ってきなよ』
無邪気な妹の声に、罪悪感が込み上げた。
助けを求めるように高山を見ると、ハンドルを切りながら、「帰さないからな」と言われた。
いつになく真剣な声色に、背中がさざめく。
「……あー、あの、さぁ」
『あれ? 今日、浩二さんトコ行っちゃう?』
兄のほんの僅かな逡巡で全てを読み取ってしまう妹に、英介はうーと妙な唸り声を上げた。
『その可能性もありと踏んで、下準備だけにしてあるから。ご馳走は明日にするわ』
何もかもお見通しか。
『明日にはちゃんと帰ってきなよ。勲ちゃんも明日帰ってくるって言ってた』
「うん。母さんと父さんに、ごめんって言っといて」
『わかった。あ、明日は浩二さんもうちおいでってさ。伝えといて』
「ん。サンキュ」
バイバイと言って電話は切られた。
携帯を閉じる音がやけに大きく響く。
なんとなく、車内の空気がいつもと違う気がする。
重いのではなく、濃い。
おかしい、と英介は頭をかいた。
数十分後に辿り着くであろう高山の部屋で、適当にDVD見て寮でそうするようにくだらないことを喋って、眠りにおちる。
ほんの少し抱き合って、キスをして。
そういうプランを描いているのだけれど。
この車内の空気はそういう方向に向かいそうにない。
「……あのさ」
「なんだよ」
「馬鹿みたいだと思うんだけど、聞いていい?」
「おう」
「さっきの俺の発言ってさ、ひょっとしてさ、誘ってるってヤツだった?」
「……」
また信号に引っ掛かる。
英介の決心を鈍らせようとしているのか、それとも固めようとしているのか。
高山は無表情にシフトレバーを動かして、ブレーキを優しく踏む。
車が完全に止まってから、はぁと溜め息をつく。
「お前がそんな高度な誘いかけてきたら、引く」
「どういう意味だよ?」
「薫さんとか富永さんの入れ知恵じゃねぇかと疑う」
「だから、どういう意味……」
「誘惑されてるんじゃないってことは、よくわかってるって意味だ」
シフトレバーから離れた手が、英介の頭を小突く。
「そのへん警戒されると、やりにくい」
英介にはやはり意味がわからない。
しかし問いただすのも危険な気がして、夕食はどうするかと話題を変える。
なんか適当にあるだろうと言う、適当な返事は普段通りの高山の声で少しだけ安堵する。
帰さないと、言われた。
あんなのドラマのセリフだと思っていた。
自分に向かって放たれたセリフは思った以上に凶暴で、英介の調子を狂わせていた。
英介と同じ土地で生まれ育った高山は、小学校高学年の時の両親の離婚を機に関東へ引越し、そこで高校時代までを父親と過ごした。
高校卒業後、神戸RCの独身寮を塒として過ごしている内に、いつの間にか父親は広島に戻ってマンションを買っていた。
ある年の夏の休暇、帰省のつもりで関東のマンションに戻ると、既に別の家族が住んでいた。
魂消た高山が父親の携帯電話にかけると、自分の実家が広島に移動していた事実を聞かされた。
我が親ながら馬鹿じゃねぇのかと心底思った、と高山は言っていた。
そんなとんでもない親子が自分達の帰る家としたのは、かなり立派なマンションだった。
英介の実家よりは都会で、立地条件もかなりいい。
部屋には何度か英介も行ったことがあるが、高山の生活の拠点は神戸だから物もほとんどない。
ベッドと時計と暇つぶしに買っては放っていく雑誌が数冊。
あとは関東の家から勝手に荷造りされて運ばれてきた、高校の頃まで使っていた教科書やらアルバムやら何やらがダンボールに詰め込まれたまま放置されている。
オートロックを解除してエレベーターに英介を促すと、お邪魔しますと他人行儀な挨拶をして靴を脱ぐ。
「親父さん、今日いる?」
「さぁ?」
英介とは違い、高山は滅多に父親に電話をしない。
帰省のことも伝えていないのかもしれない。
そして父親の方も気にしていないのだろう。
関心がないのではなく、便りがないのは元気な証拠を地でいくのだろう。
灯りがついていないところを見ると、どうやら父親は留守らしい。
「いつ来ても綺麗にしてあるよな」
「週一でハウスキーパー頼んでるんだよ。あの親父に家事ができるか」
車のキーをダイニングテーブルに放り投げ、卓上にあった白い紙に気付いた。
出張中、と単語だけが書かれたメモはいかにも父らしい。
それも使いまわしのようで、端が日に焼けている。
メモがあるだけでも上等だ。
「親父は出張だって」
ソファーで欠伸をしている英介に告げると、大変だねと言う返事。
「寝る?」
「まだそんなに眠くない」
「……じゃあ、別の意味で」
「別の意味……って」
解説を求めようとして自分で気付いた。
背伸びをするのに天井へと突き出した腕が、ゆるゆると降りていく。
「だって、さっき、車ん中で……、言わなかったっけ? あれ?」
「あれはあれ。英介、お前、変に察しようとか思わなくていいから」
英介はわけが分からないと首を傾げる。
「背伸びして言葉の裏探らなくていいし。俺、そういう気分の時はストレートに言うか、襲うから」
「襲うって……」
「ハワイで、俺、けっこう重いこと言ったけど、まぁ、本気なんだけど、それに縛られたりしなくていいから。お前はお前らしくいて欲しいってこと」
つい一週間前のこと。
一線を越えたとはいささか表現が古典的で、肉体関係と言えば生々し過ぎる。
とにかく高山は、男どころか女の子でさえもまだ触れたことがないと言う英介の肌を堪能し、その内部にまで踏み込んだ。
我ながらベタだとは思うがハワイで迎えた初夜に至るまでには、気が遠くなるほどの長い道のりだった。
まずは自身初のハットトリック。
そして、年間優勝。
振り返ってみれば、チーム得点ランキングで3位、チームアシストランキング一位と、自分でも信じられないくらいの好成績が残ったシーズンとなっていた。
そうして人参を目の前にぶら下げられた馬車馬の如く働いて、年棒も大幅アップで一発契約サイン。
そんな怒涛のシーズンの果てに、高山は英介と甘い一夜を過ごし、気障だなと自覚しながらも用意していた指輪を左手薬指におさめることができたのだ。
しかし、一週間程度の旅行中、英介にセクシャルな意味合いを持って触れたのは初日の夜程度。
その後のハワイ滞在中、ビーチサッカーに二人して嵌ってしまった。
チームメイトやその子ども達を交えて連日美しいビーチでサッカーを楽しみ、時に海に飛び込む。
ある意味では祝勝旅行を満喫したのだが、初夜を迎えたばかりの恋人同士が過ごすリゾートとは掛け離れすぎていた。
せっかくの同室も甘いムードになる前に、日中のビーチサッカーの疲れが出て早々に眠りに落ちるのでは意味がない。
広いベッドで二人して眠るのは心地よかったし、何よりプレッシャーのない遊びのサッカーにチームメイト達と没頭できたのは、サッカー小僧達にはたまらないものがあった。
自分達らしいと言えば、とても自分達らしい南の島での日々。
そして初めて抱き合ったあの夜にしたって、甘さよりは男気が勝る出来事だった気がする。
高山が約束を守ったことで、英介は自分のしたいしたくないと言う意思を確かめるよりも先に、自分も約束を果たさなければとある意味義務感を持って挑んだ節がある。
ビーチサッカーに夢中になった日々同様、そんなハワイ初日すら自分達らしすぎて笑えて来る。
重要なのは第二戦だと、高山は思っている。
約束を守るためではないセックスをしたい。
だからと言って焦るつもりもない。
言葉巧みに英介に雰囲気を嗅ぎ取らせるのは、まだまだ先でいいとも思っている。
初心で鈍くて、サッカーのことしか頭にない英介が好きなのだから。
ビールでも飲むかと、ソファーの上で顔を赤くして困惑している英介に尋ねれば、いらないと小さな声での答えがあった。
そのかわり、と改めたように少しボリュームが上がる。
「タカ、は、……したい?」
瞳が揺れているように見えるのは、潤んでいるせいだろうか。
「俺、ほんとに経験ないから、どうしていいのかわかんねぇし。タカはそういう経験あるから、俺が気付いたりするの待ってくれてるんなら……、それはなんか、フェアじゃない気がするし。嫌な時は嫌って言うから、何も言わずに我慢されるの……、ちょっと、不安」
うわ、と高山は口元を覆った。
感動したのと嬉しいのとで、だらしなく口元が緩みそうだった。
強い英介に憧れて、羨望して、好きになった。
だけど、こうして自分の目の前で晒される英介の不安そうな表情にも、ドキドキする。
「言うなら、我慢せずにちゃんと言えよ」
この手の話をするのは苦手なくせに、目を逸らさずじっと高山を見上げて言い募る。
経験も知識もセオリーも知らないくせに、一生懸命考えてくれている。
英介は健気だなんて言ったら、チームメイトには揃って首を捻られそうだけど、実は健気なんだと、俺だけが知っているんだと自慢して回りたい気分だ。
「英介」
「……なに」
改めて名前を呼ぶと、英介は真っ直ぐに向けてきた目を逸らした。
声のトーンが落ちて不機嫌に聞こえるが、ただの照れ隠しだ。
「抱きたい」
もうこれ以上なくシンプルな言葉。
英介はまるで熱湯を浴びせられたように真っ赤になった。
顔を背けたまま、見逃すかもしれないほどかすかな動きで頷いた。
半年振りに明かりを点けた自分の部屋は、相変わらずの殺風景だった。
換気をしなければと思っていたのだが、そろそろ息子が帰省するからと父親がハウスキーパーに掃除を頼んでいたのかもしれない
ガチガチに固まって動けないでいる英介をベッドに横たえさせると、きょろきょろと視線を彷徨わせるくせに、高山と目は合わせない。
「そんなバリバリに緊張されると困るんだけど」
英介の感情は周囲と巻き込む。
つられて緊張してしまいそうで、だけどそうなるわけにはいかず笑ってしまうと英介は眉をひそめただけで反論も抵抗もしなかった。
苦笑しながら覆いかぶさると、怯えたような観念したような表情で英介が高山を迎えた。
これから高山が自分になにをするのか、それが英介自身をどうしてしまうのか、一度経験した英介にはわかってしまっている。
それが余計に羞恥を煽り、英介の体を内側から焼いていく。
高山は英介の額にあやすように口付けてから首筋に顔を埋め、頚動脈に舌を押し付ける。
明らかに早い鼓動が感じられた。
ふ、と溢れた吐息を噛み殺そうとした顎に力が入ったのもわかる。
ベッドの上で相手の筋肉や筋、骨格の動きなど気にしたこともなかったが、英介のそれらの動きは何故か目につく。
普段のトレーニングや練習で散々目にするせいだろうか。
上半身の動きや下半身の重心の置き方を観察し、動きを読み取る。
どこへ動き出そうとしていて、どこでボールを欲しているのか。
英介が体全体で伝えてくる意思を、高山はできる限り正確に読み取る。
職業病のようなものなのか、高山は私生活でも英介の体の動きを観察し読もうとする。
それは他のどのチームメイトや同業者でも同じだが、英介の動きは他のどの存在よりもしっかり見ているような気がする。
その見慣れた体が、ベッドの上だというだけで色っぽく見えるのは欲目のせいか。
「……ふ、ぁ」
赤くなっている耳たぶを舐め上げると、体が少し浮き上がった。
着込んだパーカーやらシャツやらを剥ぎ取って、一番下に着ているTシャツは胸の辺りまでたくし上げた。
露わになった腹部はほどよい筋肉がついているのだが、どうもその胴回りが少し細くなっている気がする。
年中穿いているジーパンのウェストがかなり緩い。
「痩せた?」
「ん……? あー、オフになると、いっつも落ちる」
太りにくく筋肉がつきにくい体質の英介は、体作りに苦心している。
自主トレは欠かさないとは言え、オフになればシーズン中の運動量から比べれば圧倒的に体を動かす機会は減る。
それがここまで露骨に影響するものかと、細くなった気がする英介の胴回りを手の平で確かめた。
張りも硬さも変わらない気がするが、やはり細くなっている。
「本当に、お前って体作ってるんだな」
「そうよ、大変なのよ」
しみじみ呟いた高山に、英介は頬を膨らませる。
「プロテインとか好きじゃないけど、頑張って飲むし」
「薫さんに怒られるからじゃないんだな」
「それもあるけど、自分のために頑張ってるの。タカみたいに天然モノじゃ……、ない、から」
語尾が途切れ途切れになったのは、高山の手が感触を楽しむように腹部をゆったりと撫でたからだ。
さっきまでは性的なニュアンスを感じさせなかったのに、同じところを同じ手に触れられて、感じ方がこんなに違うなんて。
ただでさえ緩いウェストが更に楽になる。
高山がジーパンのボタンを外したせいだとわかっていても、抵抗できなかった。
「恥ずかしい?」
「……なんか、よくわかんなくなった」
さっきの会話で緊張が飛んでしまったのだろう。
強張っていた表情も和らいできた。
高山の手が頬を撫でると、安心したかのようにほっと息をつく。
凍りついたようだった体がふわりと溶けていく。
伸ばした英介の手は、するりと高山の広い背に回った。
後頭部に回った手に促され、口唇を触れ合わせる。
情事に及んだのはあの一夜のみだが、キスだとかハグならもう数え切れない。
誘われるまま近づいた高山の顔が角度を刻む。
英介はほんの少し顎を持ち上げて、口付けを甘受する。
「コレは好き」
もう一度と自分から首を伸ばして、音をたてたキスを。
「セックスは?」
「……自分で自分のことコントロールできなくなるのが、怖い」
長い睫毛が瞳を隠す。
「どこまでが俺なのか、わからなくなるのも怖かったよ」
元に戻れなくなりそうで。
英介は不安を吐露する。
「やめとく?」
「慣らしてみれば?」
気遣いは無邪気な言葉に蹴散らされ、高山は喉を鳴らして唸った。
何か警告めいたものを言いかけて、やはり思い直して結んだ口唇を英介のそこへ押し付ける。
緩いジーパンのウェストに手を差し入れて腰骨まで手を下ろし、そこからまた胸の突起へと綺麗な肌を撫で上げる。
シーズンの最中には次から次へと浮かび上がる痣も、今は全て綺麗に消えている。
胸元で弛むTシャツを脱がせ、高山も着込んでいた服を脱ぎ捨てていく。
最初の夜、自分に覆いかぶさってくる大きな体を見て、ついつい負けん気を燃やして剣呑な眼差しを向けてきた英介だが、今日は緊張と期待を込めた眼差しで見上げてくる。
素肌を触れ合わせると、少しだけ温度差のあるぬくもりが伝わってきて心地よい。
あちこち摩って撫で回して、英介が猫のように目を細めて気持ちよさそうな表情を見せてくれるのが、高山にとっても気持ちいい。
柔らかい胸の突起を舌で覆うように愛撫すると、英介がくっと口唇を噛んだ。
それを解こうと舌を伸ばすと、甘く噛み付かれる。
「いひゃい」
「余計なことすんな」
「余計なことって」
「女の子と勘違いしてんじゃねぇぞ」
「被害妄想だな」
言いながら噛み付けないほど深く口唇を合わせると、抗議するように髪の毛を引っ張られる。
それも数秒のことで、すぐに英介の手は高山の肩に縋ってくる。
好きすぎて怖いのだと、最初の時に英介はポロリと涙を零した。
不意にあの涙を思い出し、高山は体の芯がざわりと揺れるのを感じる。
不穏な揺れを押さえ込みながら、高山は愛撫の手を下降させていく。
鎖骨を噛んで、ほんのり色づいた胸の突起をもう一度口に含む。
「ぅあっ、んんっ」
今度は甘ったるい声が上がり、英介が膝を折って体を縮めようとする。
体を捩ろうとする度に、皮膚の下の筋肉が伸縮する。
口唇を離すかわりに指で愛撫を続け、高山は視線を英介の表情に向ける。
快楽に戸惑いつつも流されかけている表情をじっと見つめていると、ふっと濡れた瞳が現れた。
「……っ」
ただでさえ赤い顔を更に羞恥に染め上げる。
耐え切れないといった様子で高山の目元を両手で覆う。
「なに?」
「最悪! お前、本当に趣味悪い!」
「なんで」
「うるさい、馬鹿! 見るな!」
浴びせられる罵声にも羞恥が滲んでいる。
高山は笑いながら英介の手首を捕らえ、ベッドの上へと縫いつける。
クリアになった視界の先では、英介が茹で上がっている。
表情がくるくる変わる英介ではあるが、こんな風に恥ずかしがる顔を見るのは高山くらいかもしれない。
「なんで? 俺に見られるの、恥ずかしいか?」
いつも見てるのにと加えれば、状況が状況だと常識を説くように言われた。
「恥ずかしいとかそういうの、俺だってタカ相手に思いたくないけど恥ずかしいもんは恥ずかしい」
普段、何の気負いも緊張感もなく傍にいるからこそ、余計に恥ずかしい。
拗ねたようにそっぽを向いて、目を合わせようとはしない。
負けず嫌いの英介はどんな時もまずは視線を合わせてくる。
普段ならその視線に打ち勝とうとするので精一杯だが、こうして意地になったように逸らされると高山の中には余裕が生まれてくる。
背けられた顔の頬に口唇を寄せると、ぎゅっと目を閉じてしまう。
薄っすらと滲んだ涙を舐めて鼻筋を辿り、耳朶を舐めた。
掴んだ手首は抵抗することもなく、指先が時折ピクリと震える。
大きくて人をやたら惹き付ける瞳が羞恥に濡れて戸惑う様を観察してやろうとも思ったが、わざと視界に入り込んで色気なく喚かれるよりは、目蓋を固く閉じてでも快感に揺れて無意識に物足りなさを訴えてくる方が煽られる。
肝心な箇所に触れてこない曖昧な口づけに焦れ、英介が僅かにもがく。
「……っ」
睨みつける目的で開かれた双眸は、高山の目と合った途端に慌てたように俯いて伏せられる。
「英介」
声を潜め内緒話のトーンで呼べば、英介はおずおずと視線を合わせてきた。
ぐらぐらと揺れている英介の瞳に、高山は満足そうに笑う自分の顔を見た。
だらしなく緩んだ顔ではあったけれど、嬉しそうだなと我が顔に対して思ってしまう。
少し顔を傾けて、ゆっくりと口唇を重ねる。
何かを噛み締めるように顎に一瞬力を入れた英介はすぐに強張りを解き、全てを委ねてくる。
「どうした?」
煮るなり焼くなり好きにしろと言わんばかりの変化が可笑しくて尋ねれば、
「好き、だから、いいのかなって」
委ねて晒して暴き合っても。
囁き声の回答にそのつもりはなくても、高山を急かす。
性急な手つきで肌を撫で回し、口付けをして痕を残していく。
「や……っ、タカっ」
英介は貪るような動きに一瞬怯え、自由になった腕を高山の背中に回して縋りつく。
どうされれば気持ちが良くなるのか、これから高山がどんな目をして自分を抱くのか、その一端を英介は既に経験してしまっている。
恐怖と緊張と羞恥、それに期待もある。
いつも理性的な男が見せる正反対の面にも興奮する。
わけがわからなくなって乱れても泣いて怖がっても、最後にはあやすようにキスをして優しく抱きしめてくれるから、安心感もある。
高山浩二のどこが好きかと尋ねられても、英介は上手く答えることができない。
漠然とした想いを言葉にするのはとても困難だ。
だけどベッドの上でなら、英介はその問いの答えを表現することができる。
言葉ではなく、広い背中に回す腕の力で、彼の熱を受け入れるという行為で。
タカのぜんぶがすき。
それは高山だけに伝わればいい。
体中にキスをされるのが好き。
噛まれるのも、痛いって文句言うけど本当は好き。
耳元に荒くなった息が聞こえてくるのも好き。
体の中を探られるのはまだ怖いけど、際どいところを撫でられるのはゾクゾクする。
全部伝えることはできないから、零れる声や表情から本音を拾い上げてと願う。
そして高山は願ったとおりにしてくれるから、ますます好きになる。
離れることが怖いと思う、絶対に誰にも渡さないと思う。
肌を重ねる二度目の夜は、最初の夜よりもずっと複雑なことを英介に考えさせる。
結局は、好きだと、単純な結論しか出ないのだけど。
口唇を指で辿られる感触に背中が浮き上がる。
人差し指を含まされ、舐めてと促されるまま舌を絡めて赤ん坊のように吸い上げる。
チラリと見上げた高山は楽しそうな笑みを浮かべながら、三本に増やした指で英介の舌を摘んだり歯を辿ったりと悪戯を繰り返す。
飲みきれない唾液が溢れるのに戸惑って身じろぎすると、指を引き抜かれた。
手で拭おうとした英介より先に、高山の舌がべろりとそこを舐めあげる。
恥ずかしいと感じる間もなく、足の付け根の更に奥へ濡れた指が触れた。
「ぅあっ」
思わず声を上げると、宥めるようなキスが降ってくる。
手馴れた仕草は英介を翻弄するが、同時に僅かな嫉妬心をつつく。
芽生えたそれは体の内側へ入り込もうとする指先に弾かれて、消えていく。
「……っ、ふっ、く……っ」
体の力を抜かなくてはいけないとわかってはいても、緊張と羞恥で体は言うことを聞かない。
それすら察して高山は英介の口唇をキスで解き、呼吸を促す。
詰めていた息を吐き出すと、それを見計らったように長い指が滑り込んできた。
「気持ち悪い?」
「ん……」
「もうちょっと、我慢して」
髪の毛を梳く仕草はどの瞬間よりも優しくて、悲しいわけでもないのに涙が出そうになる。
あやすキスは余裕に見えるけど、時々のぞかせる眉をひそめた表情が彼も切羽詰っているのだと伝えてくる。
不快、というかなんというか。
奇妙な感覚をどうにかしたくて目の前の体に縋り付いて、折り曲げた足を絡める。
「……英介」
ぎゅっと擦り寄ると困ったような声で名前を呼ばれた。
何だろうと思っていると、昂ぶり始めた下肢が直接触れ合って思わぬ刺激に一際大きな声が出た。
同時に高山が唸るから、それにも感じて一気に体温が上昇する。
「……今、の……、きもちい……ぃ」
後ろへの曖昧な刺激をはぐらかしたくて素直に強請ると、高山は望んだように体を摺り寄せて熱が集中している場所を触れ合わせる。
「ぅあ……っ、ふっ、……ぁあ」
ぬるっと、不意に触れ合うものの間に粘液を落とされた気がして視線をやれば、卑猥に絡まるそこが濡れている。
どちらのものも先端から蜜を溢れさせていて、それが擦れあう度にぬちゃっといやらしい音が聞こえてくる。
英介は慌てて目を閉じた。
目を閉じたからといって音を遮断できるわけではないと教えるように、高山の口唇が耳朶に触れてそこを舐め上げる。
「うー……、も、やらしい」
呻くような英介の声に、高山が笑いながら指を前後に動かす。
前と後ろと同時に刺激され、更にはいつになく悪戯な口唇が囁いたり舐めたり噛んだりと忙しない。
竦む体は固まる端から溶かされて、もう体に力が入らない。
中をかき混ぜるような動きは段々と大胆になって、不快感が薄らいでいく。
月の綺麗な夜に一度だけ体験した行為を連想させるように高山の指が出し入れされ、この先に生じる感覚を知ってしまった英介の体はどんどんと熱を帯び甘く溶けていく。
とろとろと溶けて流れてもう自分に戻れない錯覚に怯え、英介は高山の背中に爪を立てる。
「英介」
「……ん」
「いい、か?」
「ん」
切羽詰った顔をして請われれば、頷くしかない。
音を立てて目尻に口付けられて、気をそらされているうちに足を大きく開かされる。
忘れかけていた羞恥が一気に押し寄せてきて、英介は高山の首元に顔を埋める。
「は……っ」
体をじわじわと貫かれる衝撃と痛みは、無我夢中で応じた最初の夜よりも鮮明に感じる。
けれどこの先に快感があると知ってしまった体は、そこを目指して変化していく。
体の中に滑り込んでくる刃がおさまり、高山がついた満足そうな溜め息が耳をくすぐった。
声もなく震える英介の頭を撫でながら、高山はしばらくそのままの状態で待ってくれる。
高山の背中には汗が滲んで、回した手が滑りそうになる。
「……汗腺開きすぎ」
思ったことをそのまま言葉にすると、ふっと高山が噴出した。
その振動が刺激になって英介が喘ぐ。
「色気がないんだか、あるんだか」
「んんっ、な、に?」
「なんでもない」
苦笑した高山の手が髪の毛から離れて腰を抱く。
「……動く?」
撫でてくれていた手の支えをなくして、英介はシーツに頭を乗せる。
「少し。痛い?」
首を横に振ると、躊躇うように高山が視線を彷徨わせる。
「平気」
そんな躊躇いは、熱をもった指先で高山の頬を撫で鼻を軽く摘んだ英介の囁きに打ち消される。
「痛かったら言って。気持ちよくなるように、するから」
高山は腕に抱え込んだ英介の体を上下に揺らす。
「ふぁっ、ああ……んっ」
僅かな動きのはずなのに、体感する振動は脳を揺さぶるほど大きく感じる。
体が軋むような痛みは覚悟していた以上の早さで遠ざかり、濡れた音や高山の呼吸が思考を支配する。
英介の体が柔らかく解れるのを待って高山が腰を引けば、ずるっと体の中を熱くて固い存在が滑る感覚に英介の背中が反る。
高山の背中から離れた手は、もがくように頭上へ伸ばされシーツを掴んだ。
上半身が少し離れて動きやすくなった高山が大胆な抽挿を始めて、英介は左右にゆるく頭を振って過ぎる快感を逃がそうと試みる。
それで薄れるはずのない強烈な体感に涙が溢れて、それを拭う指や舌にも感じてしまう。
過ぎる快感が怖くて伸ばしていた腕を引き寄せる。
シーツがズルズルとマットから外れて、英介はそれを手繰れるだけ手繰って顔を隠そうとする。
その手を高山は掴んで、再び顔の両脇に押し付けた。
今度は手首を掴むのではなく、指を絡めて。
「感じて、全部見せて、聞かせて」
口唇を触れ合わせた距離で囁かれ、もう本当にどうにかなってしまいそうだと英介は震える。
もっと優しくして欲しい、もっと甘やかして、もっと気持ちよくして欲しい。
そうしてドロドロに溶けてしまった体を、好きなように作り変えてもらいたい。
欲深い思いを声には出せず、英介は絡めた指に力を込めて与えられる快楽を貪った。
律動を再開した高山の動きが激しすぎて、繋がりが解けてしまいそうになる。
強い快感からは逃げたいけれど、離れてしまうのはもっと怖くて、英介は必死で高山の体に足を絡めた。
音を立てて楔が体の中を出入りする。
高山の動きは容赦なく力強く、絡めた英介の足が彼の動きを制限することはない。
刺激に喘ぎながら見上げた先、獲物の肉を引きちぎって租借する猛禽類のような険しい顔をした男がいて、けれどその眼差しの奥には英介を蕩けさせるような甘さがある。
一度、捕らわれてしまうと逃げられない。
「……た、か」
切れ切れの声は小さく、聞き取りにくいのに、
「ん?」
ちゃんと拾い上げてくれる。
「気持ち、い?」
その瞬間、中に含んだものが大きくなったようで、英介は甘い声を上げてしまう。
言わなくてもわかるだろうと言う顔をして、高山は握った手を解いて英介を縛り付けるように抱きしめる。
「ん……」
肌を摺り合わせるようにされて、英介が喉を鳴らす。
「っ、すげ、かわいい」
高山も別の意味で喉を鳴らして頬を寄せ、体をゆする。
「あっ……あ、あぁっ!」
全部晒して、恥ずかしいところも見せて、声も聞かせて、もう隠すことなどないのだと体に教え込まれる。
生来の意地っ張りである英介の心を開かせて、本音を引きずり出す。
英介が声を上げるにつれて、高山の呼吸も大きく乱れる。
恐怖を上回る愛しさが溢れてきて、それを伝えたくて英介の腕が高山の背中をかき抱く。
体が密着すると、二人の体の間で高ぶる英介の性器が擦れて蜜が零れた。
「……っ、俺、も、限界。いい、か?」
乱れた声で問われ頷けば、高山も限界だったらしく揺さぶりは激しいものになる。
まだ後ろへの刺激で快感の全てを得られるわけではない。
英介が感じきっているのは、きしめる腕の強さと自分を揺さぶる力と、その存在に。
首筋を噛まれた。
喉仏を食むような愛撫に、体は竦み降伏する。
びくびくと痙攣する体が濡れていく。
本能も理性も食い尽くされる。
恐怖でしかないはずの空想。
だけど自分に牙をたてるのが高山であるのなら、それはとても嬉しいと、弛緩した獣の体を抱きしめながら英介は思った。
セックス直後にキスをするのはよくないと、英介はパジャマのボタンを留めながら思う。
戯れのような軽いキスを繰り返しているうちに結局2ラウンドに突入して、解放された頃には足腰が危うい状態だった。
最初の時は記憶も朧だったのだが、二度目の今日はベッドでの行為を鮮明に思い出すことができて居た堪れない。
風呂に入るというと一緒に入ろうかと言われたが、意地を貫き一人で入った。
汗やら何やらでドロドロだった体はさっぱりしたが、だるさが残る。
それと、気恥ずかしさも。
今更何を照れる間柄でもないけれど、高山の顔を見ていると時々妙に甘ったるい気持ちになるのは自分らしくない。
風呂から上がった自分に湯冷めするからと彼のブカブカのパーカーを被せられたり、髪の毛を乾かされたり。
自分でできると言いたいのだけど、それより先に伸びてきた手の心地よさについ委ねてしまうのだ。
それだけでは悔しいので、風呂から出た高山の髪の毛は英介が無理矢理乾かしてやった。
短くて硬い髪の毛はあっと言う間に乾き、ドライヤーのスイッチを切ったところで二人の腹が鳴り出した。
冷凍ご飯を顆粒の鶏がらスープでコトコトと炊いた粥に、ツナ缶にゴマ油としょう油を垂らしたものを添えて、簡単な夜食を作る。
英介がしたことと言えば、ツナ缶を開けただけだが。
黙々と熱い粥を口に運びながら、消費したエネルギーを取り戻す。
サッカーとセックスの似ているところは、汗をかくことと腹が減ることだ。
「あちっ」
とりとめのないことを考えていると、高山が舌を火傷したらしい。
英介が視線をやると、顔を顰めながら舌を出した。
その仕草が幼くて可愛くて、英介は笑い出す。
気恥ずかしさが薄らいだ。
乱れたシーツはいつの間にか取り替えられていて、そのベッドに二人して潜り込む。
高山の長い腕はすぐに英介を捕らえて引き寄せ、抱き枕のような体勢に持ち込まれる。
強引だとも、ガキっぽいとも表現できる仕草を見せられると、仕方ないなと言う気分になってしまう。
いつも見上げる位置にある顔が同じ目線にあるのは新鮮で、英介はこうして高山と一緒に転がるのが嫌いではない。
大きな手が頭を撫でて、髪の毛に指を絡める手遊びを繰り返す。
甘い戯れは、英介のプライドを傷つけることがない。
それが、我ながら不思議だと英介は心の中で首を傾げる。
ふと、高山が息を飲んできつく抱きしめてきた。
「……なに?」
急な抱擁を受け入れながらどうかしたのと問えば、なんでもないと落ち着いた声が返事をした。
耳を擽った満足そうな溜め息に、英介は応えるように高山の体に寄り添う。
抱擁の動機が“恋しさ”であればいいと、願うように思った。
この存在が、彼を喜ばせるものであれれば良いと。
「俺が、オフになると気持ちが弱くなるのはさ」
「……うん」
「サッカーがなくなって、タカが一番になるから、かも」
「嬉しいけど、それって俺が二番手ってことだろ。微妙」
「言ったじゃん。同率首位なんだって」
「やっぱり複雑だ」
自然と苦しいほどの抱擁を解いて、お互いの表情が見える程度に距離をとる。
ポツリポツリと始まったピロートークはやがてサッカーの話題になっていく。
ハワイで過ごした日々からこの蜜のような夜のために学んだことなど何一つなく、学習したことと言えばビーチサッカーの面白さとボディバランスの重要性。
そのうちにトロリとした眠気に飲み込まれて、眠りについたのはどちらが先だったか。
英介の記憶には、暗がりに慣れた視界の中で眠そうに欠伸をする高山の姿が。
高山の記憶には、同じく眠そうに目元を摺る英介の姿が映った。
夢に見るのはおそらくは君のことだろうと、その日最後に思ったことはそんなことだった。
“恋人”であることにはまだまだ不慣れなのはお互い様だけど、もう離れられないと思う気持ちもお互い様なのだと、痛みを伴う自覚をした夢の中にはきっと君が出てくる。
笑って、手を差し伸べて、その手を繋いで。
君を恋しいと思う、夢を見るのだ。
2006/10/06
初夜も萌えるシチュですが、二度目ってのもいいよね、と思うのですよ。