エフハリスト、アテネ



 ワールドカップが世界最強チームを決める大会であるために設けられた年齢制限は、サッカー選手にとっての五輪の意義をより深いものにした。
 二度目の五輪のなんと遠いことか。
 オリンピックを目指して結成された年齢制限のあるチームは、四年に一度の祭典を終えるともう二度と集まることはない。
 この夏はもう二度となく、その記憶を塗り替える術もない。
 屈辱を晴らすことも、栄光の数を増やすことも出来ない。
 五輪へのチケットを得る条件から、俺達はやがてはみ出すのだ。


 誰もが劇的、歴史的だと称する勝利を勝ち取った次のゲームが、これまた褒め称えられるような勝利だとは限らない。
 誰もが言葉を失うような、甘口な解説者さえもフォローできないほどの惨敗かもしれない。
 天を仰ぐしか出来ない惜敗かもしれない。
 勝利は積み重なり、敗北は刻み込まれ、次の世代へと引き継がれていく。
 俺達が、前の世代から悔しさと約束を受け取ったように。
 終わったのだと、チームメイトは自分の手を見つめた。
 そこから零れ落ちたものの感触を、思い起こすために、じっと、手を見る。

 大会が始まってから初めての雨の日が、俺達のオリンピック最後の日だった。

 『アテネの雨はしょっぱいですね』
 目があった日本人にそう呟いた。
 帰国してからテレビで見た五輪ハイライト特集で、このセリフが名言として放送されていて、苦笑した。
 たった一週間ほど前のことが、もう思い出になっている。
 国内リーグは既に始まっていて、

 夏は、
 ゆっくりと秋に掻き消されようとしている。
 この夏が、
 思い出になってしまう。
 歯痒いような心地良いような、感じたことのないほど穏やかな恐怖を覚えた。


 すっかり遅れてしまった墓参りをしてこいと、チームから半ば命令を下されて帰郷した。
 大会中、地元は大いに沸き、『応援する会』なんてものも開かれて、真夜中の試合中継を見守るために大勢の人が小学校や公民館に集まったらしい。
 その様子も、ハイライト特集で見た。
 揺れる日の丸、真剣な眼差し、はにかみながら挨拶した父親の表情、一喜一憂の悲鳴と溜息。
 アテネとは違う熱気に包まれた故郷も、今は元通りの時間の中にある。
 愛犬の散歩途中に顔を合わせた近所の人達は、頑張ったわねと背中を叩いてくれた。
 中には涙さえ滲ませるおばあちゃんもいて、幻だったのではと思うほどの速度で過ぎた二十四歳の夏が現実だったことを思い知らされた。
 アテネとは遠く離れたこの地にも、オリンピックは確かに訪れその記憶を残していた。
 そしてそれは、この日本に限ったことではなく、俺達に敗れた幾つかの国の上にも、優勝を飾った国にも同じようにあっただろう。
 五大陸の輪が交わって、一つの象徴を創り上げる。
 その意味を、俺は日本という小さな国に帰ってから思い知った。
 俺達だけの夏じゃなかった。
 選手だけの夏じゃなかった。
 平和を願う人の、大切な大切なお祭だった。
 スポーツによる喜びや悲しみに、心を震わせる祭典。
 俺の残した結果は惨憺たるものではあったけど、悔しさ一色でこの記憶を塗りつぶしてはいけない。
 世界の壁を感じただけの、多少の手応えを得たというだけの、サッカーの成果を得ただけの大会にしてはいけない。
 一度、二度とこの大会が開催されることの奇跡。
 その奇跡の中にいたことを、俺は忘れない。
 アテネの夏を。
 オリンピックの熱さを。
 世界の体温を。
 日本から送られつづけた声援を。
 喜怒哀楽を曝け出しあったチームメイトとの友情を。
 監督の涙を。
 故郷に帰ったオリンピックが見せてくれた、厳しさと優しさを。 

 届くだろうか。
 日本からでもこの声は。
 この小さな声は。
 オリンピックを生んでくれたあの場所に、届けたい言葉がある。

 Efcharisto、Athens!!


Efcharisto(エフハリスト)はギリシャ語でありがとうの意味です。スペルとか使い方は、自信ないです。すみません。
アテネオリンピック2004閉幕SSです。
サッカーは残念な結果になってしまいましたが、日本のメダル獲得数は過去最多。参加国も過去最多。たくさんの感動シーン、涙のシーンがありました。でも世界のたっくさんの国の人が一つのイベントを創り上げて、それに参加し思いを馳せるって凄いことだなぁと改めて思います。四年に一度の祭典は、歳を重ねる毎に面白くて感動が強くなります。
個人的に印象的だったのが、開幕式で五輪旗を持った出演者が過去の開催地のテープを貫いて走る演出です。第一次世界大戦、第二次世界大戦に躓いた五輪旗が2004年アテネのゴールテープに辿り着くというシーン。もう二度とそういうことがないように。そして、次回にはより多くの国が参加できますように。
もう一つ素敵だなって思ったのは、最後の競技の男子マラソンで乱入者によってトップから三位に落ち、それでも笑顔でゴールテープを切ったブラジルのデリマ選手です。会見のコメントも素敵でした。すごいなぁって思った。走り続けることは苦痛だったかもしれないけど、ゴールの瞬間や表彰台で見せてくれた笑顔はとても素敵でした。あれがオリンピックスマイルだよね。
次の北京でも素敵な笑顔がたくさん見れたらいいなと思います。ありがとう、アテネ!!

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