2004アテネオリンピック 出場決定記念SS
Go For 2004!



 ライオンの赤ん坊によく似ている後輩が、一人前の顔をしてピッチに立っている。
 エースナンバーの背中が、上下に揺れていた。
 アップで映し出された英介が、ふっと動き出す。
 素早い動きにカメラは追いつかず、滴った汗の煌めきだけをとらえてピッチ全体の画面に切り替わった。

 もう一人のチームの後輩は、横顔を映された。
 寡黙で表情を変えない高山が、手を叩いて声を上げている。
 腕を伸ばして指示を出し、視線を巡らせた。
 外見は肉食獣のくせして、視野は草食動物と同じ広さを持つ司令塔は、今日は一列下がって舵取りを任されている。
 出場停止と負傷した選手が監督の描いたプランを僅かに歪めた。
 苦肉の策に守備的ポジションに入った高山は、決してユーティリティではないがボランチの経験はある。
 守備を意識して上がりが少なくなる傾向はあるが、舵取りのための声を前へと飛ばした。

「悪くない」
 ワールドカップはサッカー界の最大のイベントだが、オリンピックも同等の盛り上がりを見せるサッカーの祭典だ。
 ワールドカップの価値を維持するために儲けられた年齢制限は、五輪への道をより熱望させる。
 巡ってくるチャンスは僅かだ。
 チャレンジできる回数も、期間も限られる。
 だからその分、逃したくないと言う想いは強くなる。
 悪くないとシビアに呟いた声の主は、巡ってきたたった一度のチャンスを逃したメンバーの一人だった。
 あと一歩。
 あと一点。
 あと、一蹴。
 その差で、その年の夏を激しい焦燥と羨望を抱えて国内で過ごすことになった。
 男が見守る今年の五輪最終予選の最終戦。
 泣いても笑ってもこれが最後。
 そんな言葉の意味を身をもって経験した男の視線は、ピッチの上のヤングブルースから一時も離れない。
 選ばれる可能性をもつ世代でありながら、予選メンバー招集から零れた若手選手は静かに闘志を秘めた双眸で試合を見つめている。
「タカ、右! 右つかえ!」
「森田、アピール! 遠慮なんかするな、最後だぞ!」
 神戸から、この声は届くだろうか。
 全国から、声は届いているだろうか。
 俺は聞こえたと、男は寮にのこるチームメイトの姿を見ながら思う。
 聞こえたはずだ。
 聴覚なんかよりも、ずっと深いところで。
 たぶんそれは魂で、聞いていた。
 狭い日本だけど、国立とは遠い場所から上がる声を。
 いつも一緒にプレーしている後輩達を画面越しに見るのは、少しだけもどかしい。
 体力的には限界に近いだろう。
 真剣な顔の裏に、濃くのこる疲労の影がある。
 それでも彼らは走る。
 切符は、たった一枚だ。
 掴みたいと国立のスタンドが訴えている。
 ベンチが映る。
「……古屋さん……っ」
 白髪の増えた監督の横顔だった。
 8年前の予選も率いた男を、今回の代表に起用することに意見は分かれた。
 リベンジをという声。
 また突破できないのではという不安の声。
 協会の後押しを受けて再び五輪の重圧の中に戻ってきた。
 8年前、自分は彼を大舞台に連れて行くことができなかった。
 寝食をともにして苦しい予選を戦い抜いて、誓い合った予選突破。
 叶えることができなかった。
 神戸RCから選出された高山と江口は寮を発つ前に、監督を胴上げしてきますと言ってくれた。
 あと何分でその約束は果たされるだろう。
「ロスタイム……、2分!」
 心臓が破れてしまいそうだった。
 ざわざわと胸の中に風が吹いている。
  早く。
    早く。
       早く。

 この数分後、自分達はサポーターを項垂れさせた。
 数分後の自分達の状況を、スタンドの声を想像する。

 実況が声を嗄らし、解説者も冷静さを忘れる。
 一つの国が熱狂するか、落胆するかを左右するボールの行方。
 23対の瞳がそれをひたと追う。
 ピッチのど真ん中。
 足下にボールを受けた英介が勝負を仕掛けた。
 くるりと小さな体がターンする。
 すいっと抜け出た体が、前傾した。
 かわされた相手が伸ばした手がユニホームの袖を掴む。
 レフリーが両手を広げてプレーを流すジェスチャー。
「よし!」
「いけ、英介!」
「打て!」
 お前達を見守る視線は、五万なんてものじゃない。
 祈りの気持ちは、半端じゃない。
 我が事のように悲鳴を上げ、拳を掲げ、声を振り絞る姿に応えて。
 背負わせるにはあまりにも大きな期待と夢。
 だけど、お前達は希望だから。
「行ってくれ!」
 ユーキが体を震わした。
 この春の夜の、夢。
 叶えられるのは、深い青色のユニホームを纏うことを許された若者達だけだ。
 英介の足が、前へと進む。
 伸びたユニホームが相手の手から放れた。
 振り切って前へと。
 最後の一枚のディフェンダーに真っ直ぐ突っ込んでいく。
 ヒールやフェイントの小技もない。
 まっすぐにスピード勝負。
 打つ、とチームメイトとしての感覚が知らせる。
 力を溜めた英介の体がシュート体勢に入る。
 スピードをそのままボールに託すようなフィニッシュ。
 みんなが息を飲んだ。
 夏に用意された大舞台。
 そこに降る喝采が聞こえた。
 苦難の先に、もう見えてもいいはずだ。
 この国が果たす、幾度目かのオリンピックへの扉が。
 ボールが描く放物線は限りなく直線に近く、飛んだ。
 幾万の夢を背負い

「……っ、行け!」

アテネへ

五輪の炎は還る

世界が平和に還るように願いを込めて

アテネへ

彼らは夢を繋げるために

アテネへ、飛ぶ



U-23、アテネ五輪アジア最終予選ごくろうさま!!!おめでとうでありがとう!!!
勢いのままに書きました。
いろんな想いを背負って、アテネに行け!

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