2006独W杯記念企画
FEVER PROJECT


四年に一度のW杯。
当サイトものっかっていきます、ということでインタビュー企画に続き開幕SSです。
期待、緊張、不安、歓喜、それぞれに背負って挑む一ヶ月。
一つのボールの行方をみんなで追っかけましょう!



Opening



 この青は重過ぎる。

 スタジアムを埋め尽くした人の重みと熱気で、コンクリートが溶かされて頭の上に落ちてきそうだ。
 酸素を圧縮して、呼吸すら困難にさせるような錯覚。
 歴史を重ねすぎた大会の意味はあまりに深い。
 その舞台に、自分が立つ。
 欠片も想像できずに迎えたワールドカップ初戦。
 時間を巻き戻すことが出来たらどんなに楽だろう。
 逃げ出したい。
 ネガティブ思考はぶっちぎる。

 ロッカールームのチームメイト達は、各々に臨戦態勢に入りつつある。
 音楽を聴く者、本を開く者、最後の戦術確認をする者。
 高山はどの方法もとることができず、ただ俯き、自分のスパイクを見つめるだけだった。
 空気の振動を感じる。
 スタジアムがキックオフを待ちわびて武者震いしているようだ。
 その振動が、高山の気持ちを揺さぶる。
 武者震いとは対極の震えが、体の芯を揺さぶる。
 それを抑えたくて、慎重な呼吸を一つ。

「緊張してんの」
 疑問系ではなく断定を含んだ英介の声がして、俯いたままの頭に手が触れた。
 下向きの視界に黒いスパイクが見えた。
 ソールの赤色がちらりと見える。
 スポーツメーカーに勤める彼の兄が開発に携わったスパイクだ。
 地元では彼の友人達が主催したパブリックビューイングが開催されるらしい。
 英介は期待されることを苦痛としない。
 自分は、期待されるようなサッカーをしてこなかった。
 自己満足に浸りながら繰り返したリフティングやパスの軌道が、いつの間にかこの国のサッカーファンを沸かせる道へと繋がっていった。
 罰当たりだと罵られても、それは事実なのだから仕方が無い。
 応えたいという気持ちはある。
 期待に応えたいと思うあまり、自分のためのサッカーができなくなる。
 そこが問題なのだと、大会前の選手分析で散々話題にされてきた。
 そんな欠点を重々承知しつつ、監督は最も重要な初戦の先発に自分を起用した。
 もうやるしかないのだと何度言い聞かせても、過去に何度も重圧に潰されてふかしたシュートが脳裏に再生される。
 視界が狭くなり、チームの動きが見えにくくなる。
 システムの中心を任されるには致命的な欠点だ。

 弱い自分を振り切りたい。
 痛む胸に酸素を送り込み、顔を上げた。
 深い青色のユニホームを自分のものとしたストライカーが、ギラギラした目で自分を見ていた。
 鼓舞する声が上がる寸前までは、どこか呑気な様子で雑談に興じていたのだが、スイッチを入れていいと言われてアドレナリンを分泌させ始めたらしい。
 いつもの明るく真っ直ぐな江口英介が、好戦的で不敵な一面を見せる。
 口も雄弁ではあるが、それ以上に感情を反映する瞳の色が違う。
「やるしかねーぞ」
 大きな声で背中を叩くわけではない。
 英介の抑えた声音は逆に、高山の奥深くで顔を上げたいと願う闘争心を撫で刺激する。
 スタジアムを支配し、高山のサッカー人生に圧し掛かるこの重いものを、力に換えることができたらどれほど心強いだろうか。

 動かされてみたい。
 鈍い音を立てながら、高山の中で何かが変わる。
 緊張や重圧が溶けて、何か別のものを形作ろうとしている。

 その兆しを見たのだろう。
 英介は目を細め、ロッカーの両脇に手をついて体を屈めた。
 驚く間もなく顔を接近させた英介は、高山に口唇を押し付けた。
 触れるだけではあったが、妙に熱い口付けに呆然としていると、
「伝染った?」
 触れたばかりの口唇よりももっと熱そうな瞳で、真っ直ぐに高山を見つめてくる。
 ニヤリと笑うわけでも、からかうでもない。
 軽く固めた右手の拳で、高山のユニホームのエンブレムを打つ。
「期待とか責任とか歴史とかもココには含まれてるけど、ライン超えたあの四角形の中は、俺達がサッカーする場所だ。やるしかねーぞ」
 もう一度、静かな口調、しかし熱い声音で彼は促す。
 今の彼を少年のようだと形容するのは難しい。
 たくさんのものを背負い、戦いに挑む男の顔をしている。
 口付けは、恋人としての高山浩二に与えられたのではなく、ピッチ上の相棒としての高山浩二に与えられたのだ。

 信じている。
 待っている。
 お前のアシストを。
 だから見惚れている場合じゃねぇぞと、その存在で示される。
 確かにキスは、英介の闘志を伝染させた。
 今の英介が求めるのが、フットボーラーの高山浩二であるのなら、自分はその役割を全身全霊で全うするしかない。
 俯いていた顔を上げた。
 曲げていた背中を伸ばした。
 右手を上げる。
 手の平に、英介の手の平が打ち付けられる。
 パァンと小気味いい音がロッカールームに響いた。
 背後で別の手と手が打ち合う音がする。
 試合前に打ち合う手の平は、どんな時に交わす握手よりもしっかりと結ばれる。
「右、気をつけてな」
「うぃー、声出していこー」
「こまめに水分補給しとけよー」
「行こう! 集中して!」
「カウンター注意ねー」
「初戦重要よー」
「挑発のんなよー」
「いけるぞー、強いぞー、このチーム強ぇぞー!」
「気持ち気持ちー!」
「いこーぜー!」
「みんなで行くぞー!」
 手を叩きあい、声を掛け合い、ロッカールームが震え始める。
 組んだ円陣から放たれた声が、頭の芯をしゃんとさせる。
 打ち合う手の平、叩かれる背中や肩に感じる痛みが力になる。
 ロッカールームの扉が開く。
 廊下を歩き、選手入場口の前へ整列しながら時を待つ。

 声が聞こえる。
 日本コールが遠く離れたこの国でも響く、その幸いと心強さが力になる。
 審判団が握手を交わす。
 前に立つ十一番が、大きく深呼吸をした。
 周囲のスタッフが時計に目をやる。
 間もなく、ファンファーレが鳴り響いた。
 その響きが、足元から脳天へと突き抜けた。
 手を伸ばし、英介のユニホームの裾を掴んだ。
 エースナンバーに口付ける、縋るような仕草をお守り代わりに顔を上げた。
 英介は振り返らずに、
「っしゃあっ、いくぞぉ!」
 一つ気合の篭った声を上げた。
 応え、進み出した列に続く。

 このスタジアムから発せられる熱の行方を作るのは自分達だ。
 自分達に用意された最高のステージ。
 歴史も責任も期待も後からついてくる。
 これから足を踏み入れるのは、サッカーをするだけの場所だ。
 そしてその先に、歓声を上げてくれる人がいる。
 笑顔で飛び跳ねてくれる人がいる。
 その奥で、歴史は自然と刻まれていく。

 スタジアムの心臓は、ここ。

 青いユニホームを纏った自分たちだ。



Kick Off……!!!


あまりに大きな舞台すぎて、上手く書ききれないのです。いっぱい書きたいことがあるし、表現したいこともある。期待を込めつつ、不安だってあるのが正直なところ。開幕SS楽しみにしていますというコメントを幾つかいただきました。このSSで皆さまの気持ちがより盛り上がることを願っております。

書きたかったのはロッカールームで恋人へではなく、相棒へキスをする英介。英介の背番号に縋るようにキスをするタカ。それから、ロッカールームで上がる鼓舞しあう声。

これからいよいよ始まります。
日本代表がどんな結果を残してくれるのか、楽しみすぎる。
この一ヶ月の祭典の結果を受けて、閉幕SSとかも書きたいなぁと思っています。
Fever Project続編はサムライ達にかかっております。

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