開幕後にもういっちょできちゃったSSです。
英介父視点の代表発表SS。
ちょい遅いかと思ったけれども、これを逃がせば四年後なのでアップアップ。
「それでは、ワールドカップメンバーを発表します」
そこに立つためにサッカーを続けてきたのかと言われると、それは少し違うのだ。
では何のためにサッカーをと問われれば、答えはひどく抽象的に膨れ上がって言葉にまとまってはくれない。
では、その大会の意味はと問われれば、「夢」というやはり抽象的な言葉だが、ともかくその一言に集約することができる。
現役時代に四年に一度の高いと巡り会う回数は、片手で数えるよりも少ない。
更に厳しい予選、同じように厳しい選手選考を勝ち抜かなくてはならない。
そして、自分のコンディションを大会に向けて整えていくことの難しさ。
まさに「夢」の舞台。
そこに立つことを許される23人の名前が、今コールされる。
『……高山浩二。……フォワード、江口英介……、』
淡々と読み上げられる代表選手名。
聞きたかった名前が二つ読み上げられた途端、社内からは歓声が上がった。
おめでとう、と肩を何度も叩かれる。
握り締めていた手を開くと、じっとりと汗ばんでいた。
息をつくと、それは自分の意思とは関係無しに長くて重い安堵の溜め息になった。
降り注ぐおめでとうという言葉に、ありがとうございますと答えた声が震えた。
江口英介と、監督が呼んだ。
自分がつけた名前が呼ばれたその瞬間、色んなことを思い出した。
第一子の出産から十年経っていたとは言え、あまりの悪阻のひどさに妻は、この子は手がやける子になるかもしれないと零していた。
出産予定日よりも二週間早くに外に出たいと彼女のおなかを叩いた彼は、安息の胎内から楽しいことも悲しいことも溢れた世界に飛び出した。
どこからそのパワーがわいてくるのかと不思議に思うほど、夜泣きが酷かった。
はいはいを覚えた頃は、あまりに動き回るので本当に片時も目が離せなかった。
活発な子になるんだろうと思っていたのに、人見知りが酷くて涙腺も緩かった。
甘えん坊で、知らない人の前に出されるとすぐに愚図って妻の背中にへばりついた。
妻に似た華やかな顔立ちは男の子にしては可愛らしすぎて、幼稚園ではガキ大将にからかわれては泣いて帰った。
駆けっこは一番のくせに、ちょっとからかわれるとすぐに泣き出す。
そして、サッカーと出会い、彼は歓びを知った。
泣かなくなった、強くなった、物怖じしなくなった。
だんだんと、周りが彼を認めていく。
才能や可能性を折られた十四歳。
彼を失うかもしれないという衝撃は、世界の全てを憎くませるのに十分だった。
あれほどの憎しみを抱えた夜はない。
立ち直れないほどに打ちのめされた親達を心配してくれたのか、英介は目を覚ました。
戻ってきてくれた。
それだけでいいと思った。
もう他に何も求めないから、彼が生きていてくれればそれでいいと思っていた。
リハビリ次第では、もうサッカーが出来ないかもしれないと残酷な宣告を受けて、十四歳の多感な心は混乱して悩んで、決断を下した。
もう一度、サッカーがしたい。
誰の言葉に身を委ねるでもなく、自分で下した決断。
掴みかけた夢の尻尾を、また一から追いかける日々は彼を苦しめた。
しかし、彼は苦しいとは一言も言わなかった。
どうしたのかと、問いただしたいような怪我をして帰ってくることもあったし、天真爛漫だった表情が曇る日もあった。
手を出したい、口を出したい気持ちを夫婦して牽制し合って必死で押し留めて、ただただ見守った。
潰れそうなほど辛いのならば、そっとその道から離れていくこともできるのだと伝えたかった。
親の心子知らず。
彼は厳しい道を歩いて、筋のない場所に道を作って、良き理解者を多く得て、再び夢の尻尾を掴んだ。
その彼が。
あの子が。
ボールを蹴り始めた物心つくかつかないかの頃から、大きくなったらワールドカップに出るのだと夢見た舞台に。
この幸運。
この幸福。
そして誇らしさ。
彼が産声を上げた明朝に覚えた幸せと同じくらい大きな興奮を、今また味わっている。
発表会見は終了し、ワイドショーでは解説者達がメンバーについての解説を始めた。
英介の評価は軒並み高く、スピードを生かしたプレー、そして精神的な支えであったりムードメーカーであったりといった役割も求めたいとコメントがある。
携帯電話が鳴る。
渦中の人物からだ。
『えーと、なんか、無事に選ばれたよ』
改めての報告に照れているのか、少し口調がぶっきらぼうになっている。
「うん、見てたよ。おめでとう。良かった」
『うん。良かった』
「頑張ったね」
本当に。
本当に頑張ったよ。
『これからだけどね』
思わず詰まった声は、現実的な返事にあしらわれた。
『母さんには、これから電話する。友里と兄ちゃん、どうしようか』
「電話してあげなさい。喜ぶよ。おじいちゃん達には母さんと父さんで連絡しておくから、英介は落ち着いてから声を聞かせてあげて」
『うん。これから会見があるから』
「そうか、忙しくなるな」
『うん』
「浩二くんにも、おめでとうって伝えておいてくれるか?」
『ん、言っとく。ごめん、仕事中に』
「ううん。ありがとう。本当に、良かった」
『うん。……あのさ』
「うん」
『あの、なんて言うか……。サッカーを、ね……? 続けさせてくれて、……、ありがとう』
スンと、鼻が鳴る音が聞こえた。
そんなのは卑怯だよ。
子どもが親を泣かすのは簡単なんだよ、本当は。
「……、何、言ってるの。英介が頑張ったからだよ」
『まぁ、それもあるんだけど、やっぱ。ここいらで言っとこうと思って。ってか、父さん、泣いてる? これ、母さんに言ったら母さんも泣く?』
「泣かしてあげればいいよ。わんわん泣きながら喜ぶ」
『うん。……まぁ、もうちょっと心配かけると思うけど、できるだけ喜ばせたいと思ってるから、頑張るよ』
「うん。怪我とか、気をつけて。頑張って」
『うん』
そうして電話は切れた。
苦しい思いをしたね。
悲しい思いもしたね。
その分、嬉しい出来事にも出会ってくれた。
そうして、優しい心を失うことなく育ってくれた。
これからだと君は言う。
これからが大変なのかもしれないけれど、父として、今の君に満点をあげたい。
だけど、これからなのだと君は言う。
過保護でどうしようもない僕たちは、君の親になれたことの幸せを噛み締めて、この六月を過ごそう。
どんな結末が待ち受けようとも、この六月は、忘れられない一ヶ月になる。
巻父を見ていて、書きたいと思っていた親視点の話です。