MISSION : Shake feelings.
「夏風邪ってな、馬鹿がひくって知ってるか?」
昴が差し出した体温計を受け取るなり、矢良は実に楽しそうな笑みを浮かべて言った。
答える気力もない昴は悪魔のような笑みを見上げるだけだ。
「本日のオールスターは欠場決定」
はぁ、と重い溜め息が矢良の背後から聞こえてきた。
ホテルに駆けつけた大会関係者の溜め息だったらしい。
年に一度のオールスターサッカーは、今日の夕方キックオフ予定だ。
J1チームを西と東に二分し、サポーター投票とJリーグ推薦で出場選手が決まるオールスター。
選ばれることは選手にとって光栄で、自信にも繋がる。
結果が公式戦に影響しない、言ってしまえばお祭りではあるが、白熱するのが毎年のことだった。
サッカーを純粋に楽しんでもらうための、リーグやカップ、チームを超えた一夜の夢。
神戸レインボーチャーサーからは富永真吾が選ばれていたが、練習中の故障が長引き既に出場辞退の意向が発表されていた。
代わりに同じチームの高山浩二が選出され、初めてのオールスター出場に珍しく表情を輝かしていた。
そしてもう一人。
サポーター投票での選出、しかも西軍の最多得票で出場が決定していたのが、片岡昴だった。
各軍、最多得票選手には主将を努めるという栄誉が与えられ、前夜祭のパーティーでもニコヤカに挨拶をかましていたのだが、一夜明けてこの有様だった。
「西のサポーター投票、次点が誰か知ってるか? これがまた、我らが江口英介よ。その差、五十票。神戸の穴は神戸で埋めると」
「俺が最も避けたかったアベック出場……」
「ひがむからだ。バチが当たったと思って、試合が終わるまで安静にしてろ」
「……薫さんは?」
「俺は今日の試合のドクターだもん。お仕事してきますよ。帰りに向かえに来るから」
「えぇっ、七夕イベントで一人きり……」
「お前には一人の時間も必要なんだよ。ま、ゆっくり休め。ほんじゃ、行ってきまーす」
ドクターにも人気投票があったのだろうか。
あったとしたら間違いなく一位に輝きそうな笑顔を見せて、矢良は無邪気に手を振って出て行った。
ちょうど七夕と重なったイベントでは、大型映像に選手が書いた短冊が表示されるらしい。
昴も自分の夢を短冊にしたため、提出した。
『もてますように』
単刀直入なその願いを見た大会運営側は苦笑しつつも、笑いは必要だからと受け入れたらしい。
あぁあと昴は溜め息を一つつき、目を閉じた。
祭りの喧騒は遠く、慣れない孤独感に戸惑う間もなく睡魔がやってきてくれた。
「うそん、なんでえっちゃんおるの」
試合前のミニ運動会が終了し、両軍選手がロッカールームに一旦引き上げてきた。
西軍の選手達も汗でしっとりとしたウェアを脱ぎ、キックオフまでの時間で体力回復を図っていた。
空調を効かせたロッカールームが開き見知った顔が現れた瞬間、水内純平は歓喜の声を上げた。
「うちのエースが夏風邪ひいたんだってさ」
呆れ顔でやって来た英介は、誰も袖を通していない背番号9のユニホームとキャプテンマークが置かれているロッカーに自分の荷物を放り込んだ。
「神戸から来たん?」
「ううん。試合観たかったから、昨日タカに引っ付いてコッチ来てたんだ。一気に試合モードだよ」
不意に口元を引き締め、ロッカールームに集った面々を見渡した。
西日本に根を張る計8チームから選出された選手達は、いずれもキャラもプレーもくっきり色のある選手ばかりだ。
「昴さんに代わって急遽キャプテン努めさせてもらうことになりました、江口です。よろしくおねがいしまっすっ!」
凛と声を張り上げ深く一礼した若いキャプテンに拍手が起こる。
片岡、富永と言うサッカー界全体から見ても人気のある選手に迫る勢いで、江口英介もサッカーファンから支持を集めている。
ファンだけでなく、最近は選手からも警戒されるフォワードとなった。
江口英介の突然の出場に異議はない。
「アベック出場なんてオールスター史上最初で最後だな」
ロッカーの隅で英介の挨拶を聞いていた高山に、そんな茶々がかけられる。
無表情でそれを聞き流し、高山は深い赤色の大会ユニホームに袖を通した。
「あー、めっちゃテンション上がってきた」
そんな高山の姿を英介の視界から隠すように、純平は長い腕を広げ英介に近づく。
「一年に一度の逢瀬やで。早ぅ高山となんて別れて俺んトコおいで」
純平の腕が英介の体に巻きつく寸前、パッカーンと小気味いい音が響いた。
「あいたぁ!」
純平が声を上げながら後頭部を押さえ、背後を振り返る。
コロコロと床に転がるのは空になったペットボトルで、何が起きたのかしっかり目撃していた周りの選手達の視線は、背中を向けて着替えている高山に向けられている。
「……なんやねん」
転がっていたペットボトルを拾い上げ大きな手の中で弄びながら、純平は低い声を発する。
普段明るいキャラクターで通っているだけに、ドスの効いた声色には迫力が出る。
それに臆す高山でもなく、
「でけぇ体でウロウロすんな。邪魔になる」
「俺のスマートボディにケチつけるんか。えぇ度胸やのぉ」
剣呑な視線が交じり合う。
一触即発のその空気に割って入ったのは、紅色のユニホームを着込み、腕にキャプテンマークをしっかり巻いた英介だった。
「うるっせぇんだよ! お前ら一緒のチームなんだからグダグダ言わずに握手でもしとけ! ピッチでちぐはぐなプレーなんてしやがったら蹴り飛ばすからな!」
見事な一喝に高山も純平も口を噤んだ。
「握手はどうしたよ?」
今にも黄金の右足が炸裂しそうな英介の態度に、一触即発寸前だった二人はぎこちなく手を差し出しあい、心のこもらない握 手を交わしたのだった。
そしてその日限りのチームメイト達は、自分達の頼もしいキャプテンの姿に一瞬心を奪われていた。
スタジアムのあちこちに用意された笹の葉が、僅かな風にも揺れて涼やかな音をたてていた。
短冊に書かれた夢や決意や願いを飲み込み、スタジアムは一旦明かりを落とした。
ターンと闇夜を切り裂き花火が上がる。
サッカー選手になりたいと、短冊に不細工な字で綴ったのは幾つの時だっただろうか。
ワールドカップに出たいと、増大した欲望を素直に書き綴ったのは幾つの時だっただろうか。
真夏の夜の夢を、掴もうと思ったのは。
幻になんてするものかと思ったのは。
幾つの時だっただろうか。
スタジアムに明かりが灯る。
夢の舞台をキラキラ輝く瞳にうつす子ども達の胸に、光りが弾ける。
天空では織姫と彦星の一夜の逢瀬。
地上では、最高のエンターテイメントの幕が上がる。
オーバーヘッドと言えば、跳躍力に定評のある昴の持ち技のようなもの。
その昴に捧げるかのような、若しくは見せ付けるような見事なオーバーヘッドにスタジアムは沸き立つ。
英介の小柄な体がクルンと宙を舞い、ボールがゴールネットに突き刺さる。
サッカーの面白さを伝えるためのプレーは、ファンをますます虜にし、そして新しいサポーターを生み出していく。
確信犯は拳を突き上げニヤリと笑う。
『な? サッカーって、ちょーおもしれーだろ』
そんな言葉が聞こえてきそうだった。
勝ち点を積み重ね、先を計算するサッカーもぴりぴりしていて好きだけど、その時限りの勝敗に力を尽くす、そういうサッカーも好きで、楽しい。
英介が感じている楽しさが、スタジアムに伝染する。
感情を揺さぶるプレーにスタジアムは盛り上がる。
「お見事」
熱でぼんやりする頭で昴はテレビ画面に向かって呟いた。
ガッツポーズを決めて、チームメイトの抱擁を受けるストライカーの映像の下のテロップが切り替わる。
短冊を模った枠の中には、選手達の今年の願い事が書かれている。
『僕のサッカーを観て、新しいフットボーラーとサポーターが生まれますように』
良かったと、昴は思う。
自分の代わりが英介で。
英介が、昴の夢を叶えてくれる。
オールスターに集う選手達が、叶えてくれる。
「さぁ、次はJ−WESTキャプテン、江口英介選手にお越しいただきました」
お祭りムードが最も強いのは、おそらく実況解説席。
ピッチ上に設けられたそれは、選手達を招きいれいつもと違ったトークを繰り広げる。
交代したばかりの英介は汗を拭いながら駆けつけた。
「おつかれさまでした! オールスターらしい、素晴らしいゴールでしたね」
へへ、とはにかんで見せた英介は、スポーツドリンクを一口飲んでから口を開いた。
「タカがいいクロス上げてくれたんで、半分は高山のゴールです。それに昴さんのためにも入れないとって思っていたんで、ちょっとほっとしてます」
「今日はその片岡選手に代わって、急遽の出場。しかもキャプテンでということだったんですが、どうでしたか?」
「や、もうラッキーって感じでしたね。やっぱオールスターは憧れの舞台ですし、出場できるのはすごく嬉しいです。急って言えば急な話でびっくりしたけど、シーズン中だしコンディション的には問題なかったです」
「今日のチームはいかがでしたか?」
「頼もしいですよ。週末になって対戦するのが怖いくらい。でも、俺らも同じように思われてるはずですけどね」
にっと白い歯を見せて、やんちゃ小僧のように笑う。
目の前のピッチでは、J-EASTの選手がドリブル突破をはかっていた。
「おいおいおいおい、純平とれよー」
英介がボールの行方を目で追い、放ったシュートが枠の上を大きく超えていったのを見届けると安堵の息をつく。
「ロッカールームでは水内選手と高山選手による、江口選手争奪戦と言う一幕があったとお聞きしていますが?」
「どっから聞こえてくるんですか、その情報。勘弁してくださいよー」
「お、否定はされませんでしたね。しかし、そんな水内、高山両選手も今日は守備の場面で素晴らしいコンビネーションを見せてくれています」
そんな会話もご愛嬌。
ピッチでは高山の足元から純平へとボールが回されていた。
「試合の方も気になりますが、神戸RCのチーム状態もファンにとっては気になるところだと思います。神戸は現在リーグ4位。まだまだ優勝圏内です」
「そうですね、これからの一試合一試合を大切に、着実に勝ち点3を重ねていくことが大事だと思うので、そのためにはまず得点しないと勝てないし、がんばります」
「仲が良いことで有名な神戸の選手ですが、選手同士の雰囲気はどうですか?」
「うーん、変わんないですね。練習後にはみんなで野球したり、飯食いに行ったり。富永さんと昴さんは相変わらず兄弟喧嘩してるし」
暴露話を一つして実況席を盛り上げる英介の隣に、大きな体がどさりと腰を下ろした。
英介が見上げると、懐っこい笑顔が向けられる。
「あ、またスペシャルなゲストが駆けつけてくださいました。J-EASTの高岡清二選手です。おつかれさまです」
「おーつかれーっす」
「隣には得点した江口選手がいますが、どうでした?」
「ははー、悔しいけど、ちょっと見事すぎて参りました」
大きな手が英介の頭を無遠慮に撫で回す。
「MVPとったら、飯おごってもらうことにします」
「なんだ、それ」
賑やかな実況席からは、選手交代の動きが見えた。
「高山選手が交代のようですね。高山選手も出場辞退した富永選手の代役としての出場でして、大会前には緊張しているとコメントしていたのですが、十分な活躍をしてくれました」
「でも絶好のフリーキック外しましたけどね」
「旦那さまの評価は手厳しいですが、会場からの拍手を受けて交代です」
歓声に手を振って応え、高山は交代直後のインタビューに答えている。
その口があまり動いていないことを清二がからかって、実況席はまた笑いに包まれる。
笑いに気付いた高山の視線は一瞬だけ実況席に向けられたがすぐにそらされ、ベンチへと足を進めた。
「浮気現場目撃されたみたい」
視線の動きを観察していた清二の冗談めいた茶化しも、今日の実況席では許されるらしい。
「後ほど高山選手にもこちらの席にお越し願えればと思うのですが、どうでしょうかねぇ」
「無理でしょー。あいつ喋らないから放送事故起こしますよ」
「言えてる」
辛らつな言葉の数々も仲が良いからこそ。
無礼講の実況席では、普段なかなか聞けない質問が飛び出してくる。
「海外からも注目を集めている江口選手ですが、海外移籍なんていうのはどうなんでしょうか?」
「話があれば行きたいと思ってますよ。僕のプレーを認めてくれて求めてくれるのが高いレベルであれば、それはサッカー選手として幸せなことだと思います」
「それで、恋人と離れてしまっても?」
際どい質問を口にした実況者の顔は、緊張で少し強張っていた。
もしかしたらこの質問一つで、祭りのムードが壊れることになるかもしれないと心配しているのだろう。
英介は笑ってみせる。
「プロとしてサッカーできる時間は短いですけど、アイツとはその先もずーっと一緒にいられるでしょ? だからたぶん、平気なんじゃないかな。寂しいって思うだろうけど、一生の別れになるわけじゃないし」
ずっと一緒にいられるでしょ? なんて、とんでもない惚気は公の電波にのって全国へと届けられる。
「今は、俺のサッカーがタカを活かす、タカのサッカーが俺を活かす、そういうつながりがすごく気持ちいい。お互い、もっと上手くなればもっと楽しくて気持ちいいサッカーができる。そう思うと、日々の練習もすっげ楽しいんです」
実況者が返せる言葉はただ一つ。
「……ごちそうさまでした」
星空を舞台にしたデートだってロマンチックだけど、フィールドを舞台にした恋愛も信じられないくらいにドラマチックだ。
一瞬静まり返った多弁なはずの実況席は、再び宴の熱を伝え始めた。
2−2のドローゲームはオールスターらしく、スタジアムを満たしたサポーター達は満足そうな表情で、嗄らした喉を潤す一時を過ごしている。
スタジアムの明かりは落とされ、あとは表彰式を残すのみとなった。
もうすぐ一年に一度のお祭りも終わろうとしているのだ。
スポットライトが表彰台を照らし出す。
疲れを癒した選手達、サポーター達が固唾を呑んで発表を待つのは、MVPプレーヤーの名前。
オールスターのMVPは歴史に名前を刻まれる。
協会幹部がマイクの前に立つ。
『本日のMVPを発表させていただきます。MVPは……、J-WESTの江口英介選手です』
キャプテンマークを巻いた腕が天に向かって誇らしげに突き上げられる。
それは、エンターテイナーとしての称号。
サッカーを愛して、その楽しさを伝えていく伝道者として認められた者へ送られる栄誉だ。
MISSION:Shake feelings.
スタンドを揺るがしてウェーブを生み出し、テレビ画面越しのお茶の間の室温を上昇させ、実況席に言葉を失わせ、そして一 人の男の胸をあたためた。
大会スローガンを見事に表現したヒーローは、幸せいっぱいの笑顔を見せていた。
オールスターSSとして書き始めたら、05年のオール☆は10月開催らしいよ(アイター)
でも昔は七夕にかけてJーウェガとJ−アルタイルってチーム分けだったんだし、いっかと思って。
8月7日に七夕の地域もあるしね。
と必死に自分に言い聞かせて、七夕にも大会にも被らない中途半端な時期のアップとなりました。
時期モノってムツカシーネー。