四年に一度の祭典に、「Films」も乗っかっていこうと開催した企画です。
BSシリーズのキャラクターへ「W杯直前インタビュー」として、皆さまからインタビューしたいキャラと質問状を募集しました。
乗っかってくださった皆さま、ありがとうございました!
今回は江口英介へのインタビューを採用させていただきました。
皆さまからいただいた質問状は、やや形を変えて織り込んだものもありますが、ほとんどを採用させていただきました。
サッカー雑誌のような固めのインタビューにしようと思っていたので、BL色は一切ありません。
また登場する大会等は捏造ですので、実際のものとは関係ありません、と前置きして。
全力サッカーネタですが、楽しんでいただけたら幸いです。
| SPECIAL VOICE JAPAN NATIONAL TEAM FW 江口 英介 (神戸レインボーチャーサー) サポーターの声が力になる。 広島県中学陸上競技大会五十メートル走の記録に、江口英介の名前が残っている。 子どもの頃クラスでかけっこ一番だった少年は今、世界で一番のタイトルを目指して走る。 原動力は、自分を支えてくれる人の声だ。 |
江口英介を語る時、どうしても話題から外せない事件がある。
広島県中学陸上競技大会五十メートル走の大会記録を叩き出し、所属した少年サッカーチームは中国大会で優勝。
その優勝にも貢献した小さなストライカーに注目が集まりかけた十四歳のある日、江口選手のサッカー人生は交通事故によって一旦途切れることになる。
彼の名前が再びサッカー関係者の耳に入るようになったのは、それから三年後。
神戸レインボーチャーサーに入団したばかりの江口選手に取材をしたことがある。
あの頃、江口選手は事故の話題になると口数を減らし、曖昧な相槌を打ち話題を有耶無耶のうちに終わらせたがった。
今やA代表に欠かせない存在となった江口選手に再度この話題を持ち出してみると、江口選手はゆっくりと話し始めた。
「自分でも、今ここでサッカー選手としてインタビューを受けているのが信じられない。試合中にも時々思いますよ。俺、すごい所に立っちゃってるぞって。
事故のことを話したがらなかったって言うのは本当。別に嫌な思い出だからとか、怖いからとかではなく、自分以上に家族が傷ついてしまった出来事だったから。あの事故で家族には本当に心配をかけてしまった。中学生の頃に親泣かすことなんてそんなにないと思うんだけど、母親だけじゃなく父親まで泣かせてしまって、自分はとんでもないことをしてしまったなという気持ちがあった。だから家でもあの頃の話はあまりしなかった。
そういう理由と、もう一つは自分は悲劇のヒーローじゃないぞって言い聞かすためだったかもしれない。確かにサッカーが出来ないどん底の状態から這い上がってはきたけど、でもここがゴールじゃねぇぞっていう気持ちを持ってました。気を抜けばすぐに消えていく新米ですよ。安心できなかった。自分の過去を振り返っている余裕なんてなかった。
病院の先生にサッカーはもうできないと言われた時は、もうサッカー止めようって思いましたよ。今から頑張ってみても、自分よりも上手い奴はいっぱいいるし、そんな中であがくのは苦しいだけだから、もう止めようって本気で思いました。だけど兄がね、好きなのにあきらめるのは辛いことだって言ってくれたんです。兄は歳が離れててその頃にはもう働きだしてたんですけど、リハビリに必要なお金とかも出してやるって言ってくれて、説得してくれたんです。でもね、足が思うようにならないのは俺自身なんですよ。前みたいにいくわけないって、自分が一番感じてた。だから兄の言葉を重く感じてしまって、すねてね、かわいくなかったな」
――そうして一度は諦めたサッカー人生をもう一度歩もうと決意させたのは?
「日本代表の試合をテレビで見たんです。フレンドリーマッチだったと思います。先月引退された山形の井川さんが代表初ゴールを決めた試合でした。そのシーンを見た時に、サッカーしたいなーって自然に思ったんですよ。諦めちゃいけないとか義務のようなものではなく、単純に井川さんのゴールを決めた時の顔がうれしそうで気持ちよさそうだったんです。いいなぁと思いました。それで、もう一回サッカーしよう。そのためにリハビリ頑張ろうって思えました」
このインタビューの数日後、引退したばかりの井川選手と対談する機会があった。
井川選手の引退前最後の神戸RCとの対戦終了後、突然江口選手にと呼び止められ、最初で最後の代表ゴールとの縁について告げられたのだと話してくれた。
井川の代表初ゴールは、最初であり最後の、唯一の代表ゴールとなった。
代表から遠ざかるにつれて、偶然のゴールだったという意識が強くなっていったと言う。
だが四十歳まで現役でいられたのは、やはりあのゴールがあったからこそなのかもしれない。
そう思わせてくれたのが江口選手の言葉だった。
江口選手と長く言葉を交わしたのは初めてで戸惑ったが、聞いているうちに涙が出てきたと、長い選手生活に幕を下ろしたベテランは嬉しそうに話した。
井川選手はおどけて言う。
「自分は地味で目立つ選手ではないけれど、江口英介という大きな存在をサッカー界につなげた功績は大きいと思いますよ」
この二人に共通するものは純粋なまでのサッカーへの愛情と執着のようだ。
「あの事故があってよかったとは思わないし、思えない。だけど、あの事故があって立ち止まることができなかったら、自分はここにいない。立ち止まって、自分を支えてくれる人の顔を確かめることができた。それは自分の強みです。
応援してくれる人の声が、何よりもクリアに聞こえてくる。苦しい時、もう走りたくないって思いかけた時にサポーターの大声援が聞こえると、歯を食いしばれるんです。本当は言われるほどスタミナなんてないですよ。だけど、がんばれって言ってくれたらがんばれる。試合中にエネルギー補給ができるんです。だから俺は走れるんだと思ってる。みんなの声が聞きたいから走ってる。メンタルを評価してもらってるけど、本当は言われるほど強くない。すぐに不安になって心細くなる。だけど、大勢の人が見てくれてる。そう意識すると格好悪いところは見せられない。俺はえぇかっこしいなんですよ」
―― 一度はサッカーから離れなければならなかった江口選手にとって、W杯とはどのような意味を持つのでしょうか?
「怪我をしたことは、ここまできたらもう関係ないです。自分にとっても、日本っていう国にとっても、W杯は憧れの舞台だった。でもそれは昔の話で、今自分はプロチームでサッカーしてる。応援してくれる人がいる、期待してくれる人がいる、信じてくれる人がいる。そういうポジションに立ってW杯のこと考えると、憧れなんかで済ましたくはない。掴みたいと思う。
日本にとってもそう。自分たちの大先輩が追いかけ続けて、ちょっとずつちょっとずつ近づいていった舞台です。そのために何が必要か考えて、プロサッカーリーグを発足させてくれた。高い質のサッカーを取り込んで、子供たちに伝えてくれた。環境を整え、技術を磨いてレベルをあげて。そうやって大勢の人が手をかけて創り上げてくれた上で自分たちはサッカーができる。だったらやっぱ、憧れとか腰の引けた言葉じゃなく、挑んで奪いたいですね」
――W杯メンバー発表はどんな気持ちでしたか?
「当日は考えないように考えないようにしてました。黙々と走ってましたね。自信ないわけじゃないけど、多少でも自信があったからこそものすごく緊張しました。今の自分にはやれるんだという自信がある。だけど四年経つとわからない。今の自分を呼んで欲しいという気持ちがあった」
――自分の名前が読み上げられた瞬間は?
「ほっとしたって、今言っちゃいけないんだろうけど、余計な力が抜けました。それから実家に報告して、家族とか親戚とかも喜んでくれて。テレビ見てたら出身高校の様子とか出てて、みんながわーって歓声上げてるのを見て、もういっちょ喜ばせなきゃなと気が引き締まりました。これだけの人が自分のことを気にかけてくれているなら、呼ばれるだけじゃ駄目だなと思いました」
謙虚で慎重な姿勢を見せる選手が多い中、江口選手の発言は時に過激に耳を打つが、サポーターにとって頼もしい言葉を聞くことができる。
その発言の裏づけとなる展望を尋ねてみた。
――今大会の出場国の中で、注目するチームは?
「対戦する可能性のあるチームはどこも注目して警戒してますが、グループリーグで言えばオーストラリア。何が注目かって監督采配。前大会に率いた韓国サッカーが最高に面白かった。6トップとか、自分もやってみたい。実際、今回も6トップで来られたらちょっと怖いけど」
――対戦国への準備は着々と進んでいるととらえてよろしいのでしょうか?
「特徴は見えてきました。スタッフがわかりやすい映像を作ってくれて、ミーティングやポジション別の話し合いをする時に見て研究しています。あとはピッチコンディションとかもくわしい説明をしてくれたし、先月の現地遠征もあったから実際にプレーできたので良かった」
――ここ数試合の代表戦では、コミュニケーション不足が指摘されてしましたが?
「怪我人が出たりでメンバーの入れ替えがあったり、その中でディフェンスは枚数の変更もあったりしたから落ち着かなかったんですけど、夏木(樋口)が守備陣集めて話をしたりして、そこにボランチ起用の可能性のある選手が加わり、中盤も入って、ついでにって攻撃も呼ばれて何度か話し合いをしました。監督のシステムや戦術を土台にして、自分たちの動きの確認をして、監督に伝えることがあればそれを伝えて。明確な意志の疎通というか、求めることやりたいことをコーチ陣と選手ですり合わせていく作業をしましたね。言われたことを言われた通りにやるのではなく、納得した戦術をやっていこうという意識を共有できたのは良かった。プレーもやりやすくなりました」
――チームの中で江口選手に求められる役割とはなんだと考えますか?
「フォワードとしては得点することはもちろんですが、なんで監督が自分を呼んだのかっていうと、やっぱり足だと思うんです。このスピードを使って何ができるか考えたら、相手の守備をかき回すこと、誰も追いつけないボールに追いついてチャンスを作ること、得意とは言えないけど守備に戻ることもできる。
今回のW杯メンバーを見渡してみて、自分にはそういうチャンスメーカーとしての役割も求められるのかなと思いました。実際、監督にもそのようなことを言われました」
――攻撃的ユーティリティプレーヤーとして求められることに関しては?
「特にこだわることはないですね。普段の国内リーグでも得点に絡むだけの役割というのはないと思うので。便利な選手でありたいです。ただ、監督がその要望をあえて自分に伝えたということで、普段よりも意識して走りたいとは思います。オフザボールのシーンでも頑張ってくれというメッセージでもあるだろうから。しんどいけど(笑)もちろん、チャンスがあればゴールは狙いますよ」
――参考にしたり意識する選手像というのはありますか?
「考える人ですね」
――考える人、それは、銅像の?
「や、言葉の通り、考えて動ける人になりたい。自分は感覚で突っ走って、後で自分のプレーを見てなんでこうしなかったんだろうと思うことがよくある。だから、もうちょっと考えてプレーをしたい。だけどその瞬間瞬間に頭を使ってプレーするというのは難しいから、たくさんの経験をしてたくさん練習をして、考える道をつけておく。こういうやり方もあるんだなと知っておく、一度経験しておく。そうしておけば、いざって時に体も動く。判断するまでの時間を僅かでも短くしたい。そのために、普段から考えてプレーしたい。ちょっと気を抜くと、ただ楽しんでるだけになってしまうので」
――そういう風に考え始めたのはいつ頃から?
「五輪終わったくらいからかな。同世代がそれぞれの所属チームで定着して、キャプテンに指名される人もでてきた。そういう周囲の進化を感じた頃からですね。
それと、プロになって、ベテラン選手と一緒に過ごすことができたこともきっかけかもしれません。サッカー選手の選手生命は短くて、どんなに情熱を傾けて愛してみても、いつかは必ず選手ではなくなる時がくる。それを少しでも先延ばしにしつつ、質のいいプレーをする。そのためにはどうするべきかを教えてくれる人と一緒に生活できた。そういう影響もあったと思います」
――W杯開幕まで本当の残りわずかとなりましたが、緊張されますか?
「まだしないですね。緊張はしない。自分の感情は伝染しやすいとよく怒られるので、試合前もぎりぎりまで呑気なふりをさせられるんです。会場入り前から気合いを入れてたら、他の連中が保たない。だから普段もぼーっとするようにしてます。ゲームしたり映画見たり、誰か一緒にいたら昔のアニメの話とかね。タッチは名作だよな!とか言ってますよ。
現地入りして、会場見て、当日になってスタジアム入ってサポーターの声を聞いたらスイッチが入りますから、それまではまだちょっと余裕ぶってます」
――江口選手はゲン担ぎのようなものは何かありますか?
「特にはないですね。しないようにしているというのもある。でも今回はスパイクがそうなのかもしれない」
――江口選手が契約されているスポーツメーカーにお勤めのお兄さんが、コーディネーターとなって製作されたのだと聞いていますが。
「自分仕様のスパイク開発が兄の夢だったらしいです。高性能カメラでプレーを撮影したり分析したりってだけじゃなくて、兄だから知ってる自分の癖なんかを取り入れてくれて、本当にフィットするスパイクを作ってくれました」
――ソールの色に赤色を起用していますが、それはお兄さんのアイディアだとか。
「俺は黒って言ったんですけどね。スタンドからよく見えるから赤がいいと言われて、そこだけは譲れないって兄弟喧嘩をして、赤になりました(笑)期待されているとも思ったし、託されているとも思いました。兄には事故のことで心配をかけたし、それからもずっと守ってくれていた。何か恩返しをしたいとずっと思っていました。あのスパイク履いて、返したいです」
――以前、インタビューさせてもらった時、江口選手にとってこれまでのゴールの中で最も印象に残っているゴールを尋ねたところ、Jリーグ初ゴールだと答えられました。今回、W杯でゴールを上げることになったら、順位の変動はありますか?
「場合によりますけどね。ごっつぁんゴールだったらちょっと考えるところです。だけどそれが流れの中でのゴールで、ドイツで青いスタンドががーって揺れたら間違いなく最高のものになるでしょうね。最高のゴールは俺一人じゃ残せない。チームの力と、その場を盛り上げてくれる人がいないとできないので」
最後に、自信はあるかと訪ねると、ありますよと即答された。
「自信だけあっても駄目ですけどね。この自信に見合うだけのプレーができるよう、頑張ります」
江口の「がんばります」は心強い。
威勢の良さを裏付けする地道な進歩を重ねるフォワードがチャンスメーカーとして、そしてゴールメーカーとしてピッチを突っ切ることができれば、日本はまた記録を塗り替え、新たなフットボーラーの憧れを目標に変えるだろう。
何よりも頼もしいのは、彼が我々の声援をエネルギーとして走れると断言したことだ。
この発言は一人でも多くの日本サッカーファンに伝えたい。
江口英介に声援を。
彼の耳には我々の声が必ず届く。
そうして彼は歯を食いしばり、ゴールへ向けて走れるのだ。
| 江口 英介 (えぐち えいすけ) ポジション:FW 背番号:11 出身地:広島県 経歴:K高校→神戸RC 脅威のスピードはボールを持ってこそ生きる。日本人離れした緩急をつけた突破は攻撃の要となる。ユース時代から評価されてきたメンタルの強さはピッチの中でも外でも発揮される。 |
……こんな感じで!!(やっつけたー)
サッカー雑誌調インタビューはヒジョーに難しかったです。ある程度感情をダウンさせつつ、盛り上げていくというのは。実際に相手がいるのではなく、頭の中で作り上げた愛着あるキャラへのインタビューは困難でした。萌えちゃいけないと思うと尚のこと。
サッカー選手視点と言うのは想像するしかないので、浅い回答ばかりになってしまいました。
でもちょっとでもいいから、皆さんにBSシリーズ内W杯で盛り上がっていただけたら嬉しいです。
企画参加してくださった皆様、本当にありがとうございました!