チューリップの大きな花びらを食みながら、眉を八の字に寄せて目じりに涙を溜めて。
春になりたいのだと彼は言った。
幼稚園で絵本を読んだらしい。
チューリップを食べた女の子が春の妖精になって、町にあたたかな日差しをもたらすと言うような、メルヘンチックな話。
それを信じた歳の離れた弟は、庭の隅に咲いた赤いチューリップの花びらを口に入れた。
三寒四温の日々で体調を崩した母親が寝込んでしまったのが原因だったらしい。
僕が春になって、あったかくするの。
そしたら母さんも元気になれるから。
消え入りそうな声でそう言って、もう一枚、大きな花びらを噛み締めた。
苦いと泣き言を随所に挟みながら、もくもくと小さな顎を動かす。
英介は春にならなくても、笑顔でいればいいんだよ。
口の中の苦味と母への心配とで涙を溢れさせながら、細い喉を鳴らした。
チューリップの大きな花びらを食みながら、眉を八の字に寄せて目じりに涙を溜めて。
大切に思う人の力になりたいのだと彼は言った。
早春とも言いがたい、晩冬の雪降りしきる芝の上に彼は立つ。
その冬最後になるかもしれない雪はボタボタと降り積もり、緑の芝生を白く染め上げフィールドの境を曖昧にした。
蛍光色のカラーボールまでもが登場する大雪のスタジアムで、英介の赤いスパイクが雪を散らす。
春とともに訪れる、シーズンインにスタジアムは燃え上がる。
気合と期待と希望を込めたオープニングゲーム。
赤いスパイクの動きが早くなり、スピードを上げていく。
最悪のピッチコンディションを計算に入れた精度の高いキラーパスと交差し、直線を描き始める。
のりにのったスピードがきゅっと緩む。
白く霞む視界にも鮮烈なカラーボールが描く軌道は、そのままゴールネットに吸い込まれていった。
スタジアムに火が灯る。
季節が変わる。
サッカーの季節がやって来た。
サポーター達はその一瞬、歓喜に染まり寒さを忘れる。
雪が止み、黒い雲が割れ、美しい青色がのぞく。
春がやって来た。
赤いスパイク一蹴。
咆哮を上げ、まだまだ物足りないと牙を向き。
春のように悦びに身を染めたいと彼は言った。
祝福の中に身を置き、まだ足りないと幾万のエールに手を伸ばし。
大切な人たちにとっての春になりたいのだと、彼は言った。
2006 J.League Kick Off!!
2006年もはじまりました、Jリーグ。
今季も歓びやら悲しみやら絶望やら希望やら、感動やら萌えやらをよろしおくねがいいたしたいところ。
SSは勲視点です。花を食べるという描写はエロくて好きですが、今回は可愛さを目指して。開幕戦なのに大雪なのは、雪中試合のビジュアルが好きだからです。あと2006年の開幕は3月上旬となったことですし、雪もありえなくはないぞと。