映画が好きだ。
アマチュア映画監督をしている友人に高校時代さんざん付き合わされたせいか、どっか抜けてて、変なところに拘り過ぎて矛盾だらけの、評価されない映画達を好きになる。
ストーリーを台無しにするほど鮮烈な映像美とか、そういうのが特に好き。
で。
カメラを買った。
俺も自分で自分の好きな絵を撮ろうと、趣味の延長で。
手の平サイズのデジタルカメラ。
静止画像のみのヤツ。
最近のカメラはマジで小さい。
手の平サイズのカメラをポケットに突っ込んで、英介をドライブに誘った。
重度の方向音痴の英介が自分から運転したがることはまずないし、周りもハンドルを握らせない。
ハンドルは握らないが、ドライブは好きらしい。
誘うといつも機嫌よく助手席に乗り込む。
外出しなければいけないような、そんな義務感に捕らわれるほどの晴天。
ラジオのトークを話題にしながら郊外の坂道を登り続けて、目的地に着く。
田舎町の運動公園でエンジンを切った。
「すご……」
英介が感嘆の声を上げる。
芝生化されていないグランドはサッカーコート一面分で、めちゃくちゃ広いわけじゃない。
ナイターの設備もなく街灯がポツンポツンと立っていて、野球のスコアボードとベンチがあるだけ。
英介を感動させたのは設備ではなく、ぐるりとグランドを囲むように植えられている桜だった。
市内ではもう散り始めを過ぎ葉桜になりつつあるが、山沿いのこの辺は今が散り始めらしい。
風が吹くたび、白い光が老木からキラキラと零れていく。
「タカが昼飯、テイクアウトにした理由がわかった」
ちょうど正午に立ち寄った店で腹が減ったと喚く英介を説得して、サンドイッチのランチボックスをテイクアウトして持って来た。
平日の午後。
誰もいない運動公園。
一際大きな桜の木の下に置かれたベンチを英介が選んだ。
すごいという言葉を、溜息と一緒に何度も吐き出す。
「なんでこんな穴場知ってんの?」
「友達が教えてくれた」
「お忍びデートに最適って?」
「そう」
小さく笑って昼飯を広げ始める。
花も団子も両方に夢中らしい。
「たまにはこんなのも悪くない」
自分達を取り巻く桜吹雪に目を細めながら、サンドイッチを頬張る。
その姿を、カメラにおさめた。
シャッター音もフラッシュもないせいか、英介が気が付いたのは数秒後だった。
食べ物から俺の手元に視線をうつしてから、むっと眉を寄せて、
「何撮ってんだよ」
嫌がる素振りを見せたが、素振りだけ。
「デジカメに慣れるまでの練習台」
「練習台かよ」
止めろとも言われなかった。
ズルズルとパンの間から出て来たレタスを、ウサギのように銜える姿をもう一枚。
「もっといい場面撮れよ」
「素がいいんだよ、素が」
「……それ、どうする気?」
「勲さんを見習って個人的に楽しもうかと」
「馬鹿だな」
「馬鹿でけっこう」
ひらひらと降ってくる桜の下で、情緒のないやり取りをしながら昼飯を片付ける。
民家からも離れているせいか、人工的な音がない。
鳥や虫の声と、風がつくる木々の梢。
途切れた会話を、自然の音が埋めていく。
雪のように降りつづける花弁は、英介の肩にも髪にも積もっている。
「撮っていい?」
言う前にはもう一枚撮っている。
「……いちいち聞かなくていいよ」
こっちを見て、困ったような怒ったような表情を一枚。
ここ最近、俺がカメラに嵌まっていることを知っているし、レンズを向けられることには慣れている。
さほど照れることも気取ることもなく、自然体のままフレームにおさまっている。
「明日はもう葉桜かもしれないな。この勢いじゃ」
英介が足下を埋め尽くす花弁を見て言った。
「今日がオフでよかった」
「日頃の行いだな」
足下に落ちた花弁にもシャッターを切る。
自分のでかいスニーカーにも花は積もり、頭の上からは絶えず花弁が枝から離れていく。
果てがないみたいに。
英介が隣で、去年ヒットした桜にまつわる曲を鼻歌で辿る。
あんまり上手くはないけど、その音の外れ方に和んでしまう。
「桜ってさぁ」
鼻歌を放り出して、コーヒーのストローを噛み、
「紙吹雪に見える」
英介らしい感性を伝えてくる。
なるほど。
日本のスタジアムじゃだいたい禁止されているけど、海外のスタジアムに降り積もる紙吹雪は桜吹雪と似ているかもしれない。
スタジアムの桜吹雪は、情緒よりも情熱に満ちていて寂寥なんて与えない。
そこにあるのは熱狂だ。
ここにあるのは、静かな時間の流れ。
「全部俺の上に降るの」
英介は頭上の枝に向かって手を伸ばす。
相手を振り切り、サポーターを煽りたてる腕は細く、でも力強く、しなやか。
届かない枝に躊躇なく、その腕を伸ばす。
「埋もれて死ぬぞ」
「悪くない」
「じゃあ俺も」
「ばぁか」
「桜の木の下には死体が埋ってるって言うし」
「……マジ?」
「フィクションだ、ばぁか」
取り返しのつかない誤解を呼ばない内にフォローをいれて、ポンと頭を叩いた。
怒って暴れる英介のパンチをかわしている内に、英介がバランスを崩す。
抱きとめて、膝の上に頭を押し付けた。
「ギブアップ?」
「……ギブギブ」
膝の上から俺を見上げる目は不本意そうだが、大人しく転がっている。
カメラを向けると手の平で覆われた。
負けず嫌いめ。
ひらり。
風が吹くたびに舞う花弁が、英介の頬を掠めて落ちていった。
近くで鶯が鳴いた。
「春だな」
膝の上で英介が伸びをした。
前髪を梳いて額を露わにさせる俺の手を、英介は嫌がらない。
英介はベンチに手足を投げ出して、目を閉じた。
頬に睫毛に口唇に、花弁は降り積もる。
「すげぇ綺麗」
惚れ惚れする。
桜の色も散り始めの景色も好きだけど、英介のカタチが一番綺麗。
どっか抜けてて、自分勝手で俺のことよりもサッカーが好きで。
だけど鮮麗すぎて目が離せない。
「桜が?」
「英介が」
「……タカの目、おかしい」
べち、と手の平で顔面を覆われる。
「そうかもしれない」
「……なんかむかつく」
釈然としない顔のまま起き上がり、
「カメラ貸して」
差し出してくる手にカメラを渡した。
「俺なんて撮っても花がないぞ」
「わかってるよ、そんなこと」
「……微妙に傷付くな」
使い方を教えてやると、ふんふんと頷いた。
桜でも撮る気かと思っていたら、レンズを自分自身に向けた。
次の瞬間、新しいオモチャで遊ぶ子どもの保護者気分で成り行きを見守っていた俺のシャツを引っ掴み、引き寄せた。
そのまま口唇が重なる。
少し乾いた英介の口唇が触れて、数秒の静止。
あっと言う間に離れたソレは、
「上手く撮れた」
にぃっとカーブを描く。
英介が見せた画面には、英介の耳から後頭部と俺の間抜けな顔半分が重なっている絵。
「……削除」
「駄目。ちゃんとプリントアウトして、高山アルバムに貼り付けること。じゃないと、もう撮らせねぇ」
「いやだ。こんな間抜け面、見たくない」
「いいじゃん。自分が見て楽しむだけならさ」
そうだけど。
本当に誰にも見せられない秘密のアルバムになりそうだ。
特に勲さんには死んでも見せられない。
英介は他の写真を呼び出して、けっこう上手く撮れてるなと感想をもらす。
だが、ややあってポツリと付け加えた。
「でも十年、二十年後とかに見たくはないかも」
「なんで?」
意外な言葉の真意を尋ねると、英介は言い憎そうにしてから、
「今の俺と比べて欲しくない」
「……は」
「だってたぶん、俺変わってる。もしかしたらサッカーしてないかもしれないし、そうしたら俺の取り得なくなるし」
「……」
「その時もタカがさっきみたいに、綺麗って言ってくれるかわかんないのが、怖い。別に綺麗って言われたいわけじゃないけど」
自分のスニーカーを睨むように視線を地面に落して、やや早口で言葉を吐き出す。
本音中の本音だ。
どうしよう。
どうしよう、可愛すぎる。
英介は時々、未来を怖がる。
それを、こんなにストレートに伝えてきたのは初めてかもしれない。
桜の薄紅色も敵わないほどの真っ赤に染まった耳を、ちょいと引っ張った。
「んだよっ」
条件反射で顔を上げた英介に、さっきのお返しのキスをした。
「そんな心配、無駄だからやめとけ」
目を覗きこむと、じっと見返してきた。
俺の短い言葉の真偽を見抜こうと、じっと。
不安を抱える子どものような眼差しで。
ずっと、見てきた。
出会ってから、ずっと。
自己中心的だとコーチに叱られたプレーも、チームの空気を掻き乱すほどの勝利への飢餓感も、人間として綺麗じゃない部分だって、今までの付き合いの中ではたくさん見てきた。
そういう所だってひっくるめて、惹かれてきたんだ。
気紛れさや、未来に怯えるところとか、誰かと触れ合って安心しきった表情を浮かべている所とか。
五万、六万のスタンドの気持ちを一つにさせる力をもっているところとか。
カメラでは写しきれないところに、惹きつけられてきた。
じぃっと俺の目を見つめていた英介の大きな瞳が、不意に閉じられた。
安心してもらえたらしい。
無言の返事を受け取った証拠に、頬に手を添えた。
重ねた唇の間に滑り込んだ桜の花弁を銜えた英介が、
「ワタシを見に来たんでしょって、怒ってるみたい」
そう言って、日本中を虜にする笑顔を見せた。
サクラをキーワードに小話。たまにはサッカーから離れてラブラブで。
今年はサクラ巡りをした春だったので、高英にも春を満喫してもらいました。