買い物に付き合ってと、珍しく外へのお誘いが英介からあった。
インドア派とはほど遠い性格をしているが、オフは外出よりも部屋でゴロゴロしている方が多い。
買い物の誘いも、よくて寮の近くのコンビニだ。
英介に予定がなければ自分の予定もないような日々を送る高山に異存はなく、車を出した。
「何買いに行くんだよ」
「プレゼント」
「プレゼント? 誰に」
「ナイショ」
最近、英介以外の人間が座っていない助手席におさまって英介は妙に機嫌がいい。
「……誰に?」
その機嫌のよさが気になって、再度問うと、
「気になる?」
ニヤリと笑った。
「……べ、つ、に」
「妬いた? 妬いちゃった?」
「うるせぇよ」
「心狭い男だなぁ」
「普通、そこは喜ぶところじゃないか?」
そうかなととぼけてる英介のテンションはやはりいつもよりも高い。
幸せそうな顔をする。
そんな顔を隣でされて、気にならない方がおかしい。
誰のために?
自分の誕生日は終わったし、祝われるような記録も出していない。
自分はまず除外される。
チームメイトという可能性も低そうだ。
家族だろうか。
「12人目の選手だよ」
「?」
「プレゼントする人。高校の時の、サッカー部の顧問の先生」
三年間、這い上がり足掻き決断し、英介が成長を遂げた場所。
そこで彼を見守りつづけた人は、定年間近のベテラン教師だったという話はちらっと聞いたことがある。
「どんな人だった?」
高山の高校でサッカー部の顧問をした教師は、厳つい体育教師だった。
厳しい人だったが、高山が代表入りした時は嬉しそうに肩を叩いてくれた。
「すっげぇ可愛い人だった。たぶんね、俺が知る女の人の中で一番可愛い」
英介の恩師は、現代語の教師だったらしい。
いつもふわっとしたロングスカートを上品になびかせていた、小柄な老婦人。
外国のおとぎ話に出てくるような、そんな人だったと英介は言った。
「刺繍とか好きで、本読んで紅茶飲んでって感じの、本当にかわいー人」
可愛いを連発して、英介は楽しそうに話す。
「サッカー部なんて縁がなさそうなのに、うちの学校って運動部の顧問が足りなくて、とりあえずってことで図書部と掛け持ちでサッカー部の顧問だったんだ」
コーチなんていない。
練習メニューも自分達で決めていた。
そういう学校だった。
「俺がのんびりムードのサッカー部かき回したからちょっとゴタゴタしてさ、その時にあんまり顔出さなかった先生が俺の話聞いてくれて、頑張ろうかって言ってくれて、それからはサッカー部もちゃんと見てくれた。おばあちゃん先生だから、見てるだけだったんだけど」
放課後のグランドの端っこに置かれたベンチ。
ちょこんと座って土埃を舞い上がらせながら削りあう生徒の姿を見守っていた。
「そしたら、先生が言ってくれたんだ。サッカーが好きになっちゃったって。ルールを教えてって。どんどんサッカーにはまっちゃって、ベンチから『あらあら、今のオフサイドじゃない?』とか言うようになって、代表もJリーグも高校サッカーも見るようになったんだ」
たくさんの生徒を見てきたベテラン教師が、一人の生徒によって変えられた。
英介の底力だ。
サッカー、面白いのね。
こんなにドキドキするのは久しぶり。
なんだか若返ったみたいよ。
こんなに楽しいこと知らなかったなんて嘘みたいよ。
英介君のおかげだわ。
ありがとう。
思わず涙ぐんでしまうほど、嬉しい言葉だった。
諦めないで良かったと思ったし、もっと上へ行きたいとも思った。
国体メンバーから外れた時、地区大会での敗退を重ねた時、代表で他の選手との差を見せ付けられた時、優しく穏やかな声に支えられた。
代表入りが決まった時、プロチームからオファーがあった時、そこでの活躍を家族と同じように喜んでくれた。
『見て見て、買っちゃったのよ』
入団が決まった神戸レインボーチャーサーのユニホームとタオルマフラーを見せられた時には、胸がいっぱいになった。
こんなおばあちゃんが着るの、おかしいかしら。
そのユニホームの背番号が自分のこれから背負う番号で、自分の名前も刻まれているのを見た時、堪えきれない涙が溢れた。
どんな誉め言葉よりも、どんな感動を表現する言葉よりも、そのユニホームを着た恩師の姿が嬉しかった。
スクラップされる自分の記事。
孫に頼んでしてもらうのと言う試合の録画。
購読されるサッカー雑誌。
サッカー観戦用に手作りされたバッグに入った、小さなチームフラッグやオペラグラス。
彼女の生活に加わる、優雅だったり愛らしかったりするものとは異色なサッカーの存在。
そうやって、自分が影響力を持つことの意味を知った。
その喜びと責任感を。
「お前がいつもチケット送ってる人か」
「そうそう。雨とか冬とか辛いだろうから、上の席とってもらうんだけど先生はゴール裏がお気に入りなんだよ。こんなおばあちゃんでも楽しめるのよってアピールしてるんだって。だから、せめて冬は寒くないように膝掛けとか贈ろうかなって。そろそろ誕生日だし」
そういうサポーターがいるのは、高山にとっても嬉しいことだ。
欧州リーグでお年より達が自分の町のチームを誇り、熱い談義を重ねる姿には羨望を覚える。
英介が嬉しそうに話した恩師とのエピソードは高山の気持ちもあたたかくさせた。
自分も誰かに、新しい人生の楽しみを与えているだろうか。
土日を待ちわびるような生活を与えているだろうか。
スポーツ店に飾られるユニホームを、少ないお小遣いの中から買おうかどうか迷わせているだろうか。
スタジアムの外観を見ただけでドキドキするような、そんな人を一人でも多く。
「気合入るな」
「だろ? タカにも会わせてやりたいよ。ほんとに、すっげぇ可愛いおばあちゃんなんだから」
「俺のユニホーム一緒に送れよ」
「やだよ、先生は俺のファンなの」
車は快調に目的地に向かう。
今日はほのぼのした一日を。
そして、週末には12人目の選手達を満足させるプレーを。
そこにあたたかなブランケットに包まれて、激しいサッカーを見守る優しい瞳を感じながら。
2004/2/27
ちょっとお気に入りな話。
外国でおじいちゃんがサッカー談義してる姿が、すごく羨ましいです。私はおばあちゃんになってもスタジアムに行くヨ!その頃には、サッカーファンの年齢層はぐっと上がってるんだろうな。