フッボーで30のお題
空04:モメンタム


 年に一度か二度ほど。
 主に夏場。
 試合後。
 それも、怪我だとか出場停止処分だとかで暫らくゲームを離れていて、さらには後半途中出場で飛ばしに飛ばした後。
 いつもとは違う江口英介がむくりと面をあげることがある。


 熱い、と試合の帰りに繰り返すのが合図。
 クーラーをガンガンにかけた車内でも、熱いと繰り返す。
 クールダウンも効果をなさず、冷たいシャワーを浴びてさっぱりしたはずなのに、ねっとりとした熱い空気を纏って、目はいまだゲーム中のようなギラギラした光を帯びている。
 そんな症状が表れたら要注意。
 一刻も早く部屋に押し込んで、一歩も出させないようにしなければならない。
 ついでに両隣の寮生に別室で過ごすことを要求して、容態の変化を待つ。

 ぶっちゃけ、英介は今、発情期。


 ゲームのために溢れ出したアドレナリンが上手く昇華されていない。
 暴れたりない英介は、ベッドの上で凶悪なまでに暴走する。
 平静を装って普段通りに部屋で過ごす俺を、背後からタックルをかましてベッドに押し倒すと、上に圧し掛かってきて笑う。
「してもいーい?」
 舌足らずな声で小首傾げて、舌なめずり。
 俺はと言えば、九十分のゲームをこなした夜に余力なんかあるわけがないのに、この暴漢に性欲を引きずり出されるわけだ。
 答えずにいると、チュっと軽い音をたてたキスが口唇に落ちてきた。
 味見するように鼻や頬や耳に噛み付きながら服をはぎとられる。
 シャツのボタンが弾けて飛んだ。
 こんな乱暴、俺だって英介に対してしたことがないのに。
 いつもなら考えられない状況。
 英介の魂は、このベッドの上を仮想ピッチとして暴れまわる。

「足りなかったのか」
「全然。ヤバイかも、今日。吹っ飛びそう」
 何もしていないのにもう声が掠れていた。
 流したはずの汗がもう体をしっとり濡らしている。
 上気した頬を撫でた。
 ぶるりと体が震える。
 英介の手が迷いなく俺のベルトを外し、その中に差し入れてくる。
 腹を括った。
 今夜は眠れないだろう。
 身も心もヘトヘトになるまで。

 感情を上手くコントロールしきれないところが英介にはある。
 体と心の回路が上手くリンクしないのか、微妙なずれが生じる。
 オーバーヒートしたみたいに暴走しはじめる。
 それはそれは凶悪で、淫乱で、壮絶。
「……ッ、も、っと」
 濡れた口唇が強請る。
 いつもは聞けない言葉が大盤振る舞いされるけれど、色気を感じるほど可愛らしいものじゃない。
 気を抜くと全部食い尽くされて、何も残らないんじゃないかとさえ思えてくるようなセックス。
 愛情を向ける相手として俺があるのではなく、美味くて食べやすい餌として俺がある。
 咥えて、自分で腰を揺らして、キスを仕掛けて、いつもは堪える声も高く上げて。
 無邪気で天真爛漫な『永遠のサッカー少年』はどこへやら。
 敏感になりすぎている体を貪ると、声もなく身悶えて抱き付いてくる。
 シーツを手繰っていた手が俺の頭に回る。
 髪の毛を引っ張られ、さすがに声が出た。
「いてぇよ、ケダモノ」
「るっせ。もっとっ……て、言ってるのに。もうオシマイかよ」
 この絶倫が。
 ひぃひぃ言いながらそれでも誘惑してくる。
 たぶん、体はもう限界。
 でも心だけが欲情している。
 貪り尽くして、精も根も尽きて、お互いに失神するくらいまでに虐めぬかないと終わらない情事。
 ドロドロの下肢を密着させて、腰を抱え上げると容赦なく突き上げた。
 壊れるくらいに。
 いつもならこんな乱暴は絶対にしないけれど。
 つい手加減しそうになると、ヤる気ねぇなら他探すぞと、これまた普段なら絶対に言いそうもない発言をかます。
 サディスティックに抱いてと、彼は言う。
 快楽じゃなくて、なんか他のもんでギラギラしてる目は、ゲーム中よりももっと危険だ。
 ぶつかり合いたいと、彼の肉体が叫んでいる。
 本気で力をぶつけ合うような、そういう戦場に在りたいのだと。

 それが叶わない今現在、深夜一時半。
 選んだのはシーツの海。

 背中をそらして喘いで、泣いて、縋りながらも英介は腕の中で暴れて、溺れて、足掻いてみせる。
 雄の狩猟本能を呼び覚ますみたいに。
 ブチっと何かが切れて、けだものが二匹、ベッドの上で取っ組み合いをはじめる。
 俺も相当きてる。
 英介が暴れれば暴れるほど押さえつけたくなる。
 仰け反った喉に噛み付いて、肩にも歯型を残して、キスマークをこれでもかってくらいに散りばめていく。
 英介の喉から犬の唸りのような声が出てくる。
 突っ込んでるのは俺で。
 食われてるのも俺。
 背中に爪をたてられて、骨の髄まで啜られているのは、俺の方。
 好きだなんて睦言はない。
 気持ちいい、とかじゃない。
 上り詰めて上り詰めて。
 セックスじゃなくて、格闘技でもしてるような錯覚に陥って、絶対にダウンをとってやると思いつめて責めたてる。
 その感覚だけが大事な時間帯。
 深夜二時。


 薄っすらと、蛍光塗料を塗った時計の針が見て取れた。
「ん……、すげ、気持ち、いい」
 熱い息を吐き出しながら英介が呟く。
 もう何度達したかわからない状態で、英介の狂乱も収まってきたのだろう。
 ギラギラしていた瞳が、少し和らぐ。
 やっと人間語を話し始めた。
 目がちゃんと俺をうつして、ゆらゆらと快感に潤む。
 ちゃんとした、キスをする。
 食べようってんじゃなくて、愛しさを伝えるためのキス。
 ようやく、英介の中の獣は眠りについたらしい。
「……とけるー」
「溶けてるだろ。ランナーズハイにもほどがある」
「だってー」
「だってじゃねぇ」
 まだ繋がったままの状態で正気づいてもらっても困る。
「ラストワン、オーケー?」
 体力は限界を超えたけれど、本能は急に止まれません。
「んー」
「考えるなよ、ヤらせてくれ」
 ははっと英介が笑う。
 思い切り引き抜くと、艶やかな嬌声が上がった。
 さっきの唸り声とは明らかに違う。
 獣の声じゃなくてちゃんと英介の声だ。
「しないんなら、一人でするからいいんだけどよ」
「やぁ……だ、馬鹿」
 ちゃんと、英介が俺を見る。
 俺と話す。
 興奮状態を冷ますための材料としてではなく、恋人として俺の腕の中にいる。
 ようやく俺の胸にもあったかいものが沸き起こってきた。
「なんか足、痛い」
「広げっぱなしだからな」
「……」
 かぁっと頬が赤くなった。
 さっきまでは自分で誘って足を広げて上に跨って、とんでもない痴態を見せたのに。
 一旦体を離して、後ろから膝の上に抱き上げる。
 さんざん抽挿を繰り返した箇所は再び簡単に俺を飲み込む。
 背中に舌を這わせると、満足げな溜息が零れてきた。
 前に回った手に自分の手を重ねて、首を捻って俺の肩に頬を摺り寄せて、体ごと、心ごと甘えてくる。

 英介が理性をかなぐり捨てて求めてきたのを最初に見た時、心配した俺はこんな相談を彼女にしてもいいものかと迷いながらも、最強のアドバイザーである友里ちゃんに打ち明けてみた。
『えっちゃんね、確かに興奮した分を発散できないとモヤモヤしたのが残るらしいんです。夜中とかこっそり走りに行ったりしてたもん。さすがに家族にそういう甘えはできないけどさ、今は浩二さんがいるからそーなっちゃうんじゃないですか? サッカーしか知らなかったけど、今は別の方法を覚えちゃったわけで。つまりね、全力で甘えてるんですよ、えっちゃんは』
 そんなお答えが返ってきて、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになったことがあった。
 英介の心身はひどくアンバランスで、時々物凄く不安になるし怖くなる。
 だけどそれに慣れていくのが嬉しいとも思う。
 家族がまるで処方箋のように差し出してきた言葉や腕を、自分もさり気無く差し出せればいい。

 クタクタに力の抜けた体に、最後の緊張が訪れる。
 ピンと体が張り詰めて、細い悲鳴が耳を打った。
 ゆっくりと、英介の体が腕の中に崩れていく。
 ぼんやりと開いた瞳が俺を見た。
 疲労にとろりと溶けた、潤んだ目。
 口唇が動く。
 声にはならなかったが、うんと頷く。
 ほわっとした微笑を見せたかと思うと、そのまますぅっと眠りおちた。

 ……あー、まったく。
 ほんとうに。
 この野郎は。

 俺の体力もとうに尽きている。
 眠り込んだ英介の傍らにぐったり横たわると、濡れたシーツが少し肌に纏わりついて気持ち悪い。
 だけどシーツを変える余裕も部屋を移動する力も残っていない。
 なんとか布団を肩まで引き上げ、風邪を引かないように体を包む。
 すっきりした気持ちよさそうな顔で眠る英介に、いろいろ吸い取られてしまった。
 背中や肩がヒリヒリ痛むのは、爪痕と歯型のせいなんだろう。
 いつもなら笑って指摘してくれるチームメイトも、さすがにぎょっとして大丈夫かと声をかけてくるはずだ。
 そうしたら、思い切り開き直ってやろう。
 愛の証ですとかなんとか。
 その隣で英介はすっきりした顔をして、イマイチ状況をつかめずに首を捻るだろう。
 あぁ、でも明日は起き上がれないかもしれない。
 とにかくゆっくり過ごして、明後日からはまたスタメンに名を連ねるための戦いをはじめよう。


2004/05/06
獣英介でした。いつも幸せほわほわ〜な二人なので、たまには余裕のないギリギリな二人を。英介が暴走するのはタカさん、受け止めてあげられる。タカが暴走したら、英介はたぶんぶん殴って止める。愛の一方通行。

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