サッカーシリーズで15のお題
空05:ファンブル



 サッカーが、好きだった。
 小学生の頃にはスポーツ少年団でサッカーを選んで、中学校でもサッカーボールを追いかけた。
 プロの試合を観るのも好きだった。
 ぼんやりと夢と現実の境目が見え始めた高校で、プロになれるのは一握りの人間で、自分はその握った手の平から零れ落ちる方の人間だと気付いて、それでもサッカーは好きで、部に籍だけ置いて、ゲームセンターに通う放課後を過ごしていた。
 賑やかなゲームセンターから熱気に満ちたグラウンドに引き戻したのは、随分と小柄なスピードスターだった。
 やる気のなかったサッカー部に嵐を巻き起こし、幾つかの喧嘩と衝突を繰り返し、最後には自分達を陥落させた。
 未完成のチームが国立というとんでもない舞台を目指す、その最後尾。
 ゴールマウスを託された俺は、一番遠いところから江口英介を見つめていた。
 オレンジ色のユニホームを着て、どんどんと前へと駆け上がる。
 その背中は遠いのに大きく見えて、今でも鮮やかに思い出すことができる。

「アキラ、飲んでるかー?」
 その背中はプロチームのユニホームだけではなく、ジャパンブルーのユニホームまで纏うようになった。
 遠い背中は年に何度か、自分達の隣に戻ってくる。
 かつて部をまとめた部長の笹岡が招集をかければ、可能な限り予定を調整した懐かしい面子が集う。
 その中心で笑うのは、英介だ。
「飲んでるよ」
「明日、仕事―?」
「まぁな。英介、飲みすぎ。おーい、誰かウーロン茶頼んで」
 ふーらふーらと大きく揺れる体が危なっかしい。
 実に楽しそうに笑って食って飲んでいたが、そろそろアルコールにはストップを掛けた方がいいだろうと、俺が飲んでいた焼酎に伸びた手に軟骨の皿に残っていたレモンを乗せる。
 すっぱい顔をしながらそれを租借する英介が酒を求めて移動しないようにと、腕を掴んで引き止めておく。
「アキラ、手ぇでかくなったーなー」
「そんな変わってねぇよ」
「キーパーの手だなー」
 腕を一掴みにした手をはがして、自分の手の平とぺたりと合わせて大きさ比べをする。
 感心したような口調は舌足らずだ。
「俺さぁ。今も思うんだけど」
「んー?」
 酔っ払い相手だから、零そうと思った思い出話。
「最後の試合の時にさ、お手玉しただろ。取ったのに、零して、入れられて、先制された」
 高校最後の試合。
 自分達の国立への夢が終わった試合。
 今でも思い出す。
 手の平にボールが収まる感覚が、一瞬にして零れていくものに変わる。
 落ちていく、と体が感じた。
 心が凍った。
 とてつもない夢に向かって伸ばした自分の手がどれほど必死になっていたかを、その時になって自覚した。
 誰の一握りかは知らないけれど、そこからあぶれる自分は受け入れられても、自分の手から零れ落ちようとしているボールは許せなかった。
 あのミスの感覚が今も手の平に残っている。
「でも追いついたじゃん」
「その後、また失点して、あぁいう結果になっただろ」
「んー」
 眠気が混じってきたのか、ずるずると英介がもたれてくる。
 プロのスポーツ選手のくせに、大した重みを感じない。
 ちゃんと食っているのだろうか。
 この体であんな激しいスポーツのトップレベルで張り合っているのだから、信じられない。
「なんか、まだ忘れられなくて。俺、ずーっとあの感覚背負っていくんだろうなぁって、今日の甲子園を見て思った」
 真夏の高校野球は、連日たまらない試合を見せてくれる。
 今日の試合で、大きなフライをエラーした選手がいた。
 グローブから零れ落ちるボールとアップに映し出された高校生の顔を見て、記憶の底にあったものが溢れてきた。
 誰も俺を責めはしなかった。
 だけど、自分で許せないものもある。
 あの高校球児もそうだ。
 ずっと、あの一瞬を記憶に刻んで生きていく。
 スポーツは時に残酷だ。
 一生懸命に打ち込んできた者こそ深い傷を負う。
「手はでかいけど、落とすものもけっこうあるなぁって」
 あのミスがなければ、自分達はもっと高い場所へと上っていけたのかもしれない。
 日本全国が見つめる甲子園のような舞台に。
「なんかちょっと凹んだの」
 聞いているのかいないのか、ずるずると俺の膝に顎を乗せた英介がうーと唸る。
 それから俺の手を取って、手の平を上に向けさせる。
「アキラの手はさー、こうやってなんか受け止めると、いっぱいモノが乗っかる手じゃん」
 例えば飴玉を上からパラパラーって落とされたら、俺の手なんてちょっとしか乗らないよと、英介は考えあぐねたらしい慰めを口にし始める。
 酔いが回った言葉ではあるが、あどけないそれは耳に心地よい。
「でも、こうやって、受け止めるだけじゃなくて、こうしたら……」
 今度は手の平を下にして、自分の手の平で受け止める。
 俺の手が英介の手を掴む形だ。
「がっしり掴める。ちょっとくらい零しちゃってもさー、しっかり掴めるからいいじゃんよー」
 握った手を上下に軽く揺すって、英介は笑う。
「失敗した本人は、そのことばっかり覚えてるんだろうけど、俺はアキラがPK止めたの覚えてるよ。すげぇ、嬉しかったよ。興奮したよ。たまんなかったよ。あの時、最高……だった、ょ……」
 英介は、何度俺達の気持ちを救ってくれるつもりなんだろう。
 ずるずると眠り込んだ顔を、見ることができなかった。
 会えない間はメディア越しに聞こえる活躍で、会えば昔と変わりない態度や言葉で、英介は俺達の人生を変える。
 本当になんと言うか。
「癒されてるか、アキラ―」
 ウーロン茶を持って来た笹岡が、ニヤニヤと笑いながらグラスを渡してくる。
 飲ませたい相手は睡魔に負けた。
「癒されるね。家にもって帰りたいね」
「酔ってんのか、お前は」
「酔ってることにしといてくれ」
 膝に転がる丸っこい頭を撫でると、ふわふわさらさらした髪の毛の感触が心地よい。
 同い年の男が自分の膝を枕に眠るという異様な図も、英介ならばどんとこいだ。
「英介は俺らのヒーローでアイドルなのに」
 なんだかとある一名様が独占しちゃってるのは腹の立つところだ。
「それは俺らK高本格サッカー部一期生共通の思いだ」
「だろー。なーんで高山浩二なのか、ようわからん」
「お前が取りこぼしたのは最後の試合の入らないはずのシュートじゃなくて、江口英介だったか」
「笹岡先生、そんなに厳しい切り口の発言をしたら最近の高校生は切れませんか?」
「切れませんね。ってか、理解してもらえませんね」
「なかなか大変だな、先生も」
「そうなの、大変なの。そんな教師にこそ癒しは必要なのですよ」
 言いながら伸びてきた手が英介の頭を持ち上げて、隣で胡坐をかいた笹岡の膝の上へと移動させる。
 英介に巻き込まれる前の笹岡はどこか冷めていて、冗談やじゃれあいすら面倒ごとと捉えるようなタイプに見えていたのだが。
「そういう自分だけって考えはよくないよ。俺らが電力保安頑張ってるから明るい教室でも授業できるし、嵐の夜の停電も早期復旧が叶うわけですよ」
 英介の頭を奪い返したいが、左手は英介の手に繋がれたままだ。
 誇示するように繋いだままの手を緩く揺する。
「お前、昔はもうちょっと穏やかな性格してたよな」
「大人になるってことは悲しいな。何かと失うものが多い」
 笹岡が苦い顔で笑う。
 たぶん、英介と出会うことがなければこんな風に笹岡と会話することもなかっただろうし、酒を飲み交わすことも無かっただろう。
 失うものもあったけれど、続いているものも多い。
 ポロポロと幾つか大切なものは零してしまう困った手ではあるけれど、本当に失くしたくないものはしっかりと掴めている確信はある。
 大きな手の中にすっぽり納まった手をぎゅっと握ってみた。
「んー」
 むにゃむにゃと、夢の国の住人になった英介は口を動かしながらきゅっと手を握り返してきた。
 気付いた他の連中が、独占してずるいと喚きだした。
 いいだろうと自慢するように繋いだ手を上下させる。
 不器用なゴールキーパーの手はたまにボールを零す致命的な欠陥はあるけれど、この絆を守る力はあると、それだけは胸を張って言える。


ファンブル=お手玉、ということで、GKがボールを取りこぼすこと。
他のGKキャラでも考えたのですが、ちょっと捻って英介の高校時代の友人になりました。

さて。これで「フッボーで15のお題 空編/太陽編」(計30題)は終了です。
一年以上はかかってると思うんですが、その間に配布サイトさんはリンク切れとなってしまいました。
こちらのお題に挑戦することでBSシリーズはBSシリーズらしさをより出せたんじゃないかなと思っているので、考案くださったサイト管理者様に感謝です。

NOVEL TOP   BACK