「あら、浩二くん」
契約延長、シーズン終了。
体を休めるための長いようで短い休暇。
帰省した高山は、同じ県内にある英介の実家を尋ねた。
高校進学前に関東に引っ越したが、高山がプロ入りをしてから父は自分が生まれ育った中国地方に戻り根をおろした。
父は母との思い出の地に戻りたかっただけだが、高山にとってそれは恋人と同じ場所に帰れるという思わぬ利点をもたらす行動になった。
そんなわけで、高山は気軽に英介の家を尋ねることができる。
高山を迎えたのは、英介によく似た彼の母だった。
「いらっしゃい。あがってあがって」
朗らかでのんびりしていて、可愛い人。
英介は自分の母をそう紹介していたが、実際会えばその紹介に深く頷くことができた。
「ごめんなさいね。英介、昨日同窓会に行って、帰ってきたのが今朝なのよ。奥の和室で眠ってるんだけど、起こしてやって」
お茶いれるから、と彼女は台所に向かう。
近所の主婦に人気の料理教室の講師をしている料理上手の母親は、来客が楽しみでしかたないらしい。
いつも手作りのお菓子を用意してくれる。
可愛い人だと、高山も思う。
英介によく似ていて、そして寛大だ。
縁側から差し込む冬の陽射しは仄かに温かいが、昼寝には少し頼りない。
縁側に面した畳の部屋にはストーブが置かれ、英介はブランケットに包まって眠っていた。
その傍らには愛犬リベロと父親の姿があった。
リベロは英介と背中をくっつけて伏せ、父親は正面に座椅子を置いて本を読んでいた。
読書家の公務員に、料理上手の母。
どうして英介みたいなのが育ったのか不思議に思うような、のんびりした夫婦だ。
「お邪魔してます」
父親にペコリと頭を下げると、温和な顔に穏やかな微笑を浮かべていらっしゃいと迎えてくれた。
入っておいでと、つい遠慮してしまいそうになった高山を手招きする。
「君が来ることはわかっていたんだろうけどね。久々に会ったサッカー部の友達とカラオケに行って朝帰りだ」
英介の寝顔はいつもよりも苦しそうに見えた。
無理矢理眠って苦しさを紛らわしてしまおうと言うような、そんな寝顔。
二日酔いだよと、父親が説明してくれた。
「浩二くんが来たら起こしてと言われていたんだけどな」
困ったなと、彼は微苦笑を浮かべる。
「ドライブでもするかって話しだったんで」
このままでもいいんですと高山が言うと、どこか安心したような表情をして数度頷き、本に視線を落す。
シュンシュンと、ストーブの上のヤカンがゆっくりと蒸気をあげている。
広く静かで、いつも温かい。
そして何よりも時間の流れがゆったりしている家だった。
この中で育って、どうしてあんな闘志が育まれてきたのか。
つくづく不思議に思いながら、高山は英介の寝顔を覗き込んだ。
その背後から、リベロがむくっと頭を上げる。
『せっかく寝付いたんだから、起こさないでくれるかな』
そんな表情で、高山をじっと見上げた。
忠犬の頭を撫でてやると、満足そうに目を閉じる。
「足の具合は?」
本に集中したと思っていた父親の声に、少し驚いて振り返る。
シーズン終盤から痛めていた足だが、疲労のせいもあったのだろう。
オフに入ってからは順調に回復して、今では全く問題がない。
「もう、大丈夫です」
「良かった」
自分の体のことを我がことのように心配してくれる人が、英介と親しくなってから増えた。
英介の両親、妹の友里、何だかんだといいながらも兄の勲も心配してくれる。
英介が少しうめいて、体をさらに丸めた。
「一番甘えん坊だったのに、一番逞しくなって、一番心配をかけてくれる」
本を閉じた父親が、高山と会話を楽しむ姿勢に入る。
のほほんとしていて実は肝っ玉な母や強烈な兄妹の影に、いつもひっそりと佇んでいる父親とじっくり会話するのは初めてかもしれない。
「僕等じゃ英介の躍動についていけなくて、応援するしかないから、君と出会ってくれてよかった」
眼鏡の奥の眼差しは、勲が英介を見守るものとよく似ていた。
自分が英介を愛することで、余計なものを背負わせていると思うこともある。
息子が同性の恋人をつくったことに、英介の両親は反対もしなかった。
高山の父親も反対はしなかったが、念押しはしてきた。
本当にそれでいいのか。
相手のことまで守ってやれるのかと。
守ってやるなんておこがましい相手だと返事をしたら、相手を一発で言い当てられた。
「英介は鈍いから、苦労をかけてるんじゃないかな」
一瞬、頷きかけて慌てて否定した。
英介の鈍さや奔放さに翻弄されているのは事実だが、そういうところにも惚れている。
「浩二くん、お昼まだでしょう? そろそろ英介も起きると思うから、食べてってね」
ひょこりと顔を出した母親は、すぐに引っ込んで行く。
自分のペースに相手を巻き込む。
英介のそんな姿勢は、この母親から継いだものだろう。
「浩二くんはうちの子にないタイプだから、トキちゃんもかまいたくてしかたないらしい」
愛妻のはしゃぎっぷりにさり気無いフォローをいれた。
台所からは既にいい匂いが漂ってきている。
リベロが鼻を鳴らして頭を上げ、英介も同じように空気を嗅ぐような仕草を見せた。
「代表から帰ってきた時に、英介は顔つきが変わってたよ」
英介はごろりとひっくり返るが、もう暫らくは夢の中。
「すごいレベルの奴ばっかなんだって、興奮気味に話してね。高校じゃ叱られることなんてないけど、たっぷり叱られてきたって嬉しそうに言って、特に同室だった高山ってミッドフィールダーがすごいんだって。思えば、その頃から英介は君の話をよくしてた」
初対面の合宿で、最初に話し掛けてきたのは英介だった。
グランドで最初の一言を交わし、部屋に戻ってからも少し会話をした。
お互いがどんな人間なのかを探るような、ぎこちなさの残るやり取りだったと思う。
性格は正反対と言ってもいいほどなのに、何故か一緒にいて苦に思うことはなかった。
すぐに打ち解け、コンビネーションの質も高まった。
「怪我から復帰して高校では少し焦ってたみたいだけど、君たちみたいなレベルの高いプレーをする同年代の選手を見て、かえって腹が据わったみたいだったな」
「……俺は、焦りましたよ。なんでこんなプレーヤーが無名のままだったんだって」
「そう?」
嬉しそうに、息子を誇る。
一時は、愛する我が子を失う覚悟もしただろう。
円満に過ごしていた家族は事故によってどん底に陥ったが、再び笑い声の溢れる家にしたのも英介だった。
英介がサッカーを諦めることなく立ち上がり、高見を目指して行き着いたから。
そんな息子を両親は心から誇っているし、愛している。
英介を見ればそれがよくわかる。
電話のベルと、台所から、
「靖さーん。今、手が離せないから、電話おねがーい」
朗らかな声が聞こえてきて、父親ははいはいと腰を上げる。
父親の前では出せなかった手を伸ばし、英介の頬に触れた。
「……恥ずかしいな」
パチリと目が開いた。
「起きてたのか」
「さっき。うちの父さん、親ばかだろ」
苦笑しながら起き上がり、寝乱れた髪の毛を手櫛で梳いた。
親ばかなんていうのは、きっとこの家の人にとってみれば誉め言葉なんだろう。
「どこに居ても、傍にいるんだな」
抽象的な言葉だったが通じた。
英介は照れ臭そうに笑った。
「最強サポだからね」
リベロの頭に自分の額を押し付ける。
「妬ける?」
ちらりと高山を見る目は挑発的。
「ファンと家族には妬かない」
「富永さんのアシスト決めたら妬くのにな」
「それは一人のパサーとしての嫉妬」
ふわっと大きな欠伸を一つしながら、笑う。
「二日酔いは?」
「ん、楽になったよ。ごめんな、待たせて」
もう一度ぐっと伸びてから、天井に伸ばした手を高山の首に巻きつけた。
「おいっ」
いつ家族が入ってくるかわからない状態での抱擁に、高山は喜ぶよりも先に慌ててしまう。
「三日ぶり」
「たった三日だろ」
「昨日、高校ん時のサッカー部の連中に惚気てたら、すげぇ会いたくなった」
「……馬鹿はお前だ」
どうにかなりそうなほど可愛い発言を受けても、ここでは抱き付いてくる英介をやんわりと抱きとめるしかできない。
そんな高山の戸惑いなど完全に無視をして、英介はゴロゴロ喉を鳴らしそうな様子で首筋に顔を埋める。
そんな様子を見守っていたリベロが、聞きなれた足音を聞きつけて尻尾をゆったり振りながら起き上がった。
「ただいま」
部屋の入口からかけられた友里の声に、高山は一気に硬直し英介はおかえりと同じ体勢のまま返した。
「早かったじゃん」
「お邪魔虫になっちゃったみたい?」
「ううん」
「そう? 高山さん、固まってるけど」
「いーの」
自分よりも大きな高山にひしと抱きつく姿は、まるで自分のだと言わんばかりで友里は笑いを噛み殺す。
「さすがに妬けるわ。いつも傍にいるのね、高山さんが」
そんな一言を残して、友里はリベロを引き連れて二階へ上がっていく。
さきほど高山に言われたのと同じ内容だと気付いた英介が顔を上げ、高山を見る。
「罪な男だな」
的確な発言にきょとりと瞬きを一度。
少し考え込んだ後、一転して鮮やかな笑みを見せた。
コツ、と額を合わせ、目の前に迫った英介は小悪魔のような表情。
あちこちに嫉妬の芽が息吹くほどの愛情を一身に浴びて、それを力に変える。
罪な男にペナルティは与えられない。
我が家も高山の腕の中も、江口英介にとってはオンサイド。
妬かないと言いつつも沸き起こる嫉妬に自然強まる高山の腕の力を意識して、小悪魔はご満悦の表情を見せた。
2004/3/28
ほのぼの甘めに。英介パパとタカの会話が書きたかったのですが不完全燃焼(笑)もっと親馬鹿に書きたかったなぁー。