フッボーで15のお題
空09:ツートップ



「相談があるんだけど」
 相談があるようにはとてもじゃないが見えない顔で、内田コーチが近づいてくる。
 手には、このチームのありとあらゆる情報を網羅しているという内田ファイルがある。
 何だろう。
 この前のPKを遠慮の欠片もないように見えるほどド派手にふかしたことだろうか。
 それとも、ここ最近のプレーが守備に従事しすぎていざ攻撃に絡めないという、攻撃的MFとして突かれても仕方ない有様のことだろうか。
 まさか、移籍打診?
 ネガティブ思考だけは逞しく、ポーカーフェイスの下で高山はぐるぐるとそんなことを考える。
 まぁまぁと、内田は分厚いファイルで高山の腕を叩き、
「直接、お前に関係のあることじゃないから、そんな緊張しなさんな」
 高山の心情など見透かして楽しそうに笑う。
 ファイルをパラリと捲れば、何やら細かい数字の羅列、多種多様のグラフ、本人にしか解読不能であろう手書きのメモが見える。
 その中の1ページを開き、高山に示した。
 出てきたのは顔写真入りのプロフィールだった。
 選手名鑑の一部のようだが、写真の下には細かいデータがぎっしりと綴られている。
 基本体力・運動能力からシュート決定率、アシストの割合、守備への貢献度、試合中の声掛けの回数。
 更には足の使い方、踏み込みの角度。
 性格のタイプがレーダーチャートとして上げられているのも恐ろしい。
 対戦チームの分析は頼もしいばかりだが、この観察眼が内にも向けられていると意識すると甚だ恐ろしい。
 この人の何が凄いかと言えば、それだけの統計をとって分析しておきながら、座右の銘に「サッカーは何が起こるかわからない」を掲げるところだ。
 サポーターの力、スタジアムのジンクス、選手一人一人が抱える背景。
 計算外のそれらに自分の業績が覆されるのを承知で、データ収集を怠らない。
 そういう尊敬すべきところが多いにある指導者だとはわかっているのだが。


「大学生に手を出したんだけどな」
「犯罪じゃないですか」
「誰が色恋沙汰をお前に相談するかよ。来季の補強だよ。補強」
「紛らわしい」
「最初からそこは除外しとけ。俺が青臭いガキに手を出すかよ」
 ガツガツとファイルの角で頭を突かれながら、すみませんと心にもない謝罪を口にすれば、本題だと切り替えられる。
「コイツを獲ろうと思うんだ」
 トン、と内田の指が示したのは、きりっとした目をした若い男の顔写真。
 しっかりとした精悍な面構え。
「○○大学の在住央人」
「ユース代表で、夏にうちと練習試合をした時にいましたね」
 そうそう、と満足げに内田は頷き、立て板に水とばかりに彼のプレースタイルを語る。
 一度対戦した高山の経験に内田の解説が続けば、確かに彼の加入は面白そうだと思えた。
 ただし、それ以前の話で、高山にはチームの戦力補強に口を出せる立場にはない。
「友達も多いし、大事にしてるらしいし。高校時代の寮のルームメイトの話では、多少身の回りの細かいことを面倒がる癖はあるらしいが、部活は真面目にこなしてたらしい。まぁ、爽やかスポーツ少年タイプだな」
「聞き取り調査までやってるんですか、うちの強化部は」
「プロ選手ならここまで細かくしないけど、うちのチームで社会人デビューな子は大事にしたいからな」
 嬉しいような恐ろしいようなと項垂れる。
 項垂れて欲しいのはそこじゃないんだと、内田はファイルの一部を指指す。
 『好きな選手:江口英介』
 最近、こういう若手が増えてきた。
 高山が笑って微笑ましいねと言えるのは、『憧れの選手は江口エースケ選手です!』とキラキラして語る中学生までの話だ。
「何歳?」
「食いつきいいねぇ。お前らの二つ三つ下かな。五輪別の世代では一つ下になるな」

 刺激された脳が忙しなく動き出して蘇らせた記憶は、夏の練習試合だ。
 結果的には4−1で、神戸レインボーチャーサーが底力を見せ付けたのだが、終了間際の失点は在住央人がキーパーのファンブルに詰め込んで、更に弾かれたボールを上がってきたディフェンダーが押し込むという、勝利への気迫が感じられる流れからのゴール。
 在住が呼び寄せたゴールだ。
 ゴール後、チームメイトと拳を固めて吼えてはいたが、試合終了が告げられると、他の選手と真面目な顔で話し合っていた。
 サッカーに対して真面目な選手。
 そんなイメージを持った。
 そしてもう一つ印象に残ったのが、撤収間際のことだ。
 ベテラン富永にアドバイスを求めたりと、両チームが自由に言葉を交わせる時間が生まれた。
 在住は迷うことなく英介のところに駆けてきて、直立不動の状態で一言二言話し、握手を求めた。
 その日2得点のうちのエースは気さくに応じ、背中を叩き、どういう会話の内容だったのか足の太さを比べ合って笑って、頭を撫でてやっていた。
 さほど年の変わらない男に頭を撫でられた在住は、懐っこい笑顔を浮かべていた。
 そんな些細な風景を詳細に覚えているということは、自分がいい気分でそれを眺めていたわけではないということだろう。

「相談って、何スか」
「いやいや。意外と嫉妬深い高山サンが、在住くんに意地悪したら切ない話だと思って」
 クククと喉の奥で笑いながら、内田は高山の眉の上に指を置いて、眉間の皴を左右に引っ張った。
「内田さーん! 在住くん、獲るってマジですかっ?」
 クラブハウスから弾んだ声が聞こえてきて、高山の皴は更に深く刻まれた。
 そこにいつの間に手にしていたのか名刺を差し込み、内田はぶはっと噴出した。
 風のように駆けてくる英介が辿り着く前に、眉間に刺さった名刺を抜いてぐしゃりと折り曲げ内田に返した。
「ね、マジですか?」
 あっと言う間に二人のところまでやって来た英介が、ブレーキ替わりに高山の体にぶつかりながら内田を上目遣いに見る。
「おー、マジマジ。何? 英介は在住ファンか?」
 折り曲げられた名刺をポケットにしまいながら、内田は何事もなかったように英介に問いかける。
「うん、在住くんのプレー、好き。あと、夏に対戦した時に、神戸入団目指して頑張りますって言ってたから。これで入団決定したら、夢叶うんだなって」
 無邪気に笑って、英介は彼が入ってきたら嬉しいと言った。
 内田のポケットの中の折り曲げられた名刺にも、少し高い位置にある高山の眉間の皴にも気付くことなく。
「在住くん、何センチあんの? 俺じゃポストプレーとか役立たずだから、在住くんターゲットにしたら面白そうじゃね? 昴さんも高さあるけど、昴さんの場合はヘディングの一瞬だからさー」
「178センチ。まぁ、ぼちぼちだな」
「タカのパスなら十分ターゲットになるし」
 楽しそうだと今から目を輝かせ、高山のパスの精度に微塵の疑いなど持たず、英介は「な?」と高山の後頭部をポンポンと叩いた。
「えっちゃーん、スケジュール調整したいんだけどちょっと来てー」
「うぃーっす」
 スタッフに呼ばれてクラブハウスに駆け戻る背中を見送っていたら、内田がパタンとファイルを閉じて悪戯っぽい視線を向けてきた。
「在住みたいな大型犬タイプの男の頭を撫でる英介の癖は、お前がつけたんだな」
 頬が熱くなった気がした。
 これ以上、恐ろしい観察力を持つ指導者の視線の先に立っていることはできないと、高山は走り出した。

 在住のプレーを思い出す。
 ゴールへ突っ込んでいったあの姿勢を。
 そして英介のプレーを重ねてみる。
 貪欲なツートップを前線に置いた時、自分がすべきことは何か。
 極上のアシストを供給することだ。
 面白いかもしれない。
 頬の筋肉が緩んだ。
 面白いサッカーができるだろう。
 気がかりがあるとすれば一つ。
 ゴールを見届けた後、英介の手が誰の頭を撫でるのかだ。


2006/03/16
若手の出現にびびる高山さん。
「スーパーサブ」にしようか迷ったのですが、「ツートップ」におさめました。
名前だけ出てきた「在住央人くん」は、当サイトからリンクさせていただいている憂祈さんのBLOG「キミマツユウベ。」の「君待つ夜に想うコト。」シリーズのキャラクターです。メインCPの零ちゃんの高校時代の友人で、将来は神戸RCに入団してくれます(^^)「君待つ夜に想うコト。」シリーズ内でも、うちのタカと英介が登場したりしちゃってます。高校生での登場だったので、「将来は是非神戸RCへ!スカウトに行きます!」と口説かせてもらっていたので、入団話に央人くんをお借りしました。お話リンクですv憂祈さんへ感謝の気持ちを込めて。

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