青いユニホームを纏った体はまだどこか頼りない。
「みんな二十歳以下か。若いなー」
ストレッチをしながら眺めた若者達にそんな感想を零すと、頭上から分厚いファイルが落とされた。
「英介だってそう変わらない年齢だろ。ほら、気合入れろ。いいかー、たまにJ1チームがユースに完敗ってスポーツ誌のネタになるけどな、うちでそんな真似しやがったら次のリーグ戦はメンバー総入れ替えだからな。敗戦はフットボーラーが強くなるための近道だってこと、教えてやれ」
リーグ合間に設定されたユース日本代表との練習試合を前に、内田はそんな乱暴な物言いでチームを引き締めた。
気を抜けばトップチームでも痛い目に遭う。
だけど今日痛い目に遭うのは、怖いものを知らない少年と青年の境にいる彼らだ。
「一人一人は技持ってるけど、まだチーム力が甘いかな。英介らの時と逆」
二度ゴールを揺らしたところで交代の声がかかった。
「まだ色んな選手試してるんだろ。ノブさんも大変だ」
ベンチに引き上げると、内田コーチと矢良ドクターの会話が聞こえてきた。
そう言えばユース代表監督は二人と同年代の元Jリーガーだ。
「あ」
と二人が同時に声を上げた。
グランドの方を振り返ると、神戸側セカンドキーパーの新城が頭上を抜けようとしたシュートに手を伸ばしていた。
ボールはグローブにおさまらず、ポロリと零れる。
そこに青いユニホームが滑り込んできた。
ざざっとグランドの芝を削るスライディングで、零れたボールをゴールへと押しやろうとする。
腰を落とした新城の手がもう一度伸び、ボールを弾いた。
「クリア!」
内田コーチの鋭い声が上がるが、ボールへ触れたのは青いユニホームだった。
後方から上がってきたディフェンダーが押し込んだボールは、ネットを揺らした。
わっと若者の歓声が上がり、先に詰めたフォワードとゴールしたディフェンダーが手を取り合って起き上がる。
「チーム力が甘い?」
矢良ドクターの意地悪な反芻に、内田コーチは肩をすくめた。
「あの子いいね。先に詰めた子」
「在住? まだ学生してるから、唾つけとくか?」
「神戸カラーなプレーをすると思わない?」
「思うけど、あの純朴そうな子がうちのカラーに染まるところを想像すると胸が痛む」
「若い子ほど弄り甲斐があるって、胸が高鳴りすぎて負荷がかかってるわけだ」
あまり聞きたくない話の流れになってきたから、試合観戦に集中する。
矢良ドクターがいいねと言った選手を目で追う。
大学から選出されたフォワードは、目立つほどの身長はないが動きがいい。
テクニックが光る選手が多い中、ドクターが神戸カラーと評価した泥臭さを感じさせる運動量でピッチを駆け回る。
坂本さんの分厚い体と競り合って吹っ飛ばされながらも、すぐに起き上がって走り出した。
歯を食いしばり起き上がる動作に、この試合にかける覚悟が見え隠れする。
テスト段階にあるユースチームを構成する選手達にとって、青いユニホームを身に着けて過ごす一瞬一瞬が勝負だ。
今回は呼ばれても、次はないかもしれない。
みんなが持っている危機感を誰よりも感じていそうな横顔に、そう鋭くはない勘がピンと反応する。
あの子は残るかもしれないと。
面白いかもしれないなと思っていると、試合終了のホイッスルが吹かれた。
引き上げてくる神戸イレブンの姿がオヤジ臭く見えてしまうのは、機敏な動作で集合して即座に反省会を始めた若者達の姿が瑞々しいからだろうか。
暫くして解けた青い輪は散り散りになり、何人かの選手が富永さんの元へと駆けて行った。
近くにいすぎて忘れたけれど富永さんがすごい選手なのは確かなことで、若手がアドバイスを求めに行く気持ちもわかる。
緊張した面持ちの若き代表に対して、富永さんは気さくに応じている。
流石だなぁと思っていたら、群れをはぐれた青が真っ直ぐにこっちに向かってくる。
……オレ? ……じゃないよな? ん?
ぐんぐんと近付いてきた青色は、俺の前に立った。
「○○大学の在住央人ですっ。ずっと、ずっと江口選手に憧れてました、じゃなくて憧れてます!」
俺よりも背の高い年下のフォワードが、頭を下げながら手を差し出してきた。
「……、おれ?」
びっくりした。
そんなに年齢の離れていない選手にこんな風に言われることはあまりないから、驚いた。
驚いたけれど嬉しかった。
「マジで? やべ、マジで嬉しい。ありがとー」
くすぐったい気持ちのまま、差し出された手を握った。
力強く握った手は、同じくらいの力で握り返される。
顔を上げた在住くんがほっとしたような表情を見せる。
見上げる位置にある顔は精悍だけど、浮かべる表情がまだあどけなかった。
自分のことはわからないけれど、そう言えば五輪前のタカの表情はまだあどけないという表現が当てはめられたっけ。
今はもっと硬くて厳しい。
自分達はこの数年で、何を落としてしまったんだろうか。
発達の余地を残した若木のような四肢が纏う青が眩しい。
「しっかり飯食えよー。もうちょい厚みが出るだろ、在住くんの体なら」
ぽんぽんと肩を叩くと、在住くんは生真面目に、
「はいっ」
と気持ちのいい返事をくれた。
「俺なんか食ってもぜーんぜんがっしりしねぇの。足にはそこそこ栄養いくらしいんだけど」
ハーフパンツの裾を捲り上げる。
「うわ、すげぇ」
体格に見合わない腿の筋肉に、在住くんがとても素直な反応を見せてくれた。
「ジーパンとか合うサイズないからね。胴回りは入っても、足がおさまらないの」
「試合とか見て不思議だったんです。江口選手の体でなんであんなに早いのかなって。スタミナもすげぇし。あっ、失礼だったらすみません!」
真面目な子だ。
そう言えば一才下のユーキも入団当初はこんな感じだった。
たぶん、俺らも。
それが……たった数年で……。
俺たちが落としてしまったのは、初々しさと真面目さだろうか。
「あの、俺、大学でたら……、呼ばれたらなんですけど、神戸、入りたいって思ってるんです。江口選手の傍でプレーしてみたいって思ってるんで、どうなるかわかんないけど、覚えててもらえたら、嬉しいっす」
くすぐったい。
直球で向けられるファンコールは、たった数年先にプロ入りした俺の立ち位置を思い知らせるような熱い響きを持っていて、まだまだ短い選手人生の確かな歩みを自覚した。
「うん。忘れないよ。待ってるから、早く上がっておいで」
まだ大したポジションではないけれど、確かに俺はサッカーで飯を食っていて、誰かの憧れになりうる場所に立っている。
人に憧れてサッカーをしてこなかった俺が見失いがちのことを、目の前の青年が教えてくれた。
「今度は俺と在住くんでツートップな?」
伸ばした手で在住くんの頭をぽんぽんと叩いてみると、在住くんはやっぱりあどけないような顔を見せてくれた。
礼儀正しく一礼して、在住くんは青い一群に戻っていった。
「いいなぁ、あの若さ」
ぼんやり眺めていたら、富永さんが横に立っていた。
「ちょっとしか年違わないけど、体変わりますね」
「運動量や食う量も違うし、かけてもらえる手間も金も増えるからな」
現実的な話に苦笑する。
「初々しさもありますよねー」
「初々しさが抜け落ちるのをうちのチームカラーのせいにするなよ。一つ負ける度、顔つきが変わってくる。世界の壁にぶち当たって情けない大敗に膝折って不細工になって、それから勝利を味わってサポーターの歓声浴びて綺麗になるのよ〜」
最後は茶化しながら、富永さんが俺の頬をムニムニと揉む。
落としたわけでも、失くしたわけでもない。
積み重なっただけだと、富永真吾の言葉は響く。
「若さを羨む暇も、頑張れって励ましてる余裕もないぞ。次は横浜戦だ。がんばろーぜ」
「うっす」
ポンポンと富永さんの手が、さっき俺が在住くんにしたように優しく頭を叩いていく。
富永さんが上手に注いでくれた闘志を、俺は在住くんにちょっとでも与えることができただろうか。
逆にもらった気もするけれど。
「タカー! 居残り付き合って!」
相棒を振り返ると、ずっとこっちを見ていたのかコクリと即座に頷いた。
もうあどけないなんて表現が似合わない、ふてぶてしい顔をしたタカは足元のボールを蹴って寄越した。
たくさん負けた。
たくさん勝った。
不細工に顔を歪め、美しく笑い、ボールを追いかける。
二十歳を過ぎても、最年長の記録を背負っても、俺たちはただサッカーをするだけだ。
どこがスーパーサブ?という感じですが、若手はみんなスーパーサブという心意気でテーマ還元(笑)
登場した在住央人(アリズミ ヒサト)くんは、リンクさせていただいている憂祈さんの小説ブログ「キミマツユウベ。」の主軸シリーズ「君待つ夜に想うコト。」に登場するキャラクターです(憂祈さんの別館サイト「Twilight Garden」にも登場しています)。嬉しいことに在住くんは大学卒業後、神戸RCに入団が決定しております(^^)
実はこの話、19万ヒットのキリリク小説なのです。リクしていただいたのが去年の秋です……(憂祈さん、すみません!!)フッボーで15のお題「空09:ツートップ」でも在住くんと英介の初対面シーンを書いたのですが、その裏話チックになっています。在住くんの頑張っている姿をもっと見たいと思われた方は、ぜひとも憂祈さんのサイトへジャンプしてみてくださいませ。