ハットトリックを達成したそのフォワードは、それでも満足しないらしい。
控えめなガッツポーズをすぐに解くと、センターサークルに駆け足で戻った。
高校サッカー広島県大会。
ドラマが目の前で起きている。
県大会初戦。
前回優勝こそ逃がしてはいるけれど、県内でサッカーが盛んと言えば強豪A高。
ユース代表にも名を連ねるストライカーの神戸RC入り打診のため、県内のグランドを訪れていた男の目に映ったのは、信じられない数字を表示するスコアボードだった。
少し遅れてグランドに到着し、スコアボードを確かめた。
3−1のスコアに納得し、席を探そうとスタンドを見渡す。
見渡しかけて、スコアボードに違和感を覚えて目を戻した。
3−1のスコアは見間違いがない。
違ったのは、どちらが3点でどちらが1点なのか。
A高 1−3 K高
目を疑ったが、何度見直しても同じ結果しか映らない。
A高の出場メンバーをざっと目で追って見れば、全員が一軍で大半がレギュラーだった。
内三人が代表経験のある金の卵。
スタンドは予想外の試合の行方にざわめき、声援も乱れがちになっている。
K高、と男は記憶を辿った。
中国地方の若い選手達には目を配っているつもりだ。
過去に拾い上げた選手の何人かは、今や日本サッカー界になくてはならない存在にまで育ってくれている。
スカウトマンとして長年やってきているが、K高の名前が自分の情報網に引っ掛かってきたことは一度もない。
K高校と言えば、特色のある私立高校ではある。
俳優、音楽家、文芸家、陶芸家、画家と、文人を多く輩出している。
部活動も文系のものが充実していて、実績もある。
運動部は存在することは存在するけれど、運動不足解消程度の志しを持った生徒が集まる程度のものだったはずだ。
それが、何故。
校風が劇的に変化した話など聞いていないし、教育方針の転換があったとも思えない。
グランドに目をやる。
K高のオレンジ色を基調としたユニホームの動きを観察してみると、答えが見えてきた。
たった一人、半端ではない運動量とテクニックとでピッチを切り裂きこの驚愕のドラマを生んでいる選手がいる。
じっと目を凝らし、まだまだ少年めいた顔立ちをデータベースから探し出そうとする。
11番。
江口英介。
かすかな記憶が残っていた。
未だに破られていない広島の中学生陸上競技大会の五十メートル走記録保持者の名前が、江口英介だったはずだ。
中学生を対象としたジュニアクラブに所属していた俊足フォワード。
記憶にあるのはそこまでのデータだ。
これほどはっきりした特色のある選手の、その後の活躍が聞こえてこなかったのが不思議だった。
K高校のレベルは高くはない。
戦術も技術もあったもんじゃない。
そんな足枷とも言えるメンバーを抱え、たった一人でプレーする。
それを、全国大会で優勝旗を持ち帰ったこともあるA高を相手に3得点。
今もまた、インターセプトからドリブルで相手陣内へと切り込む。
ハットトリックを達成した選手へのマークは異常なまでに厳しいが、A高には動揺もあるのだろう、ミスが目立ち、江口の突破を許す。
ユニホームを掴んだディフェンダーの守備を振り切っての、強引なミドルシュート。
それが見事にゴールネットを揺らす。
手負いの獣の最期の足掻きのようなフィニッシュ。
誰のフォローもアシストもないプレーは、サッカーと言い難い。
言いたくもない。
けれどこれは、心震わせる良質なスタンドプレー。
喜びを分かち合うチームメイトはおらず、江口は一人拳を固めて胸の前で上下させる。
孤独なパフォーマンス。
「キャー! えっちゃん、かっこいいー!」
それに応えるたった一人分の声が、斜め前のスタンドから聞こえてきた。
K高校の制服を着た女の子二人組だ。
彼女かなと思って耳をたてていれば、
「ほんっと、友里はお兄ちゃん大好きよねぇ」
「えー、だって今のかっこよかったでしょ?」
「確かにすごいけど」
「誰かがパス出してくれたら、きっともっとかっこいいのに」
どうやら妹らしい。
ポツリと呟いた言葉に、興味が更に大きくなる。
あの子は好んでワンマンなプレーをしているわけではないのだ。
欲している。
アシスト、パス、フォロー、チームプレーを。
「あんなに走り回ってさ、怪我はもう大丈夫なわけ?」
「平気って言ってた。先生ももう大丈夫って。今はね、動けるのが楽しくて仕方ないんだって。本当は、ちゃんとサッカーがしたいんだろうけどさ」
「まぁ、うちのサッカー部じゃねぇ」
「……ん」
“怪我”という単語から、見失っていた俊足フォワードのアウトラインが描けてきた。
ならばあの子はまだ高見を目指しているということか。
肩で大きく息をして、それでもゴールを見据え、反応の鈍いチームメイトに飽きず声をかける。
前傾姿勢にゾクゾクした。
ひたとゴールを見据える瞳の強さに、射抜かれる。
スピード、ドリブル、フェイント、スタミナ、ゴールへ向かう姿勢。
荒削りではあるが、面白い。
あっと言う間の六得点。
「ありえねぇ……」
思わず呟いてしまう。
ホイッスルが吹かれた瞬間、A高イレブンは首を傾げながら項垂れた。
K高イレブンは酸欠で蹲ったストライカーを遠巻きにしつつ、こちらも首を傾げながら帰り支度を始める。
異様な光景の中、ベンチに座っていた控え選手の一人が携帯酸素ボンベを手に江口に近付いた。
それをきっかけに数人の選手が駆け寄り始める。
いずれも控えであったり、応援に来ていた生徒だろう。
妹が心配そうに見つめる中、江口の周りには吸い寄せられるように少年達が集まる。
「笹岡先輩、一緒に頑張ってくれるといいね」
「うん。えっちゃんもね、ササ先輩のこと信頼してるから、ほんと、一緒に走ってくれたらいいんだけど……」
一番に近付いた少年は笹岡と言うのか。
江口の同級生なのだろう。
冷め切った最上級生の心は動かせないようだが、青さの残る同級生世代の気持ちは掴みかけているようだ。
一つの高校が変わろうとする、まさにそのワンシーンが見える。
ゾクゾクした。
笑いが止まらない。
取り出した携帯電話を開き、汗ばんだ指で番号を呼び出す。
相手は休憩中だったのだろう。
3コールで電話を取った。
「あ、内田くん? お久ですー。えー? そりゃテンション上がるよ。今、すっごいの見つけた。面白いよ。最高。あんなスタンドプレー、見たことない」
転がり始めたイメージ。
江口英介という一人の少年の人生が。
K高というサッカー無名校の歴史が。
自分の、スカウトマンという実績が。
上等なスタンドプレーで視線を奪った少年は、仲間達の肩を借りて立ち上がった。
その足が踏みしめる階段を作るのは、自分だ。
男は笑みを深くして、歩き始める。
行き先は、未来のフットボーラーの元だ。
2006/02/11
スタンドプレイとは、チームプレーを無視して自分だけが目立つようなプレーをすること、です(たぶん)
書きたかったのは良質なスタンドプレー。英介が夢と掴み取った瞬間です。このあとは国体選抜とかそういうのに呼ばれて、めきめき実績を作る、という設定。