幾つかのタイトルを獲得できたからと言って、天狗になっていたわけじゃない。
と、思いたい。
馴染みの顔が並んでいた十七歳以下日本代表合宿に、見慣れない顔も少しだけ混じっていた。
その中の一つは本当に見たことがなくて、自己紹介の時に名前や経歴を聞いてもちっともピンと来なかった。
小柄な体に同い年には思えない童顔で、屈託無く笑う。
女の子にさぞかし人気があるのだろうと思える顔立ちが目を引いた。
自ら積極的に周りに声を掛けて、打ち解けている。
俺も出会って一時間後には”なっちゃん”扱いだ。
それを馴れ馴れしいと思ってしまえないのは、彼の人間としての魅力なのかもしれない。
どんなプレーをするのかと興味を持った。
その答えは基礎トレーニングですぐに明らかになったけれど。
足がとにかく早い。
そのうえ、へばらない。
なんでこんな選手を今まで召集していなかったのかが不思議なほどに、そのスピードは群を抜いた。
試合形式の練習でもそれは発揮されて、見守っていた関係者をざわめかせる。
試合形式のゲーム。
リズムを変えようと最後尾まで戻ってきたボールを回す。
緩やかなディフェンスラインの繋ぎに、江口英介は突っ込んでくる。
引き付けておいて、パスを出す。
もう一度。
それが、甘かった。
近づいてきた英介のスピードがぐっと加速した。
パスを出そうと軸足に力を入れるより早く、英介の足がボールを攫う。
そのままゴールへ放ったシュートは、キーパーの股を抜いてネットを揺らした。
熱湯を浴びせられたような、冷凍庫へ放り込まれたような、そんな居た堪れなさに体が強張るのを感じた。
無意識のうちに油断した自分の甘さを、見せ付けられた気がした。
その油断に叱咤が飛んでこないのは、それ以上に英介のスピードに周囲が圧倒されているからだ。
休憩の声が掛かっても、なかなか足が動かない。
そんな俺の背中を英介が叩く。
「なっちゃんの好きな食べ物はなに?」
「は?」
「何食べたら体に厚みが出るのかなと思って。俺、すぐに吹っ飛ばされるんだよね」
言いながら練習着の袖を手繰り、肩を出す。
その肩は確かに細く薄く、ボディバランスの悪さを証明するかのようだ。
「肉」
「だったら俺も好きだよ。めっちゃ食ってるよ」
「……さくらんぼ」
「マジでっ? さくらんぼ食ったら体作れるのっ?」
「親戚の家がさくらんぼ農家で、ガキの頃からよく食べてたよ」
「さくらんぼ!」
さくらんぼなら美味しいし、高いけど、気をつけて食べてみよう。
そんな独り言が聞こえてくる。
ゴールへ向かった顔は男らしかったのに、なんだかこのギャップは魅せられる。
英介が入れたのは、ゴールだけではなく。
俺の中のサド気質を燃え上がらせる点火スイッチかもしれない。
2006/11/5
夏木さんはサドだという話。英介はアホだという話。