サッカーするにも……

 

 

 

 日本は不況である。
 大変な不況である。


 故にサッカークラブ運営も楽ではない。
 サッカーやって飯を食うには、空地や学校の校庭で草サッカーをしているわけにはいかない。
 ホームグランドにユニフォーム。
 スタッフに、何よりも必要なのはお金を払ってサッカーを見に来てくれるサポーターが必要である。
 そこで必要になるのが、スポンサーである。
 例え入場者数が凄まじい数字を弾き出すクラブであろうと強豪であろうと人気があろうと、スポンサーである会社が倒産するときは倒産する。
 そんなもんである。
 しかしチームにとってみれば一大事。
 サッカーするにもプロになれば、空地とボールがあればいいとは言ってられなくなるのである。
 資金源は必要である。
 そして選手は広告塔。
 サッカーしたいのなら顔を貸せ、だ。
 そういうわけで、神戸レインボーチャーサーのスポンサー一社が派出に倒産した。
 しかも、神戸RCの最も大きな資金源だった会社だったのだ。
 ユニフォームの胸のスポンサーロゴがすっぽり消えた。
 クラブだけでなく、チームもちょっと困惑。
 実感はないけれども、ちょっとやばいよなと口にしあっているのは選手達だった。
 フロント側からのお達しがあったのだ。
「お願いだから顔売って。スポンサー探してきて。稼いで来て」
 とのこと。
 さぁ、サッカーが得意な神戸の虹追い人達にとっては一大事である。

 

「真吾の場合はね、やっぱり経験だと思うんだよね」
 神戸RCの独身寮・虹明寮の食堂のテレビには、神戸RCのスポンサーである地元銀行のCMが流れていた。
 画面では代表でも頼られるチームキャプテン富永真吾が、この銀行の信用性をうたっている。
 びしっとスーツ姿で頼れる男スマイル。
 それを経験のなせる技だと呟いたのは、片岡昴だった。
「いー男じゃねぇか」
 何か文句あるかと富永は丼飯をかき込んでいる。
 この姿と、画面の中でにっと白い歯を見せて笑っている姿が同一人物だなんて。
 富永真吾はサッカー界の中でもベテランだ。
 今でこそ年齢による衰えのために代表を外れているが、日本サッカー界を代表する男だ。
 稼ぎだって半端ではなく、サッカー選手であると同時に一つチャリティに関わる会社を神戸RCのOB達と設立している。
 そんな富永の活動は海外にも理解者を得て、海外の大物サッカー選手の何人かに友人と呼べる存在がいる。
 富永の存在は神戸RCにとってもサッカー界にとっても大きい。
 とは言ってもスポンサーはスポンサー。
 今CMに出ている銀行は以前からのスポンサーだ。
 富永真吾もサッカー界では有名でなくてはならない存在だが、もう一人なくてはならないのが片岡昴。
 彼は業績云々ではなく人気があるのだ。
 その顔は生かさなければ。


 誰かが揶揄する口調で言った。
「お、RCホットラインの連続CMじゃん」
 今度はうってかわり、ラフなかっこうの昴が画面に登場する。
「やめてくれー」
 と昴が嫌がる。
 このスポンサーは神戸の大手企業で、系列のアミューズメントパークのCMだった。
「うわっ、恥ずかしいCMっスねぇ」
「うるせぇよ、寺井」
 昴は顔を見せない女の子の手を引いていて、アトラクションを楽しんでいる。
「これ、素じゃん」
「いやぁ、いろいろ楽しみましたよ」
 最後に観覧車の中で、昴が『楽しかっただろ?』と自信満々に笑いかけるのだ。
 いや、お前が楽しんでるんじゃ、とチームメイトからはツッコミが入る。
 地域貢献ということで、寺井も地元選挙への参加を呼びかけるイベントに参加した。
 親ばかなJリーガーは多いが、その筆頭とも言える坂本は愛娘のヒカリちゃんと奥さんと連れ立って、
 父親の育児参加を呼びかけるポスターのモデルに抜擢された。
 

 

 今、神戸RCは忙しい。
 悲愴な顔をしたマネージャーに笑顔は戻ってきたが、まだまだ充分ではない状態だ。
「看板娘は仕事したのか?」
「えっちゃん先輩はダメダメですよ。今日はJリーグスポンサーのCM撮影だったって」
 チームスポンサーも大事だが、Jリーグスポンサーも大事である。
 チームが一つでは試合にならないし、リーグを組んでもらわなければ優勝も出来ないのである。
 サッカー選手のジレンマ。
「高山サンは?」
 富永が問いかけた先の高山は、一度はその問いを無視しようと試みた。
「高山コージくんは商売できたんですか?」
 富永の食堂に響き渡るような声を無視するわけにもいかず、高山はしぶしぶ顔をあげた。
「とってきましたよ」
「あぁっ!? 嘘っ」
「たぶん、一番でかいスポンサーになるって原口マネージャー言ってました」
「マジですか」
 別人を見るような富永達の視線を高山はやり過ごす。
 高山も人気のある選手だ。
 昴や英介のように愛想を振り撒いているわけではないが、今時珍しい硬派さとインタビューや写真が苦手なところなんかがうけているらしい。
 極力そういう場に顔を出さない高山が、CMでもパンフレットにでも顔を出せばそれはちょっとした話題になるだろう。
「カメラ、あるじゃないですか。チュノンっていう」
 高性能でスタイリッシュなデジタルカメラを次々と生み出している大手の会社だ。
「後輩に身売りをさせた気分だな」
 皆が唖然としている中、まさにぼそっと富永が吐き出した。
 昴や英介にとっては対した事のない撮影でも、高山が挑むとなると重みが違う。
 決死の覚悟だっただろう。
「やるときゃやりますけどね」
 溜め息は重いが、その顔には腹は括ったと書いてある。
「すんげぇ楽しみかもしれない、そのCM」
「ビデオ録画しようぜー」
 人事にはしゃぐ先輩や後輩達を呪いながら、高山は憂鬱な溜め息を吐いた。
 画面では再び昴のCMが流れ、楽しかっただろ? のセリフに食堂は笑いに包まれた。


 

「……エースケ、楽しそーに映ってんなぁ」
 数日後の食堂。
 テレビの画面には、英介と山形ワイルドウィンドの樋口夏木が出演しているJリーグのスポンサーである大手の飲料水の会社のCMが流れている。
 代々オロナミン○は野球選手、デカビ○はJリーガーと決まっている。
 オロナミン○はそうでもないが、デカビ○シリーズは決まってお笑い系である。
 笑いをとれないサッカー選手たちに企業は何を求めているのだろう。
 ギャップだろうか……。
 過去何かの過ちとでも言うように、海外で活躍するクールなJリーガーの出演もあったが、ここ最近のキャスティングを見ると各チームのいじられ系が多い。
 江口英介は神戸RCのいじられキャラの筆頭だ。
 

 画面の中では、英介が自慢の俊足を生かして試合に勝利する。
 控え室に戻ろうとするところを、黒ずくめの男達に声をかけられる。
 陸上競技会からの勧誘を即答で断るが、デカビ○一年分につられてあっさり承諾。
 果たして陸上選手に転向した英介を、夏木がサッカー界に引き戻そうと策を練る。
 陸上トラックを猛ダッシュする英介の前に夏木がサッカーボールをコロンと転がすのである。
 まるで猫ジャラシの前の猫のように、英介はボールを追いかけ始めてピッチの中に戻ってくるという、
「俺、馬鹿みたいじゃないですか」
 と、英介本人にさえそう言わしめた一作である。

 

 英介のいかにも頭が軽そうな笑顔と、夏木のいかにも意地が悪そうなほくそ笑みがおかしい。
「いいキャスティングじゃん」
「笑えるし。やっぱり英介はこういうキャラクターだよな」
 チームメイトの演技にケラケラと笑いが起こっている。
「俺、こんなに馬鹿じゃねぇし」
 世間の自分への認識をこんな形で知らされた英介は、彼にしては面白くなさそうな顔をしている。
「夏木もオイシイよな。あれだけ性格が悪いのに、最近じゃ人気があがってるとか聞いたけど」
「最近の若い娘の趣味はわからん」
 その若い娘に依然人気がある富永の呟き。
「えっちゃん、彼氏はどうしたの?」
 彼氏、とは高山のこと。
 高山浩二の得点後のパフォーマンスの英介とのキスはサポーター達にも知られているが、
 事実二人の関係がただのチームメイトではないことを知っている人が、果たしてここにいるのかいないのか。
「なんか今日からチュノンのCM流れるらしくて、恥ずかしいからってさっさと寝ちまいましたよ」
 彼氏という言葉を否定もせずに、英介は答えた。
「マジで!? そりゃあ見なきゃあなぁ」
 人の不幸ほど面白いものはないらしい。
 これがもしも負傷ならば食堂は暗澹たる空気に包まれるのだが。
「どんなCMなのか聞いてないんですか?」
「教えてくれるもんか」
 あがり症で目立つことが苦手な高山がCMだなんて。
 本人も相当の後悔を繰り返しての出演だろう。
「カメラのCMだろー? 小倉サンがちっちゃいカメラの出てるけど、あれはかっこいいよね。レザーのジャケットでさ、あの人スターだからばっちりカメラ目線だし。アップでウィンクしても許される人だしな」
「あれをタカがやったら俺らでも気ぃ失うわ」
「笑い死にますよね」
 欠席裁判は毎度のことだ。
 このチームで築く友情はなかなか壮絶だ。
 スポーツニュースでのインタビューならまだしも、CMとなればよく知っているはずのチームメイトがちょっと違う顔を見せる。
 からかうには絶好のネタになる。

 

 

「ちょっ、ちょーっ、これっぽくないっスか!?」
 ゲラゲラと笑う先輩達を遮るように、ユーキがテレビを指差して叫んだ。
 笑いは一気に引いて、いくつかの視線が画面に突き刺さる。
 画面は休日の昼下がりを思わせる明るい部屋の中。
 高山浩二は素足にジーパン、プリントの入った白いTシャツと爽やかで、いつもと大差ない姿で部屋の窓際でマグカップを手に寛いでいた。
 カタカタとタイプライターのような文字が並び、変換されていく。
『なんか喋ろうよ』
 その文字――声――に高山が振り向くところでシャッター音。
 画面は続き、高山が、
「お前が喋れよ」
 と気やすく応じる。
『ほんとーに喋んないよね』
 画面は高山の横顔から正面に回りこみ、表情を窺うようなアップになる。
 鋭い双眸を高山がふわりと微笑ませる。
 黒々としている双眸が部屋の光を映して微妙な輝きを見せた。
 ここでもシャッター音が連続する。
「言葉にするだけが、会話じゃないじゃん」
 画面は高山の瞳に吸い込まれるようにアップになり、フェイドアウト。
 白字のタイプで、恥ずかしがっている絵文字が打ち出される。
 商品の説明が流れた後、再び画面は部屋の中になる。
 アイボリーのファブリックの上でゴロリと横になり、口を開けた状態で眠る高山の姿。
 カシャっと響くシャッター音。
『もーちょっとお喋りしようや、コージクン』
 一変したタイプでの口調。
 画面はいきなりカメラのレンズのアップになる。
 ゆっくりとカメラがずらされ、高山の相手役の人物が顔を出す。
 茶髪の前髪と、のぞいたでかめの瞳。
 悪戯が成功した子どものような瞳……。


 

「…………!!!???」
 食堂の視線は一斉に移動して、英介に突き刺さった。
 みんなが背を向けたテレビでは次のCMが流れている。
 パックの牛乳のストローを噛んでいた英介がヘラリと笑った。
「やっぱり俺っしょ?」
 なるほど、高山が部屋に引きこもるわけだ。
「タカ、部屋で死んでねぇだろうな」
「あの高山さんがカメラの前でよくこんな顔ができましたね」
 高山にしては随分とリラックスしていたようだ。
 画面を通して見る高山で、ゲーム中以外で普通の状態でいる高山など見たことがない。
「だぁかぁらぁ、俺でしょ。俺。高山浩二を生かすのは江口英介様だけっしょ?」
 まるでドッキリが成功したような、そんな愉快そうな顔で英介は何故か胸をはる。
 サッカーでも私生活でも、高山浩二を生かす立場にいる英介だ。
 本当にいいコンビだと彼らの先輩達は思い、本当に仲がいいよなと後輩達は思う。
「まぁ、これでスポンサーは獲得できたわけだし、集中してJ突入だな」
 まったくだ。
 彼らに一番いい笑顔をさせようと思えば、彼らともう11人の相手チームとサッカーボールをピッチに放り込むのが一番いい方法だ。
 あの高山だって、ピッチの中でなら自然といい表情を見せる。
 幾千の視線も自分達のプレーを追うカメラも、その時だけは自分を鼓舞する力となるのだ。

 

 こうして神戸レインボーチャーサーは強力なスポンサーを獲得し、Jリーグへの準備を万全にした。

 


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<後書き>
書きたかったんです……
っていうか、スポンサーについてのアレコレは嘘っぱちです。そんなCMばっかじゃないでしょうし。
まぁ、なぁんとなく(笑)な流れです。神戸RCの仲のよさとか描きたかったんです。
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Jリーグを見よう推進委員会作(笑)
ちょっと読むのにパワーのいるような作品になってしまいました。変に重たい作品のような気がします。
薫が以外とあっさりしてしまったので、もうちょっといじけさせてもよかったかなと思いました。
BGM推奨 YUKI「プリズム」(でもタイトルはBUMPから)
ワールドカップ前に書いたんですが、途中で大会を見てちょこちょこと書き直しました。
もうちょっと取り乱した薫が書きたかったのですが、落ち着いた彼の像から作り上げたのでなかなか難しかったです。
でも薫を書くのは楽しいので、今度はもっとライトにくだらない話しを書きたいです。
薫はともかく市井が微妙に富永と見分けがつかなくなって痛い……

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