フッボーで15のお題
太陽01:イレブン



 内田の部屋に遊びに行ったら、珍しく部屋が散らかっていた。
 物の少ない独身男の散らかりようもない部屋に、今日は資料が散乱している。
 資料に埋もれるようにして、内田は部屋の中央に座り込んでテレビに齧りついていた。
「何やってんの」
 至極当然の俺の問いに、
「買い物」
 と、妙な返事。
 足下に滑り込んできた紙片を手にとって見る。
 テレビにはテレビショッピングではなく、高校サッカーの試合が映し出されていた。
「ドクターも一緒にいかが?」

 冬。
 来季に向けての新戦力獲得に各チームが乗り出す季節。
 内田の手元にあるのは、正式オファーを目前にしたこの時期まで候補に残っている獲得有力選手達の資料らしい。
「そんなに悩むような買い物か」
「嫁さん選びよりも重要課題だ」
「嫁さん選んだこともないくせに」
 いつもはこざっぱりした内田だが、今日は無精髭を生やして目の下には隈を作っていた。
「三人は決まってるんだけどな。あとは超大物か、高卒ルーキーかで迷ってる」
 超大物とやらの正体を尋ねれば、ワールドカップ優勝、ヨーロッパ選手権優勝、トヨタカップまで掻っ攫った経験のあるファンタジスタだった。
 彼を一人獲得するか、高卒ルーキーを二人ほど獲るかで悩んでいるらしい。
「ルーキーはどんなもんよ?」
「江口英介と高山浩二。もう二名ほど新人の名前が挙がってるけど、俺は獲るならこの二人だと思ってる。強化部の方でもその方向で話すすめてる」
「ふぅん」
 欠伸を噛み殺す新米ヘッドコーチの意見そのものが採用されるわけではないが、自分の出身母体に加える新しい力だ。
 いくら吟味してもし足りないのだろう。
 江口と高山の名前はユース代表に挙がっているから、俺も聞いているしプレーも何度か見てはいる。
「江口は小柄だけどスピードがある。ドリブラーとしてはかなりイケてる。メンタル面はスバルよりも強烈だ」
「この事故って言うのは?」
 江口英介の資料の略歴には、中学の頃に事故に遭ったという表記がある。
「交通事故で死にかけて、足も駄目にしかけた。無名の高校に進学して、それでもコチラ側の目を惹いた。国際試合でもそれなりの結果が残ってる。相当だぜ?」
「ふぅん」
「そういうの好きだろ」
「好きだね」
 自分に重ねるからなのか、興味をそそられた。
 再生されているビデオの中で、プロへの糸口を掴もうとしている少年は生き生きと走る。
 確かにスピードはあるし、剥き出しにされた闘志は数年前の映像からも伝わってくる。
「ただ、ひょっとしたら事故で負った傷が、将来的には爆弾になるかもしれない。そういう不安はある。そのへんはお前の見立てが必要になるかもしれないな。今、怪我の詳細について問い合わせてるところ」
「なるほど」
「まぁ、欠点を言うならプレーに多少自分勝手な部分が見られることかな。本人も気付いて改善しようとしてるから、それもプロで叩かれて良くなるだろうな。あとボディバランスも悪い。それでもこの走りは魅力だろ。他のチームからもオファーがいくだろうけど、うちの条件も悪くないはずだ」
 次、とつい手を出した。
「高山浩二の方はまぁ、飛びぬけた才能は感じられないけど、高いレベルに放り込めば自然と磨かれていくタイプだと思う。江口と違ってプロや代表入りを渇望するような姿勢は感じられないし、プレッシャーにも弱い。声を出すタイプでもない」
 過去のデータではPK戦の成功率がかなり低い。
 直接ゴールを狙ったFKよりも、ターゲットを置いて狙ったFKの方が確率が高いともある。
 それでも高山浩二が描くことのできるFKの軌道は、十分に直接ゴールを狙えるカーブを描いていた。
 つまりは、プレッシャーに弱いということか。
「お前が出すデータの細かさはえげつないね」
 ターゲットの弱点を暴くほど細かい分析が内田らしかった。
「他の候補の方が華のあるプレーをするけどな。伸びしろは高山が上じゃねぇかと睨んじゃいる。江口とのコンビネーションも悪くない。代表でも仲が良いらしいし。俺はこの二人をセットで推したいと思ってる」
 話の調子では、高山浩二の可能性について自信をもちきれていない様子だ。
 伸びなかった場合、チームや運営へのダメージだけではなく、一人の若者に大きな挫折を味合わさせてしまうことになる。
 新しいイレブンに声をかけるのは簡単な話じゃない。
「長い目で見てやらなきゃいけないだろうけど、欲しいなぁ」
 テレビ画面ではまだ華の咲いていないと言う高校生がサイドに流れて、敵陣突破を図ろうとしていた。
 大きなパスはミスキックに見えた。
 次の瞬間、テレビカメラの視界に駆け上がってきたチームメイトがダイレクトでシュートを打った。
 数秒先のチームメイトの動きを想像し期待し、自分の描いたビジョンにぴったり合うように正確なパスを放る。
 自分が華になるタイプじゃない。
 一緒にゴールを生む相手を咲かせるタイプだ。
「でも即戦力を考えたら高卒ルーキーじゃ荷が重い」
 あーと唸って資料を投げ出し、フローリングに転がった。
 神戸の最高順位は三位。
 そろそろそれ以上の結果を出さなくてはならない。
 そのための新しい力を決めるのは、思いのほか困難な作業のようだった。
「ブランドショップで二時間三時間、平気で過ごす女の気持ちがわかったぞ」
「俺も高い買い物平気で強請る女の気持ちがわかった」
 内田が俺を見上げた。
 嫌そうな顔になりながらも、真面目なおふざけに乗ってくれた。
「何でも買ってやるよ。欲しいモノ言ってみな」
 ブランドショップでうっかり口にしてしまって痛い目を見ただろうセリフを再現した内田は、うんざり顔なのにどこか嬉しそうにも見えた。
「でっかい買い物させるぞ」
「嫁さんもらえって言うんじゃないなら、安いもんだと考える」
「なるほど。じゃあ、買ってもらおうかな」
 俺達の夢を背負わせる新たな力を。
 二人の若者の未来を。
 小さな小さな二つの卵。
 あたためるのは、自分達だ。

 放られたクロスは正確すぎて、溜息が零れるほど。
 駆け込んできたのはスピードスター。
 ボールが地面につくすれすれで、ピッチを駆け上がってきた足が払う。
 キーパーの頭上を突き抜けゴールネットの天井を揺らす、豪快で計算しつくされたドライブボレー。
 獲得して一年とちょっと。
 出場機会に恵まれていたとは言えないが、小さな芽は厳しい季節を耐え抜き確かに芽吹いた。
 関係者の視線を徐々に集めている。
 大きく手を広げて喜びを体いっぱいに表現した江口が、アシストをした高山に飛びつき抱え上げられる。
「いい買い物だった」
 苦悩の末に格安で未来を買われたルーキー達は、どんどん自分達の価値を高めていく。
 満足そうに眺めるコーチとドクターの間に交わされていた不穏な会話など、知る由もなく。


2005/6/4
第三者視点の高山浩二選手と江口英介選手です。サッカー選手として見た二人

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