チームから支給される物品の中に、スーツがある。
チームが地元ブランドと提携して作ったものらしく、裏地にチームのエンブレムが縫い付けられている。
入団時にあれこれと採寸されたフルオーダーのそれは、規格をオーバーしがちなサッカー選手の体にぴったりと合い、普段ジャージかユニホーム姿の選手達でも纏えば絵になる。
そういうデザインのものらしい。
夜にはスポンサー企業の激励会があるからスーツ着用のことと言われてスーツに袖を通した高山は、クローゼットからネクタイを一本引き抜いて、ふと手を止めた。
ずっと昔のことではあるけれど、自分が始めてスーツを着た時のことを思い出した。
中学高校と学ランで過ごした高山は、ネクタイの結び方を知らなかったのだ。
あの時もスーツ着用と言い渡されて困惑していたところに、先に着替えを終えた英介がやって来た。
オーダーメイドのスーツは小柄な彼の体に合うように作られていて、よく似合った。
同じ無難な黒色のものではあるけれど、小柄ながら脚が長く華やかな顔立ちの英介は、ちょっとしたモデルのようにも見える。
喉元にはきっちりと結ばれたネクタイ。
そういえば英介の高校はブレザーで、ネクタイも首に引っ掛けるだけの簡易式ではなく、自分の手で結ぶ正式なものだったと思い出す。
首にぶら下げたままの高山のネクタイを見て事態を察すると、仕方ないなぁと兄貴風を吹かせるような笑みを浮かべた。
ネクタイに手を伸ばして、するすると結んでいく。
最後のきゅっと締められて、綺麗な形の結び目が出来た。
感心していると、今度ゆっくり教えてやるよと満足そうに笑われた。
そうして英介からレクチャーされたネクタイの結び方を思い出しながら、高山もすっかり慣れた手つきでするすると結んでいく。
普段しない腕時計を嵌めていたところに、身支度を整えた英介が顔を出した。
今日もびしっとスーツを着こなし、ネクタイもしっかり締めている。
ラフな姿とは違い、ストイックな雰囲気が新鮮だ。
その雰囲気に寄せられて、今日も後援企業関係者の奥様やお嬢様が彼にたかるのだろう。
「よし、行くか」
溜め息を飲み込んで部屋を出ようとすると、英介に止められた。
「どっかおかしいか?」
「んー、ネクタイが」
ちゃんと結べたと思ったのだが。
首を捻る高山にかまわずシュルリとネクタイを解いて、するすると結び直される。
その結び方は、英介に教わったスタンダードなものではないらしい。
いつもよりもずっと複雑に布が絡み合って、結局はいつもと同じ形の結び目が出来る。
「知ってる? ウィンザー・ノットって結び方。これだと緩まないんだよね。結ぶのは面倒くさいんだけど」
ぽんっと肩口を叩いて、英介が一歩距離をとる。
足元から頭の天辺までをチェックするように視線で辿られ、
「タカ、スーツ似合うんだよ。女の人がいっぱい寄ってくるから、浮気防止に鍵かけといた」
照れているのか視線が合わない。
悪戯っぽい言葉が、どれだけ高山を喜ばせるのか知らないのか。
距離を詰め、片腕をやんわり掴んだ。
「じゃあ、俺も鍵かけとこう」
襟の間に顔を埋めて、シャツをずらさなければ目に入らない場所を吸い上げた。
痕を確認して、少しずれたネクタイを直してやる。
真っ赤になった英介の口唇に、音を立てたささやかなキスをして出発を促す。
むっとした表情を見せてはいるが、耳朶が隠しようもないほど赤い。
強がるくせに、思っていることが顔や態度に出やすいからご婦人方の餌食になるのだ。
かわいいかわいいといじくられて、酒が進めば猥談にのせられて、赤くなったりはにかんだりで忙しい晩餐を送るだろう英介だが、その間にこの鍵の掛け合いを思い出すのだろう。
それを想像しながらならば、苦手な接待パーティーも何とか乗り切れそうな気がした。
2006/08/22
風間一輝著「ミステリー読本」を引っ張り出してきたけれど、そこまでしなくてもよかった。
こういうサッカーや練習と離れた話も楽しいです。タカは学ラン設定にしてはみたものの、過去にブレザーってくだりを書いたかもしれない……(駄目モノ書き)