サッカー日本代表フォワード・江口英介に最初にサッカーを教えたのは誰か、というのがその日の飲み会の議題だった。
勲の帰省を聞きつけた近所の幼馴染の水戸が、一杯行くべと声を掛けたのだ。
地元の者でなければ入りにくいような店構えの暖簾をくぐり、腰を下ろして三十分。
独身者同士の”ぼちぼちやってるよ”という簡潔な近況の後、同窓生の結婚出産離婚成功失敗話と花は咲き、その後に熱い議論に突入したのだ。
「や、待て。確かにな、サッカー自体は知ってたかもしれないけど、楽しさとかテクニックを教えたのは、明らかに俺よ。だってお兄ちゃん、スポーツはそこそこできるけどリフティングは5回が限度だろ」
「リフティングがサッカーの全てか。違うだろ。英介はこの兄と、ボールをパスしあったのが楽しくて、サッカーに目覚めたんだよ」
「だからー、それじゃ浅いんだって!」
確かに、と勲は酔いの回ってきた頭で思う。
可愛らしすぎる容姿を近所のガキ大将にからかわれてから、英介は外遊びをしなくなった。
それをこの幼馴染と連れ出して、公園でサッカーをしたのだ。
サッカー部に所属していた水戸がリフティングをしてみせると、英介は目をキラキラさせて凄いと叫んだ。
一生懸命にまだ短かった手足を伸ばしてボールを操り、水戸についてコロコロと走り回ったのだ。
それから暫く英介は水戸に夢中で、水戸→水戸黄門→ご隠居という子供らしい連想から、”ゴインキョ、遊びに来ないの? 忙しいの?”と友人の来訪を心待ちにしていた。
一度、水戸が出場する地区大会の応援に連れて行ったら、こともあろうかこの友人は決勝ゴールを決めてますます英介を虜にした。
尊敬の眼差しを向けて、自分もあぁなりたいと言った。
図工の授業で将来の自分を描けと言われれば、サッカーボールを蹴る自分と水戸らしき男をクレヨンで画用紙いっぱいに描いて帰ってきた。
つまりこの議論の結論はあの画用紙にでかでかと描かれているのだが、兄の矜持がそれを素直に認めることを拒んでいる。
唯一の救いは、英介があの頃のことを明確に記憶していないということだ。
物心つき始めた朧気な記憶の中では、『兄とその友人がサッカーを一緒にしてくれた』程度のメモリーのみが残っているらしい。
あの一枚の無邪気な絵が、兄をプライドをどれほど切なく刺激したのか、英介は知らないままだろう。
熱燗のおかわりを持ってきた店の親父が勲の顔を見て、英介の頑張りを誉めた。
この店の壁には二十歳を向かえた時に一緒に酒を飲もうと、父と一緒に彼を連れてきた時の写真が飾ってある。
「足の速い子だなぁとは思ってたけど、まさかここまでビッグになるとは思ってなかったよ」
「弟子は師匠を超えていくもんなんだよ」
「俺なんて素通りされた師匠だよ」
しまった、と勲は柔らかく煮込まれた牛筋を箸でつまみながら密かに後悔する。
勲が進学したのは県内サッカー強豪高で、当時そこそこの実力だった水戸も進学を決めていた。
勲は英介が高校生になった時に有利に作用するものが少しでも多いようにと、サッカー部にこそ所属できなかったがマネージャー仕事を買って出たり、生徒会にも入ってみた。
教師の信頼を得ながら、弟が入学したらよろしく頼むと伝えて回った。
そして水戸がサッカーで飯を食べれるかと問われればそうではないのだと自分に言い聞かせ始めた頃、教師になって母校に勤め一人でも多くの子供たちにサッカーの楽しさを伝えればいいじゃないかと唆した。
それは英介が進学した時に、人見知りの激しいあの子が不安にならないようにという手回しだったが、傷心の友人は勲の言葉に友情と希望を見出して大学に進学。
教師になり、母校の体育教師に就任した。
就任二年目、英介の進学まであと少しと指折り数えていたところに、英介の事故と夏のスポーツ推薦断念の一報が入ってきた。
何が悪いわけでもない。
ただ運命を呪った時間が過ぎ、英介の代表選出とプロチームからのスカウトに、希望というのはあの子のことを言うのかと思った。
「女子高校生は何語喋ってんのか理解できねぇし、男子は男子で我慢ってものを知らないし、親は親で強烈だし、校長はワンマンだし、激務だし、腐れても友情は切れないし」
今だからこそ、自分の人生の軌道を変えた友人にぶちぶちと文句が言える。
どん底からあの小さなサッカー少年が這い上がり、プロ選手として活躍している。
その奇跡がこの軽口を生むのだ。
この現状を嬉しく思う気持ちは、水戸も勲も変わらない。
言葉遊びのようなものだとわかっている勲が溜息をつかなければならない理由は一つだ。
人生の責任をとってくれと大げさなことを言い出す友人が、この店の払いをしないことだ。
勲にも友達がいるのだという話。