「いや……、悔しいっすね」
言葉を詰まらせて吐き出した英介の声は震えた。
今まさに、アジア王者の冠は指先から零れ落ちようとしている。
「ミスも多すぎたし……」
いつもはどんな状況でもハキハキとインタビューに答える小柄なスピードスターの声は小さく、歯切れが悪い。
浮かんでくる表情をそのまま表す瞳がじわりと潤んだ。
「前、向いてプレーできなかったんで……」
それでも言葉を紡ごうとして、途中何度も口唇を噛んだが、耐え切れなくて一旦俯いた。
目元から、雫が零れる。
嗚咽は飲み込んだ。
スノーグレーのパーカーの袖で目元を拭うと、袖口は暗い灰色に変色した。
大敗となった先刻までの試合。
決定機を生かすことができなかったエースナンバーを背負うフォワードは、誰もが足早に立ち去るミックスゾーンで足を止め、律儀に質問に答えていた。
ゴール枠を避けるように飛んで行った数本のシュートはどれも決定的だった。
しかしゴールネットを揺らすことはなかった。
「決めてれば、ディフェンスの負担も軽くなってたんだろうけど……、決められなかったのは、悔しいです」
俯きながら答え、震えながら息を吸い込むと顔を上げた。
しゃんと、という形容がよく似合う。
涙はまだ数滴頬を流れ落ちている。
眉間に力を入れて、これ以上零さないように。
少年らしさと男らしさが同居する顔つきで、しっかりインタビュアーや向けられるカメラを見る。
「泣いてる場合じゃないっすよね。気持ち、切り替えます」
強さのみえる口調で宣言することでインタビューを切り上げて、他の選手と同じように出口へと向かった。
出待ちをしていたサポーターの歓声ではない縋るような声にいつものように手を振るのではなく、頭を軽く下げることで答えてバスに乗り込んだ。
既にほとんどの選手が乗り込んで、それぞれ浮かない顔をして座っていた。
いつもの席に向かおうとしたところを、前の席に陣取るドクターに阻まれた。
「足、見せろ」
「え、平気っす」
「見せるのか見せないのか」
「……見せます」
引きずり込まれるように移動バスのドクターシートにつかされてしまった。
「ちょっと引っ掛けただけです」
「バスの階段上がる時に痛いって顔してたぜ?」
補助席を出して足をシートに上げるように座らせて、矢良は遠慮なく左足のソックスを脱がせてゆっくりと足首を動かす。
泣き顔を見られたくはなくて、英介は俯いた。
バスの中は静寂に包まれて、足首にかけられるスプレーの噴射音がやたら大きく響いた。
「痛いか?」
「痛くないです」
包帯を巻く手つきは丁寧に、しかし矢良が英介を見る視線は鋭く。
「気持ちはな、テーピングして固定しときゃ試合重ねてるうちに治ってくこともある。周りがみんな同じ痛み感じて、自分の気持ちには自分自身でテーピングしてどうにかしていくんだ。だけどな、体はテーピングだけじゃ治らない」
手際よく包帯を巻き終えると、しっかり固定した足首を優しく摩った。
「試合を重ねる毎に悪くなる。体の痛みは気持ちにも影響する。泣いてる場合じゃないんなら、気持ちも体も切り替えろ。来週の試合までには完治させてやる。だから、無理はしないでくれ」
『するな』ではなく『しないでくれ』ときた。
ずるい、と英介は思った。
思って、じくっと痛んだ涙腺をぎゅっと締める。
「返事は?」
「……はい」
「声が小せぇ」
「はいっ!」
バスの中に響いた自分の返事に、幾つかの忍び笑いが起きた。
矢良が、英介を見て気障ったらしく片目を閉じた。
ドクターは痛めた箇所だけではなくて、落ち込んだチーム全体にも包帯を巻く。
当然のような手付きと言い回しで。
チームの一人として。
タイトルの喪失を痛みと感じ、獲得を喜びとするチームの一員として。
「薫さん」
「んだよ」
「ありがとーございます」
英介が照れながらも口にした感謝の言葉は、フフンといつものいやらしい笑みで受け取られた。
「さっき、ミックスゾーンでしてた面、一人前だったぜ」
フフンと、英介も不敵な笑みを返した。
気持ちに巻くテープ。
不器用な自分が上手く巻けなかった分は、周りで支えてくれる人が綺麗に巻いてくれる。
だから自分はしっかり気持ちを持って、しっかり前を向いて、いい面浮かべていられるようにしゃんと背を伸ばすのだ。
2004/1/26
03年のW杯バレーで、男子の選手が試合後に悔し涙を浮かべていたのを見て思いつきました。あぁ言う悔し涙が好きです。試合中や、試合直後にインタビューの前で試合内容を語っててじわっと浮かんでくる涙。スポーツマンの魂感じます。薫さんのテーピングはきっと一歩間違えばセクハラです。